第3話 契約

 見慣れた街に火が上がる…

 怒号、叫び、嘆きに包まれる…


 あぁ、これは夢だ…

 いつもの夢だ…

 あの日の夢だ。呪われる瞬間の夢だ。

 命尽きる呪獣に囁かれ呪われた日の夢…


「ふぁぁ〜」


 ルーサスは、欠伸をしながら睡気眼を擦る。久しぶりの悪夢のせいで、寝起きは最悪だ。


(おい!出て来いバルディフィア!)


 心の内で呼びかける。

 相手はこの悪夢を見させた元凶、"零等級"指定の呪獣。


(………。済まない。やり過ぎたようだ。)


 ルーサスの呼びかけに応えるようにして頭の中に声が響く。

 内容こそ謝罪を意味する言葉だが、淡々とする声音からして少しも悪びれた様子はない。


 バルディフィアはルーサスの中に眠る呪獣だ。五年前のあの日、瀕死の状態だったバルディフィアはルーサスを呪った。大切な人たちを失った幼いルーサスの中にある、復讐の炎。その元凶にある、憎しみの感情に巣食うバケモノ。


 ルーサスが呪人として呪力を行使するには、バルディフィアの協力が必要不可欠だ。しかし、瀕死だったバルディフィアに呪力は殆ど残されていなかった。そのため、悪夢を見せる事で憎しみを増長させ、それを食す事でバルディフィアから呪力を提供して貰っていたのだ。方や復活の為、方や復讐の為に手を組んでいる。これはそういう取引。


 バルディフィア曰く、人は無意識のうちに必ず夢を見る生き物らしい。そのため、その範囲において毎日のように悪夢を見せているが、たまにやりすぎる日がある。今日がそれだ。


 ルーサスは枕元に置いて置いてある時計を確認する。時計が示す時間は午前四時。悪夢のせいで目が冴えたことと、朝支度にかかる時間を鑑みれば、二度寝するにも微妙な時間帯。ルーサスはしばらく考えたのち、結局気分転換にと外へ向かう。


 今は秋が終わり、冬へと変わる季節だ。

 日が昇る時間帯も遅くなり、外はまだ薄暗い。見上げれば星々が見え、息を吐けば白く濁る。ルーサスは冬の訪れを肌で感じる。


「おー!早いじゃねぇーかルーサス!まだ四時だぜ」

「ッッ!……。ふぁぁぁ〜…。おはよぉ〜ルーサス。はやおき…さん……ね」


 ふと、かけられる声に面をあげる。

 そこには、ガウスと…その声に肩をビクつかせたフィオナが居て焚き火を囲んでいた。


「おはようガウス、フィオナ。それはこっちのセリフだよ。できるなら、二度寝したいって思ってるし。てか、フィオナは寝てるよね?」

「もぉぉ〜…起きてるわ………よ。あと…が…うす…、声大き……い」

「………無理しなくていいのに」


 だんだんと声が萎んでいくフィオナに、ルーサスはそう告げ苦笑する。


「乙女の朝は早いらしーぜ。『準備する時間が!』とか言ってたけど。まぁ、オレには良く分かんねぇーや!」


 ルーサス同様、苦笑を浮かべたガウスが補足する様に言う。なお、考える事は放棄しているようだ…。


「これは意味ない気がするんだが…。てか、ガウスの朝も早いんだな」


 ルーサスは冗談交じりに話しながら、ガウスの横へ腰掛ける。

 星が見える寒空の下、唯一この火だけが自分たちを夜の闇から守っている。


「そりぁ、体を鍛えるには朝って決まってんだろ。ルーサスもやるか?筋トレ」


 そう言いストレッチを始めるガウス。運動する前に行うあたり徹底している。


「いや、辞めとくよ。さっきも言った通り寝足りなくてな」

「あ?もしかしてバルディフィアに悪夢でも見させられたか?」

「良くわかったな。もしかして、お前もガルファリウスやられるのか?」

「んー…そういやぁ一度もねぇな。あいつ曰く、オレは超健康優良児らしぃぜ。質の良い睡眠とか何とかが取れるから、無意識の範囲が広く深いとか何とか……まぁ、良く分かんねぇけど!よーは、余程のことがない限りやり過ぎることはねぇんだってよ」


 ガウスはストレッチが終わり筋トレに入る。物事にあまり深く考えず直感で動くタイプだが、一番健康的な生活をしているのがガウスだ。ちなみに、就寝時間は九時半だとか。


「ガウス、お前が羨ましいよ」

「まぁ、お前と違って安眠妨害されるこたぁねぇな。

 知ってると思うが、良いこと教えてやるよ。"零等級"指定の呪獣は今分かる範囲で四体だ。そのどれもが、滅んでも二百年つー感覚で復活するんだ。つまりだな、お前は二百年分の悪夢を見させられるわけだな。いやぁ!二百年か!感慨深いぜ!」

「おい!それ俺死ぬやつじゃねぇーか!」


 ルーサスのツッコミもとい、魂の叫びにガウスは筋トレをしながら器用に笑ってみせる。


 等級が高ければ高いほどその種の呪獣は希少となっていく。呪獣は定期的に復活するが、大陸に同時に存在できる数が限られているからだ。"一等級"は一種当たり三〜五体となり、"零等級"に至っては一種で一体しか存在出来ない。

 なお、今は"零等級"指定の呪獣はどの種も復活の為の眠りについてる状態だ。余談だが、呪獣は等級が高ければ高いほど邪神の特色を色濃く受け継ぎ、何とも獣とは形容し難い存在となると言われている。


「なぁなぁ、"零等級"の奴らは文献にも載ってるから周期の事は常識だろ?ならよぉ、オレのガルファリウスの周期はどれくらいなんだ?」

「どうなんだろうな。広大な大陸に複数匹居るからなぁ〜。再出現する場所も決まりないし完璧な観測が出来ないから正確なのは分かんないよ。

 まぁ、バルディフィアを百にした呪力の内包量で言うなら…、感覚的に五十かそこらだから、百年くらいだな。……てか、お前なら生きてそうだな。恐ろしい」


 ルーサスは、超健康優良児ガウスに向け身震いしてみせた。


「百年後って、オレそん時百十八じゃねーか。流石にバカなオレでも生きてねー事は分かるぞ。

 まぁ、つってもオレ達ゃ何時死んでも可笑しくねーんだけどな」


 そう言ったガウスの額から玉粒ほどの汗が落ちる。


 確かにガウスの言う通りだ。

 このご時世、旧王国民に安寧など無い。ましてや、自ら争いに加わっている以上、いつ負けて殺されるてもおかしくないのだから。

 そもそも、呪人ノロイビトとなった時点で人間としてのかすら定かでは無い。


「よくもまぁ早朝から暗い話が出来るね」


 いつも通りの皮肉と共にレイグが姿を現わす。


「何言ってやがる、バカかテメェまだ暗いじゃねーか」

「それは君だろうに。確かに暗いけども早朝だ。まぁ、君はそのまま筋トレを続けていてくれ」

「あぁそうだな。バカに付き合ってられるかってんだ」


 …この二人は朝っぱらからいつも通りだった。


「済まないレイグ、気を悪くさせたか?」

「い、いや。別にそこまでじゃ無いけど…、僕は暗い雰囲気が苦手なだけだ」


 そう言うと、レイグはそそくさと調理器具を用意し、焚火を使い朝食の準備に取り掛かる。


 朝食などの用意は順番制で今日の担当がレイグだ。そして、レイグが来たと言う事は時刻はもう午前四時半あたりか。


 朝食の後に片付けを行うのだが、今回は野営の痕跡を消す必要があるため時間がかかる。であれば、先に自身の準備は済ませておいた方が良さそうだ。


「俺はテントに戻って出発の準備をしてくる。レイグ、済まないが朝食の準備が出来たら呼んでくれないか?」

「あぁ分かった。それと、そこで寝ているフィオナを起こして欲しい。後で癇癪を起こされては面倒だ」


 仮にも年上であるフィオナに"面倒"との事だが…、確かに後で『何故起こしてくれないのか?』と喚く姿を想像すると面倒くさそうだ。


 ルーサスは苦笑を持ってレイグへの返答とし、フィオナを起こすために揺らす。


「………。おはよ〜…ルーサス。いまぁ、なんじ?」

「もう四時半だよ。乙女の朝は早いんじゃなかったの?」


 レイグでは無いが、少しの皮肉を混じえてルーサスはフィオナに時間を教える。


「………、……。えっ!もうそんな時間なの!?」


 流石に寝起きなだけあって、頭が回っていないようだ。少し間を置き、飛び跳ねる様にして立ち上がる。


「フィオナが二度寝してたんだから仕方ないだろ」

「それはそうかも知れないけど、気配りは大切なのよ。ルーサスの女の子の扱い三十点ね。フィオナお姉さんとしては心配よ」

「理不尽な気がするが、フィオナが十分睡眠を取ることで日中眠たくならないなら三十点は甘んじて受け入れるよ。国の為に、もっと厳しくしないとな」

「ルーサスの意地悪」


 満面の笑みを浮かべるルーサスに対して、フィオナの反応は対称的だ。私怒ってますと言わんばかりに、頬を膨らませながら告げる。


「はぁ〜。フィオナも支度するなら急いだ方がいい。俺も準備があるからもう行くぞ」


 フィオナとの押し問答は無限に続きそうだ。ルーサスは露骨にため息を吐くと、両手を挙げ降参の姿勢を取り、自身のテントへ足を向けその場を後にする。


「えっ!?私の扱い雑じゃない?もう十点よ十点!お姉さん悲しいわ」


 などど後ろから聞こえるが、ルーサスは気にすることなくテントへと歩みを進めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ラストリア大陸戦記 三浦 久明 @KwhrcaJ6hy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ