三、亡霊現る
夜半過ぎ。闇に包まれた教会の裏口で鍵穴がかちゃりと鳴り、木戸がそっと開かれた──戸口には誰の姿もない。ただ、全ての光を閉ざす漆黒の闇の塊があった。
闇の塊と靴の足音がゆっくりと、静まり返った聖堂内を進んでゆく。それにつられるように、脇の燭台に次々と灯りが点ってゆく。
Mr.トンベリ「!!…………」
異変を察知した使い魔の黒猫は、使い魔と術者の間の「感覚共有」を利用して主人を起こそうと、肉球で自らの頬を突くが、熟睡しているのだろう、反応はない。
その向こうで、影は壁際の巨大なオルガンの前でひらりと舞い上がり、吹き抜け中二階の奏者台に消えた。
Mr.トンベリ「……にぃゃゃぁあ」サク★
黒猫が鋭い爪を自らの頬に突き立てたその時、堂内を揺るがすパイプオルガンの響きが闇夜の静寂を破り裂いた。
当然、その音は宿直一同の部屋にも聞こえてくる。殊に、アイシャの耳にはMr.トンベリの聴覚から生中継で、堂内のステレオ音声が……。
パンドラ「こ、これは!!」
アイシャ「いたっ」
眠気が一気に覚めてもアイシャの動揺が無かったのは、自らの頬から垂れる血と、Mr.トンベリから送られてくる視覚とで自らの状況が理解出来たからだった。
カテナ「うがぅ!? なんだぁっ!?」
ぐっすり寝ていたカテナもびっくりして飛び起きた。
ドルジ「
パンドラ「ふふ、マッドティーパーティの始まりかしらね」
アイシャ「ドルジさんの予想通り来たわね……(逃がさない)」
アイシャは自分とトンベリに
カテナ「がぅ…ねむぅ……」
中途半端に起きて、半分寝ながら四つ足で走っているカテナ。
ごんっ、といって壁に頭をぶつけたり、手と足がもつれて転んだり……そうやって痛い目を見るうちに、目が覚めてくるわけだ。
聖堂に駆けつけた一同。燭台にはまばらに火が点り、闇夜の堂内で不気味に揺らぐ。そして月明かりを背にしてそそり立つ巨大なパイプオルガンが、石造りの建物全体を振動させて荘重な旋律を奏でる。
高い壇上にある奏者席は直接見えないが、薄明かりに揺れるべき奏者の影は見当たらず、蝋燭の明かりのみが揺れている。
アンナ「っっ──ヴァルトベルクの亡霊……!?」
ドルジ「あそこへ上がる通路を教えてくれんか!?」
アンナ「は、はいっ! こっちです……!!」
震えながらも導くアンナに従って階段を上り、吹き抜け中二階のバルコニーを奏者台へ向かって走る。
パンドラ「本物の亡霊かい!? これは驚いたね」
言葉とは裏腹にドルジの後を追い、階段を全力で疾走していくパンドラ。未知のモノに対する好奇心。パンドラの顔には笑みすらあった。
果たして、バルコニーの対角から伺った奏者台には、譜面台に揺れる蝋燭の明かりの中、直径二・五mほどの闇の塊が鎮座していた。奏者席付近を中心に鍵盤のあたりまで、漆黒の闇に包まれている。
そこでアイシャは気付いた。
クルト「真っ黒の中はなんにも見えないよ……」
アイシャ「でも、ここからでは
距離がやや遠いせいもあるが、特別変わった霊力は感知できなかった。
カテナ「オイラのめでみてもよくわかんないや……」
野生の嗅覚を呼び覚ますカテナ。ありったけの精神を鼻に集中させて、匂い感知だ。
だが、いささかの遠さと堂内に立ちこめる蜜蝋や抹香の匂いで、対象の匂いを嗅ぎ分けることは出来なかった。逆に言えば、屍臭など別段変わった匂いは感じ得ない。
と、
そして、演奏が不意に不快な不協和音でホールドし、闇の塊がゆらりと動く。と、それは奏者台の手摺を乗り越え、漆黒の塊から漏れる黒いマントを翻して宙に躍り出て、奏者台下の祭壇の上に、舞い降りるようにひらりと着地した。
パンドラ「光も飲み込む闇なのかい!? うっ!」
不快な不協和音に一瞬、苦痛の表情を見せるパンドラだが、スカートの布の一部を破き、舌で濡らすと、耳の中にその湿った布を入れた。
パンドラ「水は音波のエネルギーを弱める。これでいくらかマシになったわ」
と、影が宙を舞ったとき煽られてきた風の匂いには、どこか覚えがあるようにも感じた。それ自体不快ではないが、カテナにとってはどことなく苦手な匂いに思えた。
カテナ「……なんだろ。なんかこのにおい……しってるよーなきがするんだけどなぁ……」
闇の塊が奏者台下の祭壇の上に舞い降りると、パンドラも後を追うように素早く手すりを越え、飛び降りた。
パンドラ「亡霊だろうと何だろうと、あたしの舞で魅了させてあげるわ!」
片膝、片腕を地面につけ、着地した。
アイシャ「なに……この音……ッ」
聖堂に響く不快な音に精神を乱されながら、何とか自分の
パンドラは舞踏剣を抜き、祭壇の前で黒い影と対峙した。
ドルジ「まだ正体が分からぬ、気をつけるのじゃぞ!」
ドルジは階段を回って下へ向かった。
カテナ「アンナ、みんなからはなれないでね! アイシャ、クルト! アンナをおねがい! オイラはパンドラをてつだってくる!」
持ち前の身軽さを発揮して、ひらりとバルコニーから飛び降りるカテナ。
アイシャ「
距離拡大の詠唱を試みるアイシャ。と、クルトがくいっと袖を引っ張る。その片手には矢筒を持ち上げている。
クルト「あの影に当たればいいんだよね?」
アイシャ「そうか、最近弓の練習を始めたのね。頼むわ」
クルト「ん、頑張る……! ドルイド・スタッフ、モード“ボウ”!」
詠唱と共にクルトの杖に絡まった蔓が変形し、弓の形になる。
アイシャ「全ての闇を打ち消すマナの光よ!」
二人「「ブライトネス・アロー、発射!!」」
そこにつがえた矢がまばゆい光をまとい、放たれる。
と、影はこちらに気付いたかのように、ゆらりと大きくなり始めた。その脇あたりを、文字通りの光の矢がかすめる。とたんに闇の塊はふっと消え──
そこには身長二m程もある、人の形──と言えるのだろうか、黒いマントから半白骨化したミイラ状の肉体を覗かせた物体が立ちはだかって──否、浮いていた。全身は半透明で、ぼろぼろだがそのいでたちは古風な貴族の衣装に見える。
「呪われし楽人共よ──余は詩人リヒャルト・フォン・ファウスト!」
そのブツは、不気味に反響のかかった声で告げた。
カテナ「……それってオイラたちのこと? オイラたちって、のろわれてたの?」
隣のパンドラにきょとんとして聞くカテナ。
パンドラ「何が呪われた楽人だ! あんたの方がよっぽど呪われてるよファウストさん!」
着地と同時に相手に向かって走り出す。
剣を使った情熱的な踊り「剣の舞」。その無駄のない足運びと、変幻自在に操る剣の軌道は美しくすらある。その動きで相手との距離を一瞬で縮めたパンドラは、一度その場で回転して剣に遠心力をつけた。そして鋭い刃が男の服を貫く。だが手応えはない。
パンドラ「くっ、実体が無いのかい!? それともあたしの剣をギリギリでかわしたのか!? どちらにしろ、なかなかやるね!」
剣を抜き、三歩ほど後にステップで後退した。
臨戦態勢を保ったまま、相手の出方を窺うパンドラ。
ファウストと名乗る亡霊らしきものは、その場で何か断片的な言葉を唱え始める。
パンドラ「くっ、魔法を使う気かい!?」
ドルジ「いや、
アイシャ「ファウストの詩の一節……だと思います」
階段を下りてきたドルジと、クルト、アンナを伴いそれに続くアイシャ。
パンドラ「あたし達をバカにしてるのかい? 情を乞うても手加減はしないよ!」
ドルジ「相手が
ドルジに聖力を付与された舞踏剣を振りかざし、二、三度斬りつけるパンドラ。しかし、結果は変わらず。ファウストは相変わらずその場で詩を朗読し続けている。
ドルジ「物理攻撃一切無効の亡霊か……? 否、しかし──」
次第に一同は不審を感じつつあった。
クルト「へんだよ。あのひと
アイシャらと共にカテナの後方まで近づいたクルト、だがファウストからは精霊力を全く感じ得ない。
嗅覚を研ぎ澄ますカテナ。だが先程までほのかに感じた例の匂いは消え、今のファウスト(?)には全く匂いが感じられない。
カテナ「ッッ……においがしなくなった!! おかしいよ、どんなヤツでもにおいはするはずなのに!! もうそこにはいないんだ……あいつ、もうたぶんファウストってやつじゃない! ただ、そこにいるようにみえるだけだ!!」
カテナは思ったことを素直に口に出した。
さらに、注意深く聞くと朗読は先程から同じ節を繰り返しているように思える。
アイシャ「まさか、これは……(さっきまでは流暢に動いていたのに、今は同じ動作を繰り返してる……。集中型の魔術?)」
アイシャは急ぎ魔術書で読んだ幻覚魔術の特性や、効果範囲、距離を統合していく。
その中から聖堂の大きさやクルト、カテナの得た情報を元に消去法で現実的な魔術に絞っていった。
アイシャ(この聖堂は十分に広い、精霊力も感じられないから……)
最後に自分の考えに不備は無いかもう一度考えをまとめてから、静かに口を開いた。
アイシャ「……
カテナ「たしかめなきゃ! アイシャぁっ! あのまほーのちから、うちけしちゃえ!」
振り返ってアイシャに向かって叫ぶ。
アイシャ「紡がれしマナの業よ、無為の均衡に帰すべし!」
詠唱に応じてファウストの姿と声は虚無と消え、一同はいささか拍子抜けを含んだ安堵と同時に、とっさに円陣を組んで見えざる敵に身構えた。
クルト「──来る……!!」
次の瞬間、聖堂側面の扉がバタンと開き、続いてその方向から「ぎゃァッッ!!」という男の叫び声が聞こえた。
外界から差す月光と堂内の薄明かりに浮かび、不気味に戸口へ立ちはだかる人らしき影。その足元には、床に崩れるもう一つの人影も見える。
クルト「命の力と騒ぐ
その言葉を聞き、側面戸口に一層の警戒を向ける一同。
カテナ「……ッ!! あ、あいつは……」
暗視能力のあるカテナは、いち早くその人影の正体を悟り、言葉を失って、ぎゅっと拳を握る。
クルト「暗くてよく見えない……光よ、舞い降りてっ!」
クルトは戸口の側に
杖を握ったまま尻餅をつき、戸口を見上げて恐怖と動揺を露わにした黒ローブの男──尖った耳と不自然に黒ずんだ肌から、ダークエルフに見える。
そして紺青の闇のオーラを全身に帯び、狂気の形相をしてその前に立つ青年──
その人物に一同は見覚えがあった。
アンナ「え、そんな……っっ!?」
クルト「ゴーシュ、さん──」
そう。それは先程宿屋で会った若きチェロ奏者・ゴーシュその人だった。
不敵な笑みとともに青年が手を振り上げる。それに合わせて彼を包むオーラがゆらりと拡大し、頭の背後に禍々しい面相のような影を現した。
そして次の瞬間、
パンドラ「やれやれ、あの時の若造かい。少しおいたが過ぎるようね」
一度、鞘に収めた剣を握りしめ、ゴーシュに向かって走り出す。走って行くパンドラを襲うのは、男の胸を貫いた闇の爪。
ガキィン!!
とっさに腰から抜いた剣で頭上を守るが、爪の一つを防ぎきれなかった。
ブシュ!!
パンドラの肩から血が吹き上がる。
クルト「パンドラさん!!」
パンドラ「大丈夫よ、薄皮一枚を斬られただけ。それにしても、なんて禍々しいオーラなの。気分が悪いったらありゃしないよ」
一歩前に歩み出るゴーシュ。その時、頬から首へと血がしたたり落ちた。頬が一㎝ほどパンドラの剣によって斬られていたのだ。
ゴーシュ「ほう……」
と、カテナはゴーシュ達の方向からほのかに例の匂いを感じた。だが、記憶を辿る限り、ゴーシュとは直接結びつかない。むしろそれは──
カテナ「おもいだした! このにおい……フランツのおっちゃんとか……あと、アイシャからもたまにおなじにおいがした!」
記憶のイメージも、その二人と結びつく気がする。
カテナ「そうだ……オイラたちがここにくるまえによった、まほーがくいんってところでこのにおいがしたよ!」
そう、それはカテナにとってやや苦手な雰囲気のある、中央魔法学院の古文書くさい匂いだ。フランツやアイシャはいつも立ち入ってるわけではないので、「たまに」研究室に赴いて帰ってきた時、なのだ。
カテナ「……あれ? でも、ゴーシュにあったときはこのにおいしなかったのに……。でも、あそこにいるのはゴーシュだし……。あ! もうひとりこのにおいがするヤツがいた! フランツのおっちゃんのところにきた……あのにんげんだ! もしかして……あいつ、ゴーシュにみえるけど、ほんとうはあのときのにんげんかもしれない!!」
ゴーシュ「我等がファウスト閣下を冒瀆する愚かな魔術士を処刑しに来たが……クク、魂に飢えた我に愉しみをくれるのか? 活きのいい人間よ」
青年は喉から絞り出すようなしゃがれた声で言った。
その足元に横たわるダークエルフの男は、虫の息で悶絶している。
ゴーシュ「よかろう、相手をしてやる!」
剣闘技のような構えを取り、素早くパンドラに斬りかかる。その素早さ、威力は圧倒的だ。
アンナ「パンドラさん、ゴーシュさん、やめて……っっ!!」
クルト「中身はたぶん人間だから傷つけないで、浮かび上がった影を狙って!」
クルトも
カテナ「わかったよ! かげのほーだね!」
少年は月の光を前にして、すっと両手を地面につけ、四つ足で走るような構えをとる。
カテナ「ひさしぶりだなぁ、これ……あぁあああぁあぁあッッ!!」
体中から青と白の体毛が一気に生え、一瞬にして狼へと姿を変える。
カテナ「うがあぁッッ!!」
猪突猛進と性格変化。敵と認識した影を爪で攻撃する。
アンナ「きゃ……うそ、そんな、カテナくんまで──っっ!?」
カテナの変身を見て、もう泣きそうなアンナ。アンナとパンドラは、カテナのこの姿は初めて見るのだった。
クルト「カテナはね、ほんとは犬さんなんだよ」
くすくすっと笑ってアンナに告げるクルト。
アンナ「え? え、ええェ……??(混乱)」
ドルジ「半獣人という珍しい種族じゃ。大丈夫、
アンナ「は、はいっっ……そうなんですかぁ~……」
そう言われても、まだ半泣き顔でガクガクしているアンナ。
なまじ狼化して、ただでさえ良かった聴力がさらに良くなってしまったので、アンナの悲痛な声は(クルトの茶化すセリフも)簡単にカテナの耳に入る。
アンナの声に一瞬嫌われたのかとビクッとするが、今は敵を全力で倒すことの方を本能は優先した。
カテナ「がぁうう!!」
パンドラ「ライカンスロープ!? いや、ちょっと違うようね……犬の一族かしら。クス」
一瞬、カテナの姿に目を奪われたパンドラに、さらにゴーシュの攻撃が襲う。
パンドラ「くっ!」
横に飛び出し攻撃をかわすが、砕けた聖堂の地面は石を巻きあがらせ、パンドラの身体にぶつかった。
パンドラ「やれやれ、亡霊のくせに人間様にたてつこうなんてねぇ」
そこでクルトはふと気付く。ダークエルフの握る
クルト「アイシャ姉! 見て、あの杖……」
ドルジ「まさか、ダークエルフが学院に入れるはずなど……もしや──」
そう、それはプラーガ中央魔法学院の
アイシャ「……」
戦闘になるとさほどすることの無いアイシャは、クルトが気にしていたダークエルフに目をやる。
アイシャ(魔法学院にダークエルフなんて考えられない……姿を変えているの? でもどうしてダークエルフに……)
――あれ? でも、ゴーシュにあったときはこのにおいしなかったのに……――
ふとアイシャの脳裏によぎるのはカテナのセリフ、ずっと引っかかっていた。
カテナとパンドラならば難なく戦いに勝利するだろう……だがこのまま、勢いに任せて戦闘を終わらせていいのか?
アイシャ「(私達の目的は一連の事件の解決……ダークネスの中にいたのはダークエルフだった………)ぁ……」
アイシャはおもむろに、聖堂の冷えた床に倒れているダークエルフに
アイシャ「無為に帰すべし……!」
とたんに、ダークエルフは人間の青年に姿を変える。その人物には、一同やはり見覚えがあった。
クルト「アイシャ姉、その人って……」
アイシャ「──先、輩……?」
それは、賢者の館に今の仕事の依頼を持ってきた、あの学院生の青年・グリムだった。
カテナ「がぅっ……!!」
驚きと同時に、自分の鼻が確かだったことを認識するカテナ。もっとも、対象は間違っていたのだが……。
ゴーシュに憑いた亡霊は、間髪入れず両手で鋭い爪攻撃を繰り出してくる。
強かなパンドラの剣技も、今はホーリーウェポンで付与された分の打撃しか与えられない。それ加え、ゴーシュの身体を避けての攻撃もあって、さすがのパンドラと狼カテナも苦戦を強いられている。
ゴーシュ「キケケケケ……貴様らも死ねぇぇッ!!」
このままでは殺られる──両者が思ったその時、中二階を駆ける靴音が鳴り響いた。
アンナ「お父様……!!」
ローブを翻してオルガンの奏者台に駆け上るゼバストゥス氏。鍵盤の上に置かれ不協和音を鳴らしていたものを払いのけ、荘重な音楽を弾き始める。
ゴーシュ「グッ……グアァァ──!?!」
それに反応し、亡霊は唸り声を上げて極端に動きを鈍らせる。ゴーシュの頭上に覗く亡霊の影も、ひねり出されるように大きく姿を現していった。
ドルジ「鎮魂ミサ曲──レクイエム!」
ゼバストゥスの奏でる音楽は、聖歌「レクイエム」の定旋律に基づく変奏曲であった。
パンドラ「懐かしい音楽。フランシーが好きだった音楽。とても落ち着くわ。子供の頃はこの音楽を聴きにいつも教会に通っていたっけねぇ」
少しずつ、ゴーシュに近寄るパンドラ。一歩一歩ゆっくりと。そして目の前に立ち、構えた。
クルト「今だよっ……!!」
ゴーシュ「うう、うがぁ!」
パンドラ「今こそ尊敬と畏怖を込めて叫ぶがよい! 我は
「剣の舞」を踊るパンドラ。次第にその舞は力強さを増していく。剣の舞を越える踊り。最も情熱的で、最も刺激的で、最も人気がある最高の舞。「炎の剣」である。
その猛々しい姿は
「炎の剣」の舞を踊りながら、光に包まれた剣がゴーシュに振り落とされた。その剣は、魔王スルトが持つと云われる炎魔剣「レーヴァテイン」を想像させるほどだ。
クルトの
カテナ「──ッッうがあぁあぁぁ!!」
渾身の力を込めて爪を振り下ろすカテナ。
身をよじらせて苦しみながらも、ゆらりと爪を振りかざしてくるゴーシュ──否、亡霊。
その影の顔面をカテナの爪が切り裂き、そして今や炎のように揺らぎ立つ聖なる光を帯びたパンドラの剣が貫いた。
慣性に任せて倒れ込むゴーシュ。その影の爪がパンドラの間合いに入り、胸元へ吸い込まれる──が、見る見る透明度を増す影には既に打撃力はなく、亡霊の影はゴーシュの身を抜け出て、昇華するように虚空に消えた。
クルト「──
アンナ「ゴーシュさん……っっ!!」
力が抜けたように横たわるゴーシュに駆け寄って抱き起こすアンナ。
ゼバス「聖堂全体に仕掛けられた悪魔祓いの結界を発動させたのですが……なにぶん普段の職場ではないので、使い方を読み解くのに時間がかかってしまいました」
演奏は荘重に締めくくられ、ゼバストゥス氏が奏者台から下りてきた。
と、脇で力なくたどたどしい拍手が鳴った。血を流して横たわる学院生の男が、必死に手を持ち上げて打ち合わせている。
駆け寄ってその手をなだめさせ、応急処置を試みるアイシャとクルト(クルトやドルジにあっては、魔法での一発全回復も出来るのだが、あえて“応急処置”……生かさず殺さず)。
と、さらに複数の拍手が戸口から重なる。酒場で卓を共にしたヴァイオリン弾きハーメルを筆頭に、ゴーシュの同僚ヴェヌス楽団の団員達だ。
アンナに抱えられたゴーシュの肩にドルジがそっと手をかざす(
アンナ「ゴーシュさん!?」
ハーメル「ゴーシュ……!!」
ゴーシュ「──ああ、キミはアンスバッハ先生の……それに、みんな……そうか、こんな僕でもみんな心配してくれていたのか……」
ゴーシュは周りを見定めると、哀しげな微笑みを浮かべて呟いた。
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