漫画研究会、スローライフを宣言する
急遽加藤と東が戦いに参戦したのにも関わらず、なぜだか妙に自然な振る舞いを見せている高梨と土田。その場のテンションというものは、恐ろしい。疑問を持たずにひたすら敵を殲滅せんとする彼女たちは、立派な戦士だ。
座敷童子ちゃんが遠くから見つめる中、戦いは混戦の様相を呈して来るのである。
雑多な妖怪が暴れ、前回の登場時と比較してかなり数が少ない筋肉集団が駆け回る。彼らの主たる討伐対象は、妖怪勢は加藤と東、筋肉勢は土田と高梨だ。
筋肉集団の一人が土田にその憎悪を飛ばす。その言葉は、怨嗟の声さえ帯びている。
「シンヤ・ツチダ! 我々の仇敵よ! 我らの恨み、晴らさでおくべきか!」
続いて咆哮したのは、弟を燃やされた男だ。燃やしたのは当然高梨である。常識的に考えて、人を燃やすなど実に非倫理的な行いだった。だが、これは闘争なのだ。
彼らが死に物狂いで襲い掛かることには当然理由がある。
実は、先日の戦いでもはや帝国軍の残党は壊滅状態になっていたのだ。
土田に異世界で吹き飛ばされたために、残り少なかった幹部も既に全滅。後がない彼らは、ぬらりひょんの軍勢の生き残りと手を組んだのだった。その結果は、推して知るべし。
そんな戦闘の状況は、完全に元転移者達が優勢だ。漫画研究会のメンバーは、妙に息が合ったコンビネーションを披露している。
近接戦闘を仕掛ければ土田に吹き飛ばされ、体制を立て直そうかと思うと高梨の超能力が襲う。
全く隙がない。
幾度かの共闘によって互いの戦闘スタイルを共有した以上、歴戦の二人組には雑兵ではとてもじゃないが相手にならない。
この想定外の事態に戸惑っているのは、最早鎌鼬ただ一匹だ。残りの敵達は、完全に気圧されている。百戦錬磨の手練手管に、成す術がないようだ。
奇襲を掛けて仲間の一人を倒すことで動揺を誘い、大勢で囲む作戦がパーになったのだ。無理もないだろう。奇襲だけが、彼らの唯一の勝ち筋だったのだ。
それもこれも、全員が戦闘可能なことなど予測しようもないから、仕方のないことなのだ。
そこらで見繕った妖怪では、限度があったのだろう。
何しろ集められた者たちは、作戦通りに行けば間違いなく人間を殺せるという、鎌鼬の甘言にそそのかされた面々なのだ。意思が弱く、強さの欠片も持ち合わせていない悪だ。
戦闘においては無双を誇る面々には、敵うはずもない。
そして僅か数分にして、気付けば既に妖怪の軍勢は鎌鼬を除いて全滅。
ムキムキ集団も残り少ない。
加藤、妖精ちゃんのコンビが惜しみなく魔力を行使する。後には何も残らない。東がややてこずっていたのは筋肉集団だが、それも魔術使いのコンビからすれば雑魚扱いだ。
「お、おい! 向こうの黒髪は我らに対抗する術を持ち合わせていないと見た!」
一人の筋肉が数少ない連中を従えて。東を排除しに掛かる。しかし、彼らがそう来ることなど加藤と妖精ちゃんにはお見通しだ。加藤の魔眼が戦況を見抜いている。
「させるかよ! 合わせろババア!」
「ほいさー!」
相手が妖怪でもなければ彼らの技は途端に本領を発揮する。本来なら詠唱が必要な強力な魔術でも、彼らは魔力を込めるだけで発動できるの。
ちなみに、これは彼らが開発した技術で、使える者は異世界でも10人といない超技術だ。
その超絶技巧が、惜しみなく筋肉ダルマ達に降り注ぐ。
ある者は凍らされ、ある者は燃やされる。雷を食らった者さえいるようだ。
挙句の果てには周囲もろとも巻き込む大爆発さえ披露して見せた二人。這う這うの体で逃げ出そうとするも、避けることは出来なかった。
もはや、鎌鼬率いる軍勢に勝ちの目などありはしない。最後に一人残った絶望的な状況で、彼は今何を思う。
絶望的な表情さえ覗かせるその可愛らしいフェイスには、余裕も、戦闘者としての誇りも、妖怪としてのプライドもなくなり、己の死に様を想像してすらいる。
最後の行動も、完膚なきまでの実力差で叩き潰された。
「そ、そこの小さい女と人間! 僕を忘れたとは言わせな――」
「おらぁ!」
「
「聖なる
「飛燕斬!」
各々の得意技が炸裂する。鎌鼬は喋る間もなく、その力の奔流に飲み込まれた。哀れですらある。
「ちょ、止め……」
これが鎌鼬が最後に言い残した言葉だった。実にあっさりしたものである。
完全に英雄クラスの四人の猛攻を受けては、例え複数あるどの異世界のボスが出て来ても負けはないだろう。無双もいい所だった。
戦闘終了後、現場には色濃く破壊の後が残っていた。
特に地面など、加藤が爆発の魔術すら用いていたため、アスファルトが大きく剥がれている。事情を知らぬ者が見れば、一体ここで何が起こったのかなど知りようもないだろう。
それこそ、妖怪の仕業とでも思うかもしれない。
「片付いたわね」
高梨が額の汗を拭って戦闘の勝利を告げた。
事実、既に土田の敵である帝国軍は、今回で残党が遂に全滅に至ったのだ。ぬらりひょんの元部下たちと寄せ集めの名もなき妖怪たちも、これで全滅である。完全勝利としか言いようのない状況だ。
妖怪たちが仕掛けた人払いの術はまだ機能しているようで、やはり人は通らない。
戦闘の緊張も解けて少し落ち着いて来たのか、意味もなく見合っていた面々。
最初に口を開いたのは加藤だ。言い辛そうに覇気のない声を出す彼は、その場のテンションに身を任せていたことを若干反省したようだ。そのことから、気恥ずかしささえ覚えていたことが窺い知れる。
「なあ、俺達……」
「加藤、言わなくてもわかるぜ」
土田が皆まで言うなと途中でセリフを遮った。彼らは心で通じ合っているのかもしれない。土田は意外にも、そんなことを考えるロマンチスト的な側面があった。恥ずかしいので普段は出さないが、実は過去に読んだ不良漫画の影響である。
「はっはっは! もう私に驚くことなんて何もないわ!」
「くくく、同感だぜ。むしろ、俺たち二人がそうなのにお前らだけ違うってのも変だと思ってたんだよ。考えたことねぇか? なんでこんなに変な集団が集まってるのか。友達がいない俺らが」
「友達がいないって言っちゃったよ! ……でも、まあな。あり得ない話じゃないとは思ってたけどよ。ま、最近からだけど」
「そうだね。そもそも僕以外にも能力者がいるなんて、あり得ないことではないし。加藤君のことでもう慣れちゃったのかもしれないね」
以前、異世界帰りの彼が考察した時にはいない、と結論付けていたのであるが、加藤の存在と正体を知ってからは考えを改めていたのだ。
こんなに身近にそれがいるのなら、どこかに似たような人がいるのであろうと。
偶然とは思えないほどの、物凄い密集率だが。
「異世界に行った奴らがここまで集まるたぁ、エライ偶然もあったもんだぜ」
「え、異世界? 能力の話じゃなくて?」
「当たり前だろ、俺には分かるぜ」
「……なるほどねぇ」
東が気付く。自分達は、心が通じ合っているわけでないのだろうと。当たり前である。言わなければ、人は分からないのだ。それが現実なのかもしれない。
「ゴホン! えー、まあとにかくこの戦闘は片付いたのよ。それで終わり! 私達が今するべきことは、部室に漫画を持ち帰ることよ。違う?」
確かに、と意識がここでようやく共有されたようだ。そういえば買った物はどこにあるのかと心配する一同。
まさか、戦闘の余波で消し炭にでもなったんじゃないかと勘ぐる者さえいた。
それは主に、調子に乗って大爆発を起こした加藤と妖精ちゃんなど。ハラハラドキドキだ。
だがここで東が、心配するな、と皆に目配せをしてから、軽いドヤ顔を決めた。
彼は最初から手を回していたというのだろうか。そうであれば、先見の明があるのかもしれない。やるじゃないかという称賛を受けた東は満足気だ。
「それじゃ、部室に行こうか。漫画、ちゃんと座敷童子ちゃんに持たせておいたから……って、大丈夫かい!?」
「お、重いのじゃ……そして体がだるいのじゃ……」
「ご、ごめん! もっと早く気付けたら……」
強力な聖魔法の余波を受けながらも、東から渡された漫画が入った紙袋を保持していた座敷童子ちゃん。彼女は偉い。東はクスクスと皆に笑われて、ああ、これからしばらく弄られるなと確信していた。皆、一様に悪い顔になっていたからである。
地べたに下すという選択肢を取らなかった彼女は皆のことを思って待っていたのに、酷い仕打ちだろう。さすがに反省した面々。
そんなこんなで、妖怪たちが起こした復讐戦は幕を閉じた。
いつしか妖怪の掛けていた人払いの術も効果が薄れてきたころ、彼らは慌ててその場から退散した。現場を見られるわけにはいかないという犯罪者のよな心理状態だ。
無責任にもその場から逃げ出してしまった彼らだが、後に必ずここを修復することを誓うのであった。さすがの彼らも、大勢が利用する通学路を破壊してしまっては申し訳ない様子。
後日、深夜という人目が付かない時間帯に人払いの術を使って修復を行った結果、一晩で元通りになっていた道路。当然彼らの手腕だ。特に、事後処理をすることが多い東の手腕が光った。
そんな現場であるが、戦闘直後の数日は、大学中で道路の破壊は妖怪の仕業や反社会組織の抗争など様々な憶測がされるなどして、大きな話題となった。
しかし人の噂も七十五日という。そう長くない時間の内に、不可思議な道路の破壊事件は、収束していた。来年になれば、人々は忘れ去るだろう。
だが彼らは忘れない。漫画研究会のメンバーの運命に関して大きな転機となったこの場所は、生涯彼らの記憶に残るだろう。
そして、幾ばくかの時が過ぎる――
――
それから数週間後。
未だにそれぞれがそれぞれを小馬鹿にしたりしていた。
特に、高梨による加藤イジリは鉄板ネタとなっている。戦闘後のやりとりから判明したネタで、彼女のお気に入りだ。それは日頃の鬱憤をはらす形となる。
「魔眼の人、午後ティー買って来てよ。魔眼の人。ぷぷっ」
「二回も言わなくていいだろ! お前が瞬間移動して買ってくりゃいいだろうが! そんなことばっか言ってると今度から買い出しの当番全部お前にしてやるぞ!」
「私を便利屋みたいに扱うな!」
ぐぬぬ、とにらみ合う両者。お決まりと化していたので、周りはそれ程気にしていないようだ。
というよりも、別のことに夢中のご様子。
「くっ……やるじゃねぇか!」
「なんの、まだまだ!」
土田は、東と腕相撲をしている。両者の力は、均衡を保っていた。
接戦を演じる二人の肉体派を、不真面目に応援している二匹の小粒が傍らにいた。
「ふぁい、おー、ふぁい、おー!」
「ふぁいとなのじゃー!」
先の一件から完全にその存在が彼らに認知されたちゃん付けコンビは、部室に入り浸っていた。
一度彼女たちが騒ぎ過ぎて近隣の部活からクレームが来たほどで、それでも彼女たちは反省をあまりしていない。
座敷童子ちゃんにいたっては、自分がこの十番棟に幸運を運び入れているのだから多少はいいではないか、と開き直る始末。事実である。
こうして、彼らは巡り合えたのだから。
一方で腕相撲の方は、一瞬体が鈍い光に包まれて東の腕を見事にテーブルに叩きつけ、勝利を収めたのは土田だった。
彼の想像以上に強かった東の腕力だったが、研究会最高の肉体を持つ彼は惜しみなく不思議パワーを行使することで、敗北を逃れたのだ。
彼には、腕力で負けてはならいという謎のプライドがある。
「いやいや、使わないって約束だったでしょ」
「けっ、お前だって途中から明らかになんかしてただろうが。お互い様だぜ」
以前にも増してカオスな空間と化していた漫画研究会の部室は、実に賑やかだ。
しかし、それが四六時中続くわけでは当然ない。
偶然それぞれが静まったタイミングで、加藤がポツリと呟いた。
「なんか俺ら、あんなことがあったのに大して今までと変わんねぇな。こういうのってその、アレだな。何か良いよな」
「お、どうした加藤。らしくもねぇ。そこのチビに何かされたりでもしたのか?」
「そういうことじゃねぇよ! たく、確かにらしくはなかったかもしれねぇけどな」
そんな暖かい空気が流れるが、そろそろ彼らを中間試験が待ち受けているのだ。そうのんびりとしていては、酷い結果になることだろう。この調子ではいけない。
高梨が机を叩いて突如立ち上がる。
「うおっ、ビックリした! どうした?」
全員をゆっくりと見渡して彼女が宣言を開始する。
「決めた。私達、これから目指すところを決めましょう。この間みたいなことがあったら、本当の意味で私たちはゆっくりすることが出来ないわ! 試験も突破出来ない、単位も取れないなんて学生として本末転倒よ!」
高梨がそう提案する。具体的にはどうするのかと質問責めになることもない。みんな真面目に話を聞いていた。
「これから協力して、皆の身に起きている問題を解決していくの。そして卒業までに全てを終わらせたら、私たちのような人間でもさすがにゆっくりと出来る筈よ。そう、スローライフよ! 私たちはスローライフを送るのよ!」
高らかに宣言する高梨に、東が、土田が、加藤が答える。各々が提案に対する答えを述べていく。
「高梨さんにしては偉く饒舌だね。でも、妖怪に絡まれるのは正直うんざりしているんだ。賛成だね」
「そりゃあまた大きく出たな。でも、悪かねぇぞ。もうおっさんの相手をするのも懲り懲りだしな……いっちょやってやるか」
「俺はいいと思うぜ、何年かかるかわかんないけどな。もう異世界に何度も行くのは止めたいしな」
皆が頷き合い、微笑む。結論は出たようだ。
「それじゃあ……まずはスローライフの定義から決めましょうか。ウィキペディアとか見たけどよくわかんなかったし――」
――かくして、全員が初めて一つの目標に向けて歩みを開始した。
過去にいくつもの苦難を乗り越えて、偶然にも集まった異世界攻略済みの元転移者達。
平凡な日常を送るため、非日常からの脱却を開始する一同の目の前には、明るく、希望に満ちた未来があるのだろう。少なくとも彼らは、そう信じている。
漫画研究会のスローライフへの道のりは、まだ始まったばかりだ。
異世界攻略済みの元転移者達はスローライフを送りたい 千葉シュウ @syuchiba
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます