第8話 最後の悪あがき

「どこかしら~? ヘタレ~?」


 ザアザアと雨が降りしきっている。ミラは陽気な声をわざとらしく響かせた。息を殺しながらそっと見ると、ミラは学校の正門前で仁王立ちしていた。

 そう。あの女、ゴール目前で俺を待ち構えているのだ。


「狂ってやがる……報酬よりも殺しがいいなんて」

『とにかくゴールさえしてしまえばこっちのものよ。どうにか頑張って』


 双剣は簡単にそう言うが、ゴール前で待ち構える人間をどう回避しろと言うんだ。俺の武器は治癒能力に特化した双剣だっていうのに。


『接近戦なら勝ち目はあるはずよ』

「素人の俺が?」

『ええ。彼女はさっきの戦いのダメージが蓄積している。対してアナタは無傷。勝機はあるわ』


 親バカでもそんなこと言えないぞ。しかしまあ、やるとしたらそこに賭けるしかないのか。


「間近まであいつに近付くのか……」

『怖いの?』

「そりゃ怖いよ。殺されるのも、殺すのも……」

『甘いことを言える立場じゃないでしょう?』


 視線を落とすと、雨に濡れる刃に俺の顔がぼんやりと映っていた。


『殺すつもりで行かないと殺されるのよ』

「分かってる。それはさっきの戦いで身に沁みて分かった」


 殺さなければ殺される。まさに弱肉強食の世界。そんな世界で、実力もないくせに甘っちょろいことを言っていたら、命なんていくつあっても足りない。

 俺は深呼吸した。深く、ゆっくり、「覚悟」を全身に刻むように。


「よし―――行くぞ」


 建物の間を進み、正門から一番近い路地裏から飛び出した。ミラは驚きつつも、短剣で俺の双剣を受けた。やはり近距離では銃を撃ってこないようだ。


「接近戦なら勝てると思ったわけ⁉ 甘いわね!」


 俺は剣を水平に振ったが、ミラは身をかがめて避ける。拳が俺の顎を殴り上げた。頭に衝撃が走る。上を向きながらも、俺は腕を振り下ろした。肉の感触はしなかった。


「ホラッ!」


 下から上に刃が右半身を走った。斬られた皮膚から血が飛び出す。仰向けに倒れた俺を、ミラは容赦なく踏みつけた。傷を圧迫され、痛みが増していく。


「期待なんかしてなかったけど、やっぱりアンタ、弱いわね」

「ぐッ………はなせッ……!」

「他の参加者はそれなりだったけど……アンタ、なんで呼ばれたのかしらね? それが不思議でならないわ」


 左手に持っていた剣を振るうと、ミラは退いた。ついでに双剣の治癒能力も発動し、徐々に痛みが引いていった。それを、興味深そうに眺めるミラ。


「へえー回復ねえ。やっぱアンタは先に殺して、その武器奪っておくべきだったわね」


 ミラがこの武器まで手に入れたら、鬼に金棒だ。それだけは阻止出来てよかったと思う。

 ―――そうか……手に入れたら。


『どうしたの?』


 思い付いた作戦を行う前に、確認しなければならないことがある。

 双剣―――あんたの声、ミラにも聞こえるのか?


『ええ。手に触れればの話だけど』


 そうか。

 それじゃあもう一つ……ミラの気を引くようなこと、何か言えるか?


『………なるほど。アナタの作戦が分かったわ』


 察しの良い双剣で助かる。俺は立ち上がり、踵を返して駆け出した。もちろん、ミラに背を向けている状態である。恐らくミラは動揺しただろうが、あいつは冷静に―――。


『ミラが銃を構えたわ!』


 やっぱりそうだ。ミラから姿をくらますように、俺は路地に入った。

 撃った後しばらく撃てなくなるというリスクを冒してでも、あいつは撃つだろう。その理由は明白だ。誰だって、圧倒的な弱者相手ではリスクの危険など気にしない。

 だが、弱者にとってはそこが狙い目なんだ。



 ――――――爆発音で、鼓膜が破けそうになった。



 爆風で俺は勢いよく吹っ飛ばされた。崩れゆくビルに背中を思いっきりぶつけたが、すぐに体勢を立て直した。雨粒と砂で目をやられるが、急いで学校の方へ戻る。


『撃たせた意味はあったのかしら?』

「目的は不意を突くタイミングを作ることだ。そして双剣、頼んだぞ」

『任せて』


 砂煙が舞う中、俺は学校の方へ向けて双剣の片方を投げた。それとほぼ同時に、追いかけるように走る。砂煙を抜けて視界が開けると、ミラが飛んできた剣をキャッチした瞬間だった。


「ッ―――⁉」


 驚いた表情で固まるミラ。当然だろう―――武器が喋るなんて、想像だにしなかっただろう。

 その一瞬の隙に、俺は賭ける。


「チッ―――!」


 もう一つの剣で、ミラの腹目掛けて突き刺した。ギリギリで避けられたが、それでよかった。


 何故って? だってこいつ、門ギリギリのところに立っていたんだぞ?

 だから勢いつけてこいつに突っ込めば、学校の敷地に入れるだろ?


「ゴフッ」


 勢いをつけたはいいが、びちゃびちゃになった校庭に顔からダイブした。ぐちょりと嫌な音がした。綺麗な勝利とはいかなかったが、これが最善の選択だったはずだ。


「しまった―――!」


 ミラの焦った声がして顔を上げると、目の前に黒髪の女子が立っていた。背後には満月ではなく、大きなジャック・オー・ランタンがぼんやりと光っている。


「おめでとう。アナタが一番よ」


 桃色の瞳はにこりと笑い、俺の顔をタオルで優しく拭き始めた。彼女の姿に、俺は何度目かのデジャヴを抱いていた。


 何となくこの子、どこかで見たことがあるような気がする。黒髪の女子なんて腐るほどいるが、この街に来てから見たような……。

 それに声も、どことなく―――。


「さて。じゃあアナタがゴールしたし」


 女子はパチンと指を鳴らした。直後に女子の後ろに、少年が降ってくる。はじめ、武器を渡してきたあの少年だ。少年は一礼し、女子を見上げた。


「残ってる子を殺してきてね」

「了解でーす!」


 元気良く返事をすると、少年は学校から飛び出していった。彼が向かう先にはミラがいる。ミラは向かってくる少年に、俺の剣を振るった。少年は拳銃をホルスターから抜き、ミラへ発砲する。二人の戦闘を、女子は微笑を浮かべながら眺めている。


『……この子へワタシを刺して』


 声を潜めた双剣の声。今までにないほど真剣な声に、おおよその予想がついた。

 この女子が、双剣と対立している人物なのだろう。


『そう。そしてアナタはこの子に―――ワタシの双子の姉に連れてこられたの』


 双子の姉―――それを聞いて、違和感の謎が解けた。

 この女子の声、双剣の声とそっくりなのだ。ハッキリ言って、目隠しでどちらの声か当てろと言われても無理なレベルで似ている。


『ワタシがこの子に乗り移れば、アナタを元の世界へ返すことが出来る。その為にワタシを刺して』


 女子は戦闘に釘付けだ。今ならすんなり刃が通ると思う。剣を握り締め、僅かに体を動かした。


「気になる?」


 視線は戦闘へ向けられたまま、女子が俺に問いかけた。動きが読まれたかのようなタイミングに、俺の心臓はバクバクと緊張し始める。


「アナタがどうしてこの街にいるのか。そもそも、この街はなんなのか」

「……教えてくれるのか?」

「もちろんよ。アナタがこのゲームの勝者だもの。あのね、ワタシは死にたかったの」


 死にたかった―――?

 思いもしない願望に、俺は自然と身構えていた。


「ワタシ、とある組織に所属しているんだけどね、毎年新メンバー加入の為に、こうしてゲームを開催しているの。この街はその為に創られたってわけ。それでね?」

「―――『ゲームに乗じて死のうと思った』」


 双剣の言葉をそっくりそのまま呟くと、女子はすごいと拍手した。桃色の目玉が、ギョロリと俺を見下ろす。


「そう! せっかく死ぬなら楽しみたいと思ったの! よく分かったわね!」


 狂ってる……何より理解出来ないのは、それに俺が巻き込まれていることだ。


「そして、どうせ死ぬなら誰かと死にたいと思った。だからアナタを連れてきたの」

「どうして俺なんだ。何の面識もない俺が、どうして……」

「ランダムよ。一緒に死んでくれるのなら、ワタシは誰でもよかったの」


 絶句した。あまりにも身勝手な理由に、怒る気力さえ失った。

 一緒に死んでほしいから俺を呼んだ? しかもランダムで? 頭がイカれてるんじゃないのか?


『イカれてるのよ。この子は昔から、人の気持ちを読むのが苦手だから』


 苦手とかいうレベルじゃない。人の命がかかっていることすら自覚出来ないのか?

 女子を睨みつけると、笑みを返されただけだった。そして視線は、再び外へ向けられる。


「あちらも終わったみたいね」


 振り向くと、ミラは倒れていた。少年はこちらを気にする様子もなく、走り去ってしまった。


「もう少し待ってね。今回は生存者が多いみたいだから」

「他の参加者も殺しに行くのか」

「そうよ。勝者は一人だけだから」


 俺は立ち上がり、ミラに渡した剣を拾いに行った。そして再び女子の前に立つ。


「あんた、死にたいんだよな?」

「ええ」

「俺にも一緒に死んでほしいんだよな?」

「ええ」


 このまま、こいつの思い通りに死ぬなんて癪だ。俺だけでも生き残りたい。それが無理ならせめて、こいつの望まないような死に方をさせてやりたい。


「―――同時に刺し合おうぜ」


 女子と双剣が全く同じ声で、同じタイミングで驚きを漏らした。だが、女子はすぐにくすりと笑う。


「それはダメよ。アナタの武器には治癒能力が備わっているの。だから、死にたくても死ねないわ」

「刺してすぐ抜いて捨てればいいだろ?」

「んん……たしかにそうね。本当はこれを用意していたんだけど」


 そう言って女子が服をめくると、腹にダイナマイトがくくりつけられていた。なんて死に方を考えているんだ。危うく爆死させられるところだった。


『危険よ。アナタの生命力が尽きるが先か、ワタシがこの子を乗っ取るのが先か……』


 分かってる。完全に賭けだ。だが、ヘタに刺そうとして爆発されたら終わりだ。それならまだ、両者納得の方法に賭ける方がいい。

 女子に片方の剣を渡した。俺達は、刃の届く距離まで近付く。


「それじゃあいくわよ。心の準備はいい?」

「……ああ」


 これから刺されるんだと分かっていると、とてつもない恐怖を抱いてしまう。心臓が高鳴り、手汗もかき始めた。

 対照的に、女子は穏やかな笑みを浮かべていた。彼女の心に恐怖は一切ないのだろう。そりゃそうだ。ずっと死にたかったのだから。

 だけど、そうはさせない。俺が―――俺と双剣が邪魔してやる。


「3……」


 生きるか死ぬか、決死の賭けへのカウントダウンが始まる。

 例え俺が先に息絶えても、双剣があんたを乗っ取るだろう。そうすれば、待ち望んでいた「死」は訪れない。あんたにとっては、この上ない嫌がらせのはずだ。


「2……」


 あんたにとっては、刺されれば必死ってわけだ。いい気味だ。俺を連れてきた自分を恨むことだな。

 ハハッ―――。


「1……」


 ―――でも、やっぱり死にたくないなあ。もっともっと、長生きしたかったなあ。


 剣を握り締めた。その剣先を女子の心臓へ向け、そして―――。





「0」





 突き出したと同時に、視界が白に包まれた。

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