プロローグ2

それからというもの、二人は何かと再会するようになった。


初めは、二人とも自身の獲物が奪われる事を良しとせず、殺し合いの毎日であったが、そんな日々が長く続けば、いつしか互いが互いを認め始め、情報や食料を共有するようになっていったのだ。


更には、二人でタッグを組み、より多くの強い大人達を殺して回った。


『今日はゴミ入荷の日だ。作戦はどうする?』

『いつも通り二人でボコってとんずらだ。まだ俺達には、あの最前線・・・は早過ぎる』


最前線とは言わずもがな、ゴミ投棄場所。

ゴミに分別はなく、際限なく流れ出てくるゴミの中には、壊れた武器が時々廃棄される。


スラムの人間は、それらを持ち帰り、自身の手で修理し、ゴミの日に臨むのだ。

この日しか、満足のいく食糧は手に入らないから、スラムの人間は一際殺気立つ。


『じゃあ、今日もどっちが多く狩れるか競争だな』

『今日も勝つぜッ』


そうして月日が流れていった。

少年にとって、吐きだめでしかなかったスラムでの生活が、心の何処かで、楽しいと感じられるようになっていた時だった。





仲間の少年が、ゴミ箱から死体となってでてきたのは。




目を疑った。

精悍な顔立ちは見る影もなく暴行の後で崩壊し、手足は辛うじて原型を留めている。

完全なゴミと化していた。


昨日、夜中まで延々と争奪戦の策を語り合い、喧嘩しあっていた仲間を失った事実。

その喪失感と絶望は、少年を瞬く間に飲み込んだ。


守れなかった。

救えなかった。


昨晩、彼の体調が万全でなかった事は薄々気付いていた。


何故送ってあげなかった?


体調が悪い事を知っていたなら、それくらいの配慮や気配りくらい出来た筈だ。



何故だ?



とても明るい少年だった。

聡明さはまだ自身の方が優れていたが、土壇場になって、周囲の状況を冷静に判断し迷わず実行する力は、彼の方があった。

俺が幾度となくピンチに陥った時、彼はいつだって助けてくれた。




『お前は、頭はいいのに、時々ポンコツになるよな?』




俺の不注意のせいで、顔に浅くない傷を負ったアイツは、笑ってそう言ってくれた。

暖かい奴だった。


だから……許せない。


自問自答が頭を駆け巡る。


俺は何をしていた?

こいつがこうなってた時、俺は何をしていた?


ふざけんな。


自身の事が憎かった。

腹立たしかった。

救えた筈の、初めての友達・・を救えなかった事実は、呪いのように、少年を縛る。


何も考えられなくて、少年は怒りのままに、スラム街を叫び散らして駆け回った。

喉が掻き切れるぐらい、叫んだ。


この怒りを、どうすれば良いか分からなくて。当たるように人を殺して回った。


振るって、振るって、振るって。

腕が千切れるくらい、振るった。

弱くて、矮小で、惨めで、情けない自身を呪い、自棄になった。



少年が、初めての救えたはずの友達を失った絶望に完膚なきまで打ちのめされ、自身の生きる意味と必要性を考え始めていた頃だった。






少年の、運命を変える出会いは。





『おうおう、猛獣みてぇな顔してんな少年。顔上げろや。人生絶望するには、まだ早いぜ?』


少年を諭すように、蓮っ葉な口調で意味深な事を言うおっさん。


この男はなんだ?

誰だ?


今の少年に仲間・・はいない。

つまり、スラムの全ては少年の敵。


少年は瞬時に腰に下げていたナイフを男の喉元に目掛けて振るった。

が、それが肉を切り裂く事はなかった。

手元にあった筈のナイフは、何故か男の手の元に握られていた。


『ほう、お前、ガキのくせになかなか良い力してんな?だが、粗削りだ』


『チッ、はなせよッ!』


『離すかよ。今離したらお前絶対攻撃するだろう?面倒だからそのまま聞け小僧』


『なんだよッ!俺はもう、生きる意味が分からねえッ!俺は……俺はッ!』


生きる意味が分からなかった。

最も大切な存在を失ってまで生きる意味が……。


『守れなかった』


『……えっ?』


男が小さく、そんな言葉を呟いた。


『お前は、守れなかった。そうだな?お前はそんな目をしてる。大切な何かを守れなかった、そんな絶望の目だ』


まるで知ったふうな口を叩く男に、憤りを感じた。だが、その怒りを向ける事は出来なかった。


少年は幼くして既に聡明であった。

スラムで生きるには、強さも必要で有り、また賢さも必要であったからだ。


故に悟る。

この男は、今まで出会った誰よりも、圧倒的に強い事を。


『なぁ少年。お前そんなんでいいのか?大切な何かを守れなかった。それは辛い事だが、何も絶望する事じゃねぇだろうよぉ』




……はぁ?




『うるせぇ、うるせぇッぞじじいッ!てめぇが、俺の何を知ってるって言うんだよ!』


知らない他人に過去を、後悔を指摘される事に怒りを覚え、少年は必死に掴まれた男の腕を解こうとする。


『ああ知らねえ。何が起きたかなんて知らん。だが、お前のその決断は時期尚早すぎる事は知ってる』


おっさんは途端に、優しい声音になった。

不思議な包容力。

殺気立っていた心が、自然と穏やかになる。


『守れなかった。それは何故だ?お前が弱かったからだ。全てに於いて弱かった。だから失った。……なら、強くなればいいだろ?』


『ッ!』


『強さとは実に多様。

危機を察知する強さ。

武器を巧みに操る強さ。

敵を智略で圧倒する強さ。

敵を確実に殺す強さ。 強さの理念は、人の数ほどある』


それは非常に静かで、力強かった。


『最強とは、それら全てを余す事なく得た者を称える事実だ。王だろうが国だろうが神だろうが。最強はそれら全ての頂点に立つ。少年、絶望するな。前を向け!お前は、まだやり直せる』


おっさんの言っている事が、どれだけ馬鹿らしいかは直ぐに分かった。

そんなものは結果理想論で、希望的観測だ。


でも、その言葉は少年にとって、当に目から鱗だった。


『強くなれ小僧。その先に、お前が求めるものはある!』




少年は力をつけるため、その後その人を師として、共に過ごした。


その中で、少年は多くの経験をし、あることに気づいた。


もちろん、もう守りたいものを失うのは辛いから嫌だ。


だが、人の気持ちは次第に変化を遂げる。


師の苛烈で容赦ない鍛錬を課せられ、その度に克己し続けた少年は十分な強さを手に入れた。


強さとは、目に見える武技だけを指すのではなく、それは精神性も伴うものだ。



『武器が強くても、精神の弱い奴は弱い』



師匠が、よく言っていた言葉の一つだった。


強く成長した少年は、その頃には既にそんな辛気臭い考えは徐々に薄れて、別の気持ちが台頭した。



師に、毎日完膚なきまでにぼこぼこにされ、揶揄われる。


我が師ながら、極めて軽薄で世の根無草のような人間の罵倒など、はっきりいって、ムカつく以外の何者でもない。


『オメェはまるでへっぽこだなぁ。というかへっぽこだよ!』


『黙れジジィ……ッ。調子のんじゃねえッ』


『だまんのはテメェだこの青二才が!毛も生えてなさそうなませガキはママのおっぱいに張り付いとけよ!

や〜い、このへっぽこや〜い!』


『……うぜぇ』

苦渋を舐める日々を送り、気づいた。



自分は負けたくない、と。

勝ちに通ずる何かを得たとき、少年は歓喜に打ちしがれるようになった。




守りたいものを守る強さは確かに重要だ。




では、その強さを身につけるにはどうするか?




それは、より強いものと戦う事。

そして勝つ事であると悟った。



勝ちに執着することを覚え、それを抱き続けた少年は、獰猛さは変わらず、だが過去を乗り越え、より良い戦いを望み続けた。



師に感化され、強さを必要とした少年の原点だ。

彼は強さを求めるのだ。

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