第9話 最後
(ここを通るのも久しぶりね)
光と風と記憶を頼りに、また穴から出る。
あれ以来、この穴を通るのも久しかった。他の仲間たちが通ることもあるのか、穴の周辺には糞がちらほらと落ちていた。
(よし、しっかりと栄養を摂らないとね)
穴の外は広い空間が広がっている。ヒトの姿は見えない。
穴の中ほどではないが、少し薄暗い。
いつもの餌が落ちているところを目指し、歩き始めた。
(ヒトの気配はないし、大丈夫そうね)
少し歩き始めたところで、良いニオイがした。
(なにかしら)
そこには、四方に入り口があり、家の形をした箱があった。
ニオイはそこから漂っているようだった。
(覗いてみよう)
箱の中には、中央にニオイを出しているものがあり、それ以外には何もなかった。
(美味しいのかしら?)
ニオイに誘われて、その中に足を踏み入れた。
1歩。ネチャッ。
2歩。ネチャッ。
(ん?)
3歩。ネチャッ。
(あれ!動かない!足がくっついて動かない!)
数歩進んだところで、足が完全に床にくっつき、動けなくなった。
体を前後左右に動かしても、足を上げようとしても動かず、じたばたして、最後はお腹も床にくっついて、完全に身動きが取れなくなった。
(これで、私は終わりなのかな)
「ただいまー」
「ただいまー!」
女性の声と、若い男の子の声が聞こえた。それと同時に部屋が明るくなった。
「お母さん!今日のご飯は?」
「そうね、カレーでも作ろうかしらね」
「やった!」
ヒトの会話が聞こえた。
(ヒトの住処に踏み込むべきじゃなかったのかな。子供たちだけは、どうにかしたい)
それからしばらくした頃、
ペリ。ペリッ。
(!!)
お腹から飛び落ちていた卵から、小さい赤ちゃんたちが這い上がってきた。
(やっと。これで私の子供たちが産まれた。最後によかった)
私は、子供たちが産まれるのを感じて、最後に息を引き取った。
また、しばらくした後、
「お母さーん。そろそろ、これ見ても良い?」
「良いわよ。どのくらい捕まってるかしらね」
2人の親子がトラップを持ち上げ、中を確認した。
「げ。このゴキブリ、赤ちゃん産んでるじゃん。全部トラップにつかまってよかったね!」
「そうね。早く袋に包んで、ごみ箱に捨ててしまいしょう」
2人の親子はゴキブリの親子が捕まっているトラップを袋に入れ、ごみ箱に捨ててしまいました。
創造と科学 yasu @yasu2910
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