おとまりとおにごっこ

 夏休みだった。

 おぼんを前に、ぼくと妹の七海ななみと母さんとで、母さんの妹の月子つきこおばさん――つきネェのアパートにあそびに行った。アパートは、ぼくの家から車で三十分ぐらいだ。

 月ネェは、まだけっこんしていなくて、アパートに一人で住んでいる。

 アパート近くの川や公園であそんだりしていると、あっという間に夕方になった。そろそろ帰ろうか、という時になって、七海が月ネェのところにとまると言い出した。

「今日、つき姉ちゃんのとこにおとまりしたいぃっ」

 言って、七海はすわりこんだ。スーパーのおかし売り場で、すきなアニメのおかしを見つけた時と同じで、こうなると引きずって動かすしかないんだけど。

「うちでいいなら、とまっていって」

 月ネェがわらって言った。

つきちゃん。それじゃ、おねがいね」

 と、くしょうまじりの母さん。七海は月ネェのアパートにとまることになって、ぼくと母さんは家に帰った。


 夜、ねる前。

 自分の部屋のベッドで、ぼくは母さんのくしょうを思い出していた。ぼくには、思い当たることがある。

 じつは、小さいころ、ぼくも月ネェのところにとまりたいと言ったことがあった。そして、とまったはいいけれど……。ぼくは、夜中に、うちがこいしくなって大なきしてしまったんだ。夜中にもかかわらず、月ネェは、ぼくをうちまでおくりとどけてくれた。

 母さんのくしょうは、多分、あの時のことを思い出したものだろう。

 七海のやつ、ぼくのように、ないて帰ってこなければいいけれど。

 う、ん?

 ……それはそれで、ぼくの立場がないような気がする。

 いや、でも。月ネェにめいわくをかけちゃいけないし……。

 そんなことを思いながら、ねむった。


 のどがかわいて目がさめた。

 あかりをつけて目ざまし時計をかくにんすると、午前二時だった。

「麦茶でものもう……」

 台所に行って、あかりをつける――と。

「わぁい。お兄ちゃんだぁ」

 ……七海が、いた。

「どうしたんたよ。びっくりしたじゃないか」

「本当? びっくりしたぁ? やったぁ」

 と、七海がわらう。

「なんだ。けっきょく帰ってきたのか」

 ぼくは、手近なコップを取り出しながら言った。

 れいぞうこをあけて、麦茶ポットの麦茶をつぐ。

 ねていて気づかなかったけれど、どうやら、七海は小さいころのぼくと同じように帰ってきてしまったらしい。

「お兄ちゃん」

 と、七海がだきついてきた。

「わっ。なんだよ」

 麦茶ポットをとりおとしそうになったが、どうにかれいぞうこにもどす。

「ちょっと。のめないじゃないか」

 と、ぼくがこまったように言うと、七海はわらいながらはなれた。

 アハハハハッ。アハハハハッ。

 七海はずっとわらっている。

 ぼくは、とりあえず麦茶をのんだ。

「お兄ちゃん。あそぼうよ」

 ぼくが麦茶をのみおえるのを見計らって、七海が言った。

「あそぶって。夜中だぞ、ねろよ」

「やだぁっ。お兄ちゃんとあそぶぅ」

 七海がぼくのまわりを歩き回る。

 どうしたんだろう。へんな感じに元気があるというか。

「そうか。父さんか母さんにしかられたな? だから、おくの部屋にもどりたくないってわけだ」

 ふだん、七海は父さん母さんといっしょに、おくの部屋でねている。へんな時間に帰って、月ネェにめいわくをかけたことをとがめられて、いづらくなってこっちに出てきたんだろう。

「しかられてなんかないもん。――ねぇっ。あそぼうよ」

 と、けろっとした顔の七海。

 なかなかにしぶとい。このままだと、ずっとねばられそうだ。

 とっとと自分の部屋にもどってしまおうか――って。それもなんだか気が引ける。

 う〜ん。どうしよう。

「あそぶといってもな。なにをしてあそびたいんだ?」

 と、ためしに聞いてみた。

「おにごっこ」

 七海がわらいながら言った。

「おにごっこ? こんな夜中に? そんなさわぐようなことをしたら、ぼくまでしかられるよ」

 二人でおにごっこ――は、たまにやっているけれど。

「いいからぁっ。お兄ちゃん、おにごっこ」

「おにごっこは、ちょっとね」

「いいでしょう? ねぇっ。おにごっこ」

 と、きたいをこめた目で七海。

「いや……。それは、ちょっとね」

 ブチギレられるのもこまるけど。こういうのもやりにくい。

「するんだもん。おにごっこ。ぜったい、ぜったいぃっ」

「う〜ん。それじゃ、ちょっとだけ」

 ああ、もう。

 こんまけして、つい口にしてしまった。

「やったぁ」

 七海はうれしそうにわらいながら、ばんざいをくりかえした。


 ぼくと七海はおにごっこをした。台所、居間、ざしき、ろうかをつかって、走り回った。夜中におにごっこなんてしたことがなかったから、ぼくも、なんだかむちゅうになった。

 ――どのくらいあそんだろう。あせをぬぐって、ふと、居間のはしら時計を見ると、午前三時が近くなっていた。

「七海。いいかげんおそい時間だから、ここまでにしよう」

「えぇっ。まだあそぼうよ」

 えがおをくもらせ、七海が口をとがらせた。

「いやいや。母さんがおきたら、本当にしかられるから」

 のどがかわいて、また、れいぞうこから麦茶ポットをとり出した。麦茶をコップについでのむ。

「そっかぁ。しかられたらヤダもんね。はぁ〜っ。でも、楽しかったぁ」

 と、七海はわらった。えみがもどった。

「七海も、麦茶のむか?」

「えぇと。じゃぁね、七海も、ちょっとだけ」

 七海は、自分がいつもつかっているコップを出してきた。麦茶を半分ぐらいまでついでやると、おいしそうにのみほした。

「それじゃ、兄ちゃんはもうねるから」

 れいぞうこに麦茶ポットをもどして、ながしに自分がつかったものと七海のコップをおいた。

 台所のあかりをけし、自分の部屋の前まで行った。戸をあける。

「おやすみ」

「うん。お兄ちゃんおやすみ」

 ついてきていた七海は、小さく手をふって、おくの部屋に歩いて行った。


 朝。

 朝ごはんなのに、七海がテーブルについてない。

「母さん。七海はまだねているの?」

 やっぱりあそびつかれたのかな、と思いながら聞いてみた。

「やだ。ナナちゃんは、月ちゃんのところにとまっているでしょう? 朝ごはんを食べたらつれてくるって、言ってたよ」

「えっ」

 七海が、まだ月ネェのとこにいる? だって、ぼく、夜中に七海とおにごっこをしてあそんだんだけど。

「ねぼけてるの? しっかりしてよ、直太なおたお兄ちゃん。夜中も、ナナちゃんのコップで麦茶をのんだでしょ?」

 と、母さんがわらった。

「そういえば、ナナちゃんもねぼけてたみたい。気になって、朝早く電話をかけたらね、夜中にお兄ちゃんとおにごっこをしたからぜんぜんさみしくなかったよ、なんて言っていたの」

 思い出したのか、母さんがふき出した。

「やっぱり、兄妹ね。そろって、ねぼけているんだから」

 母さんは楽しそうに言った。

 ぼくはなんだかわからなくなって、こわくなって。だまって、ごはんを食べた。

               (おわり)

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