第2話 七星軍団長

ドゥルートの森の奥にて、野営のため焚き火が灯る。


 「やぁ、若者達随分遅かったじゃないか」


 野営地に到着して早々、先に野営の準備を済ませた仲間から声がかかる。

 彼の名はディール。旧七星王国には珍しい黄金色の髪と瞳を待つ男。歳にして四十五歳、男性陣の中では最高齢だ。それ故か、ルーサスが彼に対して時折儚げな印象を覚えるのも少なくない。性格的には心配性で、こうなる前の職業とのイメージとは大分違う。それはルーサスが最も憧れた人物だからだ…、七星王国軍 七星軍団長。星団長ではない、紛れもなく軍の最高責任者であり、王国最強の人物。


 「帝国兵の警ら隊に見つかりましてね」

 「ここで言うとケイワスの警ら隊かな?まぁ、流石に君たちを一警ら隊がどうこう出来るものではないだろうからそこは心配しないどくよ。でも、帝国兵に存在を勘づかれる様な事はしてないよね?」

 「おそらくは大丈夫でしょう。遭遇地点自体が森の奥ですし、何より呪獣の仕業に見える様には偽装しときましたから」

 「上出来だ。でもまぁ、流石に此処まで来る事は無いと思うけど、調査隊が編成されるだろうから慎重にしないとね。さ、そんな事より晩御飯にしようか」


 ディールはそう言うと後方の焚き火に目を向ける。そこでは既に仲間が焚き火を囲み、談笑しながら今晩の夕食に手をつけている。

 ルーサスとディールはその輪に加わり、夕食に手を伸ばす。


 「それにしても、まさかこんなとこまで来ることになると思わなかったぜ。ここら辺に来ると、気分が悪くなるな」

 「それを言うなら僕も同じだ。そもそも、捕縛された旧王国人のほとんどの男性が鉱山働きだからな。ルーサスも同じ意見だろう?」


ガウスとレイグ。こうも二人の意見が合うのは滅多にない。ルーサスは頷き同意を示す。


旧王国領の最南部は鉱山地帯であり、三人は場所は違えど、ディールに助けられるまでは鉱山働きを強いられていた過去を待っていた。


「でもよぉレイグ。よくそんな、もやしみたいな体型で山掘られたなぁ」


ガウスがレイグの細腕に手を伸ばし、力を込める。


「いっ…!力入れすぎだ…。僕の腕が折れたらどうするんだ」


レイグはガウスに向けてキッと睨む。


「おいまじかよ!めっちゃ軽く握っただけだぞ!?」

「僕は非力なんだ…。そもそも、僕は山なんて掘ってないよ。今のケイワスで囚われた人たちと同じで、ただひたすらに気絶するまで無色石に神力込めてたんだ」

 「そりゃぁ、ひでぇーな。っても、お前だから出来たわけだ。

でもまぁ、こんな事になるんだったら、二年前まで嫌々掘っていた無色石の一つや千くすねとけば良かったなぁ」

「いや千って…」


ガウスの言葉に、レイグが呆れたように返事をした。


無色石とは、鉱山から採掘される鉱石であり、別名は神調石。

その名の通り、採掘時には無色透明の鉱石だが、神力を蓄積させ保存する事ができる。その場合は、無色透明から透き通った青白色へと変わるのが特徴だ。


その実、今回の旅の目的はこの無色石にある。

敗戦から五年、七星王国の領土その約八割が隣国のサーマル帝国により占領されている。

王国領は西部まで押し込まれ、王族の中で唯一生き残ったレティシア王女を旗本に各国の支援のもと徹底抗戦を行なっているらしいが、実情は苦しい状況だ。

ルーサス達はこの状況の中、旧王国領内にて王国復興に向けて密かに行動をしていた。


そしてその折、背中から鉱石を生やした奇怪な呪獣と遭遇する。

その鉱石は赤黒色をしており、特徴は無色石と類似していたのだ。


「千ってのは確かに無理があると思うけどど。でも、ガー兄の気持ちもわかるよ。帝国兵いっぱいの魔窟に潜入したくないもん!後悔ってやつだね」


はぁぁ〜…。どこからそんな言葉を覚えて来るのか…。

アイナは難しい言葉を言えた事に目を輝かせ、褒めてと言わんばかりに目で訴える。

そこに、ガウスが手を伸ばそうとするが…、『ガー兄ガサツだからヤっ!」と一蹴。かわりにフィオナがアイナの頭を撫でながら言う。


「私も嫌だけど…。もし、無色石が呪力も蓄積させる事が出来たのなら、私たちの戦力アップに繋がるのよね」

「フィオナの言う通りだ。俺たちが本格的に王国復興に向けて行動するのなら、必要になって来る。

それに、成功させるためにもこうして事前調査を行ってるんだ。ディールさん、リーナとシェイファから連絡は?」


ルーサスは残り二人の仲間の名前を口にする。 ルーサス含め八人で行動しており、全員が呪人だ。


今はドゥルートの森に潜伏しながら、各方面への情報収集を行っており、その情報交換のための集まりが今日だった。


「いや、あの二人からはまだ何も連絡は来ていないよ。もちろん遅れるともね…。

二人の任務はケイワスへの潜入・情報収集だから、先の件でなかなか動けないのかもしれない。今夜待って明日様子を見に行こう」


ディールの言葉にルーサスは頷く。


緊急用の連絡が来てない以上、そこまで重要視しない方針だ。

それに、今日ケイワスを占領している帝国兵警ら隊と交戦した以上、警戒レベルが上がっているのは想像に難くない。ここは慎重に行動する必要がある。


「それでは、今ここにいるメンバーのみでの、情報交換を行う。そうだな、まずは俺から言おう。

知ってると思うが、俺とレイグは鉱山の情報収集を行っている。今回調査したのがセルジリア鉱山だ。今のところ他の鉱山よりかは、帝国の警備兵の数が手薄になっている。

と言うのも、単純に坑道が一つしかなく入口が限られているからだ。もし、潜入ルートが確保出来れば、ここを筆頭候補として考えても良いだろう」

「僕もルーサスと同意見だ。さらに補足して言うのであれば、セルジリア鉱山の全容を見てきたが、他に警備隊の潜伏が出来そうな場所は無かった」


二人の報告に、ディールは神妙な顔をして頷く。


「なるほど、つまりは見て把握出来る敵兵の数で作戦を考えらるわけだね。どうにかして潜入ルートを確保したいところだけど、今後次第と言ったところかな。

次は私から報告しよう。私はドゥルートの森を抜けた先にあるネナート共和国の要塞、アバレスト要塞の情報収集を行っている。その結果分かった事だが、おそらく要塞に詰めているネナート兵の数は千人と行ったところだろう。

まぁ、これに関しては大方の予想通りではある。この呪獣の生息地であるドゥルートの森こそが、天然の要塞の役割を持つ。だから、それほど兵力は要らないと言う事だね。私からは以上だ」

「今更ながら、危険な任務でしたが、無事で何よりです。ありがとうございました」


ルーサスはディールに謝辞を述べる。

帝国兵に占領された旧王国領内での任務は全て危険を伴うものでるが、ドゥルートの森を抜け、隣国の要塞の情報収集もまた同様に危険を有するものである。それをたった一人でやってのけてしまうディールをルーサスは尊敬して止まなかった。


「んじゃまぁっ、次はオレたちの報告行くぜ!」


そう意気揚々と語るのは、もちろんガウスだ。


「オレとフィオナ・アイナは、そんな天然の要塞であるドゥルートの森を調査している訳なんだが………、……、…。

特に問題ないなっ!」

「問題大アリだよっ!ガー兄!」

「おまっ!バカ!君って奴は大バカ者だ!」


ために溜めたうえでの問題ない発言をするものだから、アイナとレイグは同時にツッコミを入れた。


「もぉぉー!フィオ姉お願い!」

「え!えぇぇ私!?自信ないんだけどな…、わ、分かったわよもう…」


突然のフリに驚いていたが、意を決した様子のフィオナ。


「あくまで私が感じた範囲に過ぎないのだけど…、今日遭遇した帝国兵の警ら隊に違和感を感じるの。前回までの調査で把握した警ら隊の巡回ルートと比べてみると、今日の警ら隊はルートを外れて大分森の奥まで来てる事になるわ。

それと、なんだが森にいる呪獣の数が少なくなっている気がするの」


フィオナの言葉に、全員(ガウスを除く)が思案顔をする、と…。


「おぉ!そうだ!オレもそれが言いたかったんだ!ありがとなぁ、フィオナ!」

「うるさい!ガー兄は黙ってて!」

「ガウス…、君も考えろバカ!」

「わ、悪かったて…」


もちろん一蹴だった。

気を取り直して。


「うん…。呪獣の数が少ない理由としては、思い当たる節はある。俺たちがこのドゥルートの森に拠点を置いて二週間、近場の呪獣は定期的に狩っているかな…。

しかし、帝国兵警ら隊の動きには、予想が立てられないな…」


ルーサスが項垂れながら答えると…、同じく思案顔のディールが言葉を紡ぐ。


「いや…、ルーサス。答えは意外とすぐ側にあるのかも知れない。もし、このドゥルートの森の異変に、いち早く帝国兵が気づいていたとしたら…」

「もしかして…、ドゥルート森の調査ですか?」

「その可能性は高いね」


ルーサスとディールは一つの答えに辿り着く。しかし、そこに行くには一つの疑問点があり、それをフィオナが問う。


「それだと、帝国兵が私たちよりも早く異変に気づけた理由はなんでしょうか?」

「フィオナ君、『木を隠すなら森の中』という言葉があるんだ」

「え、えぇ。それくらいは私も知っています」

「うん。今回はそれを逆に考えれば見えてくるんだ。森の中へ入ってしまえば、隠された木を探すには難しい。それと同じ様に、呪獣が蔓延る森に居れば、その数の異変に気付く事が難しいくなるという事なのだろう。

それに、森の奥で異変が有れば、森から呪獣が溢れ出したりと、意外と全体を把握できる外にいた方が分かりやすいものかも知れない 」

「なるほど…」


フィオナだけでなく、他の三人も頷く。


「そうなると、ここにいるのも危ないかも知れませんね」

「そうだね、ルーサスの言う通りかも知れない。今日遭遇した警ら隊が帰ってこない事を知ると、本格的な調査隊が組まれるだろう。しかし、今日はもう遅いから、今日どうこうなるものじゃないよ。明日は明朝にケイワスへ行く、その時はこの野営の痕跡を完全に消してから行こうか」


ディールの言葉に、慌ててルーサスは腕時計で時間を確認しながら言う。


「もう九時か…。よし、今日はここまでにしよう。明日は六時に集合し出発する。それまでは各自体を休めてくれ」


「フィオ姉一緒に寝よ!」

「うん、もちろんOKよ。アイナは甘えんぼさんね」


「ガウス。君のいびきが凄く寝れたもんじゃない。テントを離してくれ」

「おい、てめぇ!言ってくれるぜ根暗野郎!」

「喧嘩するほど仲がいいと聞くよ。でも、レイグ。ガウスのテントずらせば、私の方に来てしまう。これでは私が寝れないよ」

「ちょっ!ディールさんまで…」


ルーサスの言葉を聞き、各々談笑しながテントへと向かう。

ルーサスはそれを見届けながら、静かに焚き火を消した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る