魔術学園の狂乱者【バーサーカー】〜最強師匠の技能を受け継ぎ、最強を目指す

白季 耀

プロローグ1

『なぁガキンチョ?人が死を恐れるのはどうしてだと思う?』


それは、半ば30代前半の、至る所が破れた清潔感のない服を着崩した男だった。


その男は、楽しげに笑って・・・いる。


『?死ぬのが怖いからだろ?』


男の問いに答える、若干5歳の紫黒の髪の少年。

真新しい血潮を浴びた粗末な服装に、獰猛な気色を称える双眸。服装とは、あまりに釣り合いの取れないナイフを持った、追い剥ぎのような風体の少年だ。


『ハハッ、確かにそりゃそうだ。誰だって死ぬのは怖え。だがな、それはちと言葉不足ってもんだガキンチョ』


男は軽快に笑い、しかし少年の答えに指摘をする。

その態度が気に障ったのか、少年はチッと唾を吐き捨てる。


『じゃあなんだよ?』


『はぁ?お前もう答え聞くのか?ナンセンスだぜガキンチョ、こういうのはもっとタイミングがな……』


『早く言えよおっさん……』


『……ったく、相変わらず愛嬌のねぇガキンチョだ。折角のイケメンが台無しだぜ』


男は髪を掻きながら、何処か憂のある目で空を仰ぎ見て、満を持して口を開いた。


『人はな、死を恐れるのではない。……失うことを、恐れるのさ。今までの過去や経験。周囲の環境や、大切な人や友人だったり。それら全部、死んだら失うものだ。だから人は恐れる。失うことは、自分を失う事でもあるわけだ。さらに、死ななくても人は何かを失って生きてる。生きてるだけで、俺たちは失わなきゃならない。それは、理不尽だ』



先程の蓮っ葉な口調は何処へやら。

真剣な言葉を、少年は黙って聞くのみだった。


『……二つ目の質問だガキンチョ。人生を普通に生きても失う。

だから楽しく生きられない。じゃあ、なにが必要だ?』


『強さだ』


少年は力強く即答した。

聡明で怜悧な双眸は断言している。


『そう……その通りだガキンチョ!強くなればいい!そうすりゃあ楽しく生きられる!!』


男は悦に入って立ち上がり、拳を空に掲げ、宣言する。


『例え相手がどれだけ強かろうがぶちのめせ!!!

その為には最強になる必要がある!

最も、この世でなによりも強いのが最強だ!

相手がどんな奴でもぶちかませる奴は最強だけだ!違うかガキンチョ?!』


『はぁ〜、結局その話になるのか。あんた大人ならもう少し恥と外聞を気にした方がいい』


少年は頭を痛そうに手で抑える。

この男のせいで、先程から寄せられる好奇の視線が痛い。


『そんなもん最強になれば気にならなくなるさ!いいかガキンチョ、いや少年!人生辛い事なんて幾らでも起こる。それはもう避けられねえ!だからこそ、決して折れるな!戦いぬけ!怖くなったら、折れそうになったら、心の中でこう唱えると良い!「俺は最強だ」ってな!!!』



子供だ。邪心も煩悩も一切皆無。

ただ純粋に、この男はそう思っている。

目指しているのだ。最強・・を。






初めておっさんに出会ったのは、まだ少年がスラムで朽ち果てていた頃。

生まれた時既に、視界に広がる死体と異臭が彩る最底辺に、彼はいた。


このスラムは、世界中の犯罪者がゴミとして投棄され、魔力を妨害する物質を織り交ぜた城壁で囲まれている。


見張りも常に巡回しているため、脱獄は不可能のダスト・プリズム。


そんな無秩序なスラムで、自分のような幼年が生き残るには、人を殺し、食糧を奪うしか無かった。


スラムにはまともな食糧はない。

たまに外から投棄される生ゴミが主食。

ゴミが投棄される場所は戦争だ。子供だろうが慈悲はない。

だから生活する為に少年は命からがらに食い扶持を抱えて走り帰ってくる大人を殺して生活していた。


そんなある日、彼は同族に出会った。

それは偶にも同年代の、少しばかり上背の高い少年だった。


「お前誰だ?そいつは俺の獲物だ」


今にも噛み付きそうな粗野な眼光が睨みをきかせて、廃屋の屋根の上から見下ろしている。


こいつは俺の獲物だと。


俺の食い物だと。


人の肉片・・を、渡さないと言う。


「なら奪うまでだな」


紫黒の少年も譲らず、鋭利な睨みをきかせて対峙する。


少年とて、凡そ1ヶ月ぶりの、まともな獲物をそう易々と横取りされるわけにはいかない。


食べねば生きられない。


情けは幻想。




奪われるなら、殺せ。




その会話を皮切りに、殺し合いが始まった。


背高い少年が、紫黒の少年に向けて容赦なくナイフを振るう。


首を掻っ切る軌道。


「死ねやッ!」


「ざけんな」


紫黒の少年は、体勢を低くしたことで刃を交わし、カウンターを狙った。


しかし、それは叶わなかった。


上背の少年は肉薄した勢いのまま、右膝による蹴りを相手の顔面に喰らわせた。


ほぼ一つの動作で、2回の攻撃。


敵の思慮の外を突く強襲だった。


「……ッ!」


紫黒の少年は、なんとか咄嗟の反応で手を敵と自身の顔の間に挟むことで直撃を凌いだが、体勢がよろけてしまう。



それを見逃す相手ではなかった。



再びナイフを振るおうと振りかぶる。



だかそのナイフは地に落ちる。



紫黒の少年は、相手の腕と手首をガッチリ掴みにかかり、捻った。


「……ッ!てめぇ……!」


「そう簡単にはやらせねぇよ。分かるだろ?」


上背の少年は手首の痛みに顔を顰め、後退した。




ナイフを振るわれるのは、怖いに決まってる。


治療手段はない。

裂傷を受ければそこから菌が入るかも知れない。


裂傷が深ければ血が流れて体力も奪われる。


常に後がない。



ナイフが怖いなら、ナイフを奪えばいい。

振るわれる前に、迫れば動揺を誘える。


さっきの膝蹴りを割りかしモロに食らえたのが良かった。


向こうも殺せると思ったはずだから。



「残念だが、獲物はわたさねぇ。死ぬのはお前だ。くたばれよ、ナイフ野郎」


「……クソ野郎、図に乗りやがってッ……。

お前こそ死ね!」



死闘は続いた。



しかし、明確な決着がつくことはなかった。



双方ともに、収穫ゼロの痛手を負った。


死力を尽くした奪い合いは引き分け、無用に体力を消耗しただけ。



得るものもないまま、2人は帰路についた。

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