拝啓ドッペルゲンガー

彩夏

第1話

「どうもこんにちは、君の分身です」


 玲の目の前で、少女が告げる。斜めの前髪、少し外にはねたミディアムの黒髪に紫紺の瞳。まるで鏡に映したかのように、玲にそっくりな少女が。


 にこりと微笑んだ少女の瞳は一切笑っておらず、不気味な光を宿していた。そしてその瞳には、十字架のような――あるいは、光を具現化したような――不思議なマークが浮かび上がっていた。


 夕陽に照らされた床に、二つの影が伸びた。



―――――――――

――――――――――――――――――



「玲、ちょっと頼まれごとしてもらっていい?」

「うん。いいよ、お母さん」


 鈴森すずもり れいは、なぜか用事を頼まれることが多い。友達から、家族から、先生から。別に親しみやすい雰囲気があるような見た目でもないのに。


 玲は不満があるわけではなかった。頼られるのは嬉しい。でも、時々思うのだ。『もうひとり自分がいたら』と。そしたらもっと、みんなと遊べるのにな、と――


「そんなこと、無理だよね」


 誰にも聞こえないほど小さな声で呟き、制服のリボンをキュ、と締める。純白のそれがきれいにできているか鏡で確認し、グレーチェックのスカートの裾を直す。


「よし!これで完璧」


 手際よく準備を終えた玲は高校指定の革鞄を持ち、階段を駆け下りた。リビングに向かって「いってきます」と一声かけ、玄関でローファーを履く。


 置いてあった大きなゴミ袋二つを抱え、トンと体でドアを押し開ける。扉が閉まる寸前で、とってつけたように「いってらっしゃい」の声が聞こえた。


 ため息をつくと、玲は朝の爽やかな空気の中を一歩進んだ。家から二十数メートルの位置にあるゴミステーションに寄ってゴミ袋を放り投げると、軽くなった腕で伸びをする。その勢いのまま、駅へと走っていった。


『まもなく、二番線の列車が発車いたします――』


 駅につくと、いつもの電車が発車するまであともう少ししかなかった。


 機械的なアナウンスを聞きながら、閉まりかけのドアにギリギリ体を滑り込ませる。車内に入った次の瞬間、ぷしゅー、と気がぬけるような音を立てて背後でドアが閉まった。ほっと胸を撫で下ろし、玲は空いている席を探す。が、通勤ラッシュのこの時間は満席のようだった。やむなく立ったまま通学することにして、目の前にあるほんの少しだけの隙間で本を開く。


 本の題名は『ナルニア国物語』。こういうファンタジーが、玲の好みだった。また、ファンタジー小説だけではなく、小説全般が大好きだった。時間があれば読みふけるほどに。


『次は、・・・駅ー』


 高校の最寄り駅の名が聞こえ、玲は素早く本を閉じ、反対側のドアの前に移動する。開くドアはこちらの方なのだ。


 ふと、窓に映る自分を見つめる――その一瞬、玲の姿が揺らいだ気がした。目を擦ってもう一度見たけれど、なんてことない、いつもの自分が映っているだけだった。


「気の、せい・・・?」


 思考を遮るかのようにアナウンスが響き、ドアが開き始めた。玲は怪奇現象――そう呼ぶには小さすぎたかもしれないが――を頭の中から追い出し、に切り替えた。

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拝啓ドッペルゲンガー 彩夏 @ayaka9232

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