第1話 呪人-ノロイビト-


 「バレたならしゃーねぇー。うぜぇー帝国兵め、殺してやらぁ!」


 人の手が加えられていないありのままの自然、樹々が乱立するこの森を高速で駆ける五人の黒装束の一団。その中の一人が言う。


 「総員臨戦態勢に入れ!…くそ、早い…ッ!」


 対する帝国兵側は、リーダーと思しき男の号令を機に構えるものの、発見直後に駆け寄って来た黒装束たちのスピードには間に合いそうに無い。


 「ちっ!」

 

 敵を迎える態勢としては不十分だが、こと戦闘においては、自分たちの命が掛かっている以上背に腹はかえられない。帝国兵警ら隊の隊長マクスは、的確な指示のもと自らも抜剣し上段に構える。

 瞬間、マクスは自身より放出される青白色に輝く粒子状のオーラを剣ごと纏う。


 神力。それは人間だけが持つ、神により許され与えられた力だ。


 「はっ、流石は帝国兵!一警ら隊の隊長様の割には強そうじゃねぇか!あんまり直ぐにくたばるなよ」

 「おい待てガウス!先行き過ぎだ!」

 「うるせールーサス!こんくらいオレ一人で十分だ」


 黒装束の一人、先ほどから先行を行くガウスと呼ばれた男が、同じく黒装束の一人ルーサスの制止を振り切る。


 ガウスより生じるは、赤黒く禍々しい力。

 それを自身に纏い、ガウスはより一層の加速を得る。


 「…ッ!まだ早くなるか。来い!」


 ガウスの加速に意表を突かれたものの、それも一瞬だ。上段に構えた剣の間合いを見極め、ガウスが懐に潜り込むのと同時に振り下ろす…。

神力により輝きを増した青白色の剣線が弧を描かんとするが、その軌跡は少しばかりの反発ののち途中で止まる。


 「へぇー、いい目してんのなぁ」


 マクスの完全たる間合い、その中で悠然と声を発するガウス。重点的に腕全体を呪力で纏い、両腕でマクスの剣を受け止める。


 マクスは驚きとともに目を見開くが、それもまた一瞬。今もなお、相反する力どうしの影響により、その剣と腕が交錯する所では微々たる反力が生じている。それを利用し後方へと一気に後退するマクス。


 「貴様ら何者だ!?何故呪力を使っている?新種の人型の呪獣か?」


 「ごちゃごちゃるっせぇー!さっきから動じない所は良かったんだが…まぁ、あれだ。カッコつけて言うなら…、これから死ぬてめぇらに話すこなんてねぇって事さ」


 瞬間膨れ上がる殺気。それはどうやらマクスにのみ一極集中されている様で、他の隊員四名は全くの無反応だ。


 ガウスより感じる呪力の出力は低いが、純度は極めて高い。呪獣にして"一等級"指定相当。しかし、放たれる殺気はそんな程度のモノではない。

 どうやら酷い大外れを引いた様だ。マクスは内心死を覚悟しながらも騎士としての使命を果たすべく、部下に命令を下す。


 「各員に告ぐ!奴は一人、呪獣にして"一級"指定相当だ!己が命を賭してでも食らいつけ!」

 「いい面じゃねぇーか。気が変わったぜ、特別だ教えてやる!オレたちは呪人-ノロイビト-呪力を持った人間だぁ!」


○○○○○


 ラストリア大陸の中央に位置する七星王国領。否、旧七星王国領の最南部の街ケイワス。そこから更に南方に位置するドゥルートの森(隣国ネナート共和国の国境線を跨ぐ)の惨劇を前に、ルーサスは思わずため息を漏らす。

 顔を覆うマスクを外し露わになるは、やや小柄ながらも黒色の髪と瞳の整った容姿。その瞳は、冷酷なまでの深い闇とともに、先程まで生きていた帝国兵の亡骸を映す。


 「ルーサスどうしたんだ?わざわざオレたちのリーダーたるお前の手間を考えて、オレが出てやったんただ、もっと感謝しよーぜ。な?」


 飄々とそう語るのは、その惨劇を生み出した張本人ガウスだ。赤茶色の髪と瞳。ルーサスよりも筋肉質で大柄な男。年齢的には十八といい頃だが、若干というか脳筋バカ感は否め無い。


 「ガー兄本気でそう思ってんなら、ルー兄の命令聞きなよもう」


 既にげんなりした感じのルーサスに代わり、呆れとともに答えるのは、アイナ。黒髪をポニーテールで結い、透き通るような肌で黒い瞳を持つ綺麗な顔立ちの女の子だ。歳の頃は一番低い十一歳のため、ルーサス含め他のメンバーを兄と姉で称したりするのがこの子の癖だ。


 「あれ、そうだっけ?オレは帝国兵となるとぶっ殺したくなっちまうからなぁ!命令まったく聞こえなかったぜ」

 「それは俺たち皆んな同じなんだがな …。まぁガウス、お前が無事ならいいさ。だが、今後はちゃんと俺の命令聞けよバカ!」


 ゲンコツ一発。なのだが、微小な呪力を乗せた拳に対して、何の呪的防御を施して無いガウスは大袈裟にもその場でのたうち回る。


 「この脳筋バカがこれで改心するとは思えんが」


 その光景を見やり、皮肉を述べるのはレイグ。ガウス同様に高身長の部類に入る瑠璃色の髪と瞳を持つ青年。大柄と言うよりもスレンダーで眼鏡をかけたインテリ系。歳はガウス同様の十八歳。なのだが、何かとこの二人は相容れ無い。


 「はっ!根暗オタク野郎に言われたかねぇーよ」

 「君ってやつは…僕は根暗オタクなんかじゃ無いんだけど?まぁ平民通り越して野獣の君に言ったって分かるわけないか」


 とまぁ、何時もの水と油なような二人のやり取りが、これまた何時も通りヒートアップするのを止める影が…


 「って!フィオ姉寝てるよ!」


 アイナのツッコミが炸裂する。

確かに横を見ると、何処かの物語見たく、鼻に風船膨らませた人物が一人。名前はフィオナ。サイドアップに整えた翡翠色の髪と瞳。歳の頃は二十二とルーサスよりも年上であり、その整った顔立ちと豊満な胸、身長もやや高めと美形だ。

 本人は女性陣の中での最高齢であり、そのためお姉さん役に徹するが、意外と中身はこんな感じと抜けている所がある。


 「起きろバカ」


 流石に女性にゲンコツ出来ないため、デコピン一発。


 「ひゃっ!もう、何するのよ…」


 恨みがましくデコに手当て講義の瞳を向けるフィオナ。

 流石にこれ以上時間を掛けられないと、ルーサスはフィオナをやり過ごし、ゲンナリした感じでガウスに命令を下す。


 「こんな所に長く居るワケにはいかないからな、流石にバカすんのはもう辞めにしてくれよ…。ガウス、お前が殺したんだから、処理を頼む」


 「おうよ。喰らえ、ガルファリウス!」


 その言葉と共に突如膨れ上がり、放出される呪力。それは禍々しい程の赤黒い、否漆黒の呪力は巨大なナニカを形成するかのように集まる。しかし、形成されたそのナニカを正確に視認する事は常人では不可能だ。

 それは、そのナニカから吹き荒れる濃密な黒い瘴気が、守るように人間の認識を阻害するからだ。

 と言っても、それは常人相手であり、相当な神力持ち若しくは呪人-ノロイビト-には通用しない。故に、ルーサスはそのナニカを視認する。


 全長およそ二十五メートル越えの大きな獣。形としては狼が主であり、黒い体毛に人間の血の様に赤黒い瞳。死体と成り果てた帝国兵を前にヨダレと共に見せる鋭い牙は、正しく人間を殺す為だけに生まれた獰猛な獣の体現。"一等級"指定の呪獣ガルファリウス。

 人間でありながら人間を恨む。人間を恨んで没した神、その眷属たる呪獣に認められたガウスにのみ力を与える存在。これが呪人-ノロイビト-の正体だ。

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