最終話 ハロウィンの夢
誰もいない、何もない真っ白な空間で、俺は一人立ち尽くしていた。ここがどこなのかとか、これからどうなるのかとか、知りたいことが山ほどあるのに、それを訊ける相手がいない。
「この場合、求めるべき相手というのは、神様なのかしら?」
振り向くと、黒髪の女子がいた。ロングストレートの髪、そして桃色の瞳には覚えがある。
「お前………自殺願望の女子か?」
「いいえ。ワタシはあの子じゃないわ」
そんなわけあるかと否定した。その姿は、ダイナマイトを巻きつけていたあの女そのものだった。たしかに雰囲気は違っているように思えるが、こんなに見てくれがそっくりな人間が、他にもいると?
「ワタシは、あの子―――フェリナの双子の妹『フェルナ』よ」
―――そしてアナタはこの子に―――ワタシの双子の姉に連れてこられたの。
双剣の声は、あの女子に……目の前の女子にそっくりだった。声だけ聞けば、たしかに双子と言われてもおかしくはなかった。
つまり、声だけだった彼女が今、あの女子とそっくりな肉体を得て立っている?
「……そう言われても、簡単に信じられるか」
「アナタがどう思おうと、ワタシはアナタの武器に宿っていた方よ。そして、アナタが見た首吊りの張本人でもあるの」
刹那、「街」で一番初めに見た「首吊り」を思い出した。彼女もたしか、ロングストレートの黒髪だった。背格好も、見た感じはフェリナと似ていると思う。
「ワタシはフェリナの野望を阻止しようとして殺された。だからアナタの武器に宿って、アナタを現実世界に戻そうとした」
説明を聞いても全く理解出来ないんだが、俺の理解力が足りないだけだろうか。いいや違う。こいつが言葉足らずなだけだ。
「ちゃんと説明してくれ。殺されたから武器に宿ったって、そんなファンタジーじゃあるまいし」
「あら? アナタは死にかけたのにファンタジーを否定するの? それじゃあどうしてアナタは生きているのかしら?」
それを言われると、反論出来ない。たしかに俺は、アリアに殺されかけた。自然治癒では到底説明出来ないほどの回復をやってみせた。
「……分かった。それじゃあファンタジーがあるとしても、だ。どうしてあんたは武器に乗り移ったんだ?」
「説明した通り、あの子に悟られない為よ。今年のゲームの主催者はあの子だったから、参加者に乗り移ったら確実にバレるし、一番良い立ち位置がアナタの武器だったの」
「……じゃあ、どうして死んだあんたが今、ここにいるんだ?」
「そういう空間だからよ。ここは―――あの街と同じように」
思わず、自分の身体を見返した。特に不自然なところはない。息も出来てるし、心臓も動いてる。いや、街にいた時だって至って普通だったが。
「こういう時は察しが良いのね」
くすくす笑うフェルナに、俺のカンが当たってしまったのかと落胆した。最もこれも、ファンタジーが存在する前提の話だが。
「そう。ここは……あの街は、死者の街なの」
心臓が止まるかと思った。呼吸を忘れそうになった。それほどに信じられない真実だった。
「ゲームの参加者は、現実世界じゃ既に死んでいるの。そしてゲームに勝ったただ一人に新たな肉体を与え、組織に迎え入れる。どう? 信じられる?」
「いや、とてもじゃないけど」
「そうでしょうね。そもそも、アナタはまだ死んでいないのだけれど」
そうだろう。死んだ覚えなどない。いつも通り……ではなかったけど、普通の下校途中だった。子供と会う以外は。
「だからワタシは、アナタを助けたかった。何せあの街では、勝者にならないと永遠に閉じ込められたままなんだもの」
「えっ……じゃあ、俺以外の奴らはみんな……」
「ゲームは毎年ハロウィンの日に開催してるから、チャンスはいくらでもあるのよ。記憶は消されて、来年まで眠りにつくことになるけどね」
つまり俺も、負けてもまだ救済措置はあったってことか。何度もあんな目に遭うのは勘弁だが。
「でも俺、結局どうなったんだ? フェリナに刺したところまでは覚えているが……」
フェルナの説明によると、俺が剣をフェリナへ刺した瞬間、彼女は俺へ剣を刺さず、代わりにダイナマイトに火をつけた。火はあっという間に導火線を伝い、爆発を引き起こした。俺もフェリナも、爆発に巻き込まれたらしい。
ここで重要だったことは、剣はフェリナに刺さりっぱなしだった、ということだ。
そのおかげで、フェルナはフェリナに乗り移ることができ、俺……もとい俺の魂を現実世界へ戻すことが出来るんだと。
「はい、質問。フェリナに乗り移らないと、俺を帰す力は手に入らなかったのか?」
「ええ。ゲームの主催者のみが、参加者の魂を転送出来るの。主催者は魂ではなくちゃんと肉体を持っているから、その身体でないと魂を転送出来ないのよ」
「それじゃあ、はじめからフェリナに乗り移っていればよかったんじゃないのか?」
「それが出来ればこんな苦労しなかったわ」
そりゃそうか。でももしそれが可能だったら、俺だって命懸けであんな風に戦う必要なかったんだけどな。
「貴重な体験だったわね」
「二度と味わいたくない……っていうか、まだ心の声が筒抜けなのかよ」
「魂の空間は、心の空間そのもの。耳を鍛えれば、アナタにも聞こえるようになるわ」
「遠慮しておくよ」
ふと視線を落とすと、自分の身体が透けていることに気付いた。さっきまで何ともなかったのに……どうやら、魂の空間というのは信じなければならないようだ。
「そろそろ目が覚める時間のようね」
「俺の肉体がか?」
「そうよ。起きたらびっくりするだろうけど、生きているだけありがたいと思ってね」
「一体どんなドッキリが仕掛けられてるんだよ?」
「目が覚めれば分かるわ。そして、あの街での出来事はやがて忘れる……夢だと思えばいいのよ」
夢で済むなら忘れた方がいい。死の痛みは死ぬ時にだけ感じればいい。
「最後に」
フェルナは真っ直ぐに俺を見た。物悲しい桃色の瞳は、絵画のような不思議な美しさをまとっていた。
「アナタは絶対、組織に選ばれるような人にならないでほしい」
どんな理由であれ、人を殺すような人間は醜悪だから。
「約束してくれる?」
小指を立てて、古典的な約束を迫られた。俺も彼女の前に立ち、右手をゆっくりと上げる。
「じゃあ俺も、最後に教えてくれ」
「何?」
「魂といえど、殺戮をさせる組織に、どうしてあんたは所属しているんだ?」
くすりと笑い、フェルナは楽しそうに話した。
「言ったでしょ? 選ばれた魂達は醜悪なのよ」
永遠にあの街で殺し合っていればいいと思わない?
「狂ってるな」
俺は、少女と小指を絡ませた。
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病院のベッドで目覚めた俺は、なんと三年も眠っていたらしい。三年前のハロウィンの日、下校途中に倒れているところを発見され、しかし目覚めずそのまま三年後のハロウィンまで経過した。
当時何があったのか警察に問い詰められたが、俺は覚えていないフリをし続けた。そうして数日が経つと、本当にあの「街」での記憶が薄れていった。まさに、彼女の言った通り、「夢」の出来事となりつつある。
そうして記憶から消え去ることで、俺と双子のハロウィンは終わりを迎えた。
* * *
完
ハロウィンの夢 かいり @kairi5
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