漫画研究会、叫ぶ?

 ようやく書店に辿り着いた一同。

 彼らがやって来た書籍店は、国内のみならず海外にも出店している有名店で、彼らもよく利用する店だ。

 今回彼らが訪れた店舗はその本店であり、蔵書数は100万冊を超えている。この店舗のみでほとんどあらゆるジャンルの本が取り揃えられている同書店。通常ならば目的があっても目移りしてしまう所だが、今日の彼らはそれ所ではなくなっていた。

 一路漫画コーナーへと足を運ぶ一同。通常時の彼らであれば様々なジャンルを手に取っていた所だろうが、今日の漫画研究会一同はそんな気力は失われていたように見えた。

 彼らもせめて目的を達成しなければ帰るに帰れないといった気概で臨んでいるため、その眼差しは真剣そのものだ。

 一行は始めに最新刊が集められた一画の漫画を眺めて、既に何冊か部室に置いてある作品の最新刊をチェックしているようだ。

 チラホラとピックアップしてから全員がそれぞれカゴを持って一旦解散、各々が好みとするジャンルから持ってくるようだ。

 何度か行われたこのような遠征は、それぞれの好みが違うゆえ、知らない漫画から良作を掘るのに最適な手段となっている。彼らにとっては恒例と言ってもいいだろう。慣れた手つきで探すして行く。帯や表紙が主な目安としている様子。


 土田が向かったのは青年漫画のコーナーだ。彼が好むのはやや年齢層が高めの青年誌に掲載されるような漫画が多く、新作や何やらをカゴに放り込んでいく。意外にもヤンキーが活躍するタイプはそれ程好みではないので、時折それがいじられることもある元ヤンキー。

 高梨が好むのは少女漫画と少年漫画だ。少女漫画は言わずもがな、少年漫画も愛好している彼女。高梨は、少女漫画にバトル描写が入ると熱くなるタイプだった。そして、恋愛ものも好物である。もっとも、一番メンバー間で読まれないのはコテコテの練和鋳物なので、多く買うと怒られるのであるが。

 東と加藤は概ね似たような趣味だ。加藤がかなりオタク寄りなことはさておき、二人は大体どんなジャンルでも好んで読むのだ。唯一二人組で行動していたのは彼らだけ。


「加藤君、またそれ? 本当に好きだね」


「おう、これだけは外せねぇな。ミーコちゃんはやっぱり至高の存在で――」


 などと、雑談を繰り出していく加藤。東は、いつもの発作か、と聞き流していたのだが。そんなことも、これまでの苦労に比べれば些細なことだ。いつものトークに癒されてすらいたのだ。

 だがその一方で、座敷童子ちゃんと妖精ちゃんはというと……


「うむ、これがマイノリティ・ガールズか……なんと! 今どきの女子はこのようなことを考えておるのか!」


「うふふ、そうなのよ。ほら、こっちも読んでみなさい。大人の女にはこういう知識が必要なのよ」


 そう言って、やや大人びた女性がターゲットの雑誌を手に取る妖精ちゃん。そこには男を落とすテクニック、などの特集が組まれている。そこには、ややアダルトな内容も含まれている。子供には、刺激的だろう。


「こ、これは破廉恥な! しかし、読み進めてしまう! なんという!」


 疲れを知らないちゃん付けコンビは、下らないことで盛り上がっていた。漫画がどうのなどと言ったことは、彼女たちはどうでもいいようだ。なんという。


 それから数十分後、吟味を重ねた彼らは、それぞれがカゴに多くの単行本を入れてレジの近くに集合した。何らかの商品を手にした妖精ちゃんも、加藤の元に歩み寄って来てカゴに雑誌と小説を突っ込んだ。当然、無許可である。


「ユースケ、これ買って。座敷童子ちゃんの分もあるから」


 呆れ顔の加藤が商品を覗くと、お決まりのようにマイノリティ・ガールズが入っていた。そして、もう一冊。何らかの小説が入れられていることに気付く。


「は? なんだこの恋愛小説。ババアの読むものじゃ……」


「ちょ、ちょっと! ババアはやめてよ、恥ずかしいじゃん! 私のじゃないし!」


「わ、わしでもないぞ! 言いがかりは止すのじゃ!」


 大き目の声で否定する、大人風の子供と本物の子供。それを大人しくするには、大人が静かに、冷静に諫めなければならない。ならない、のだが……


「バカ、お前ら声がでけぇよ!」


 加藤はついそれなりの音量で反論してしまう。書店とは基本的に静かな空間だ。加藤の声がこだまして、店内に響き渡る。特に気にしていない客もいるようだが、人によっては睨んでさえいる。当然だろう。


「うるさいわよあんた達。あと加藤、ババァなんてとんでもないこと言っちゃダメでしょ。ナターシャに失礼よ」


 高梨にたしなめられたことで、加藤はかなり悔しい気持ちを味わった。しかし同時に、自分がこいつら子供レベルだと思われ他であろう事実に、落胆の表情を見せる。気恥ずかしさも手伝って、周囲にぺこりと礼などして見せた加藤。らしくもないが仕方がないことだ。

 

 ――そんなこんなで、ようやく主たる目的である漫画をある程度買い込む段階まで来た一同。

 だが今回は全員がどういうわけか多めに購入する様で、一人十冊以上はある。

 どうも、これまでとは違って全くトラブルがなかったので、落ち着いて選定することが出来たようだ。彼らが本当にゆったり出来るところは、存在しないのだろうか。

 今回の代金は割り勘だが、総計50冊を超えんとする数だったので、若干財布から現金を出す手に戸惑いが生まれた彼ら。全巻新品なので、結構なお値段だ。

 しかしこういう場合、東が救世主となる。


「結構あるね。それじゃ、僕が多めに出しておくよ」


「ありがてぇ!」


 実家が太い彼は、懐も深いのだ。

 そんな彼が全額までは出さないのは、以前こういうことがあった時に、それは止めようという取り決めが交わされたからだ。大変心優しい彼らは、友人に全額出させることなど認められなかったのである。一部、プライドの問題でもあったのだが。


――


 そうして、彼らは目的をようやく達成したので、早速帰宅することにしたのである。

 帰宅と言っても、まずは本来の目的を達成しなければならないので行先は十番棟にある彼らの部室だ。購入した商品群を置くついでに、自分達の秘密暴露をやってしまおうというのが、双方の見解であることを忘れてはならない。


 ――しかし、書店を後にして帰宅の途をたどる彼らの周囲には、相変わらず不穏な影が絶えない。

 トラブル続きの一日を過ごしたが、何とか目的を達成した彼らはようやく安心したのか、余裕が出て来たどころか慢心すらしていた。怪しい存在に、気付くことが出来なかったのだ。戦いは避けられない。

 これは、もう戦いは終わったという心理も働いていたことも要因になっている。東などこの数週間で都合四度の戦闘を行っていて、大軍相手に勝利している。加藤も、似たようなものだ。

 高梨、土田コンビも大勢の敵を倒し、異世界にまで渡っているのだ。当然しばらくは戦いなどあり得ないと心の底で思っている。

 

 彼らは電車に乗り、大学の最寄り駅まで戻って来た。大学までは徒歩で10分程度の道のりなので、さっさと大学へ歩みを進めてゆく。

 だが、彼らが通る道には、明らかに普段とは違う要素があった。大学までの道など、ひたすらに見慣れている彼らはそのことにあっという間に気付いてゆくのである。

 というのも、いくらなんでも人気が無さすぎることに全員が違和感を覚えたのだ。この辺りはどんな時間帯でも何人かは見かける程度には人通りがあるはずなのに、全く人とすれ違わない。

 なかでも、最初に異変に気付いたのは東と座敷童子ちゃんだ。

 二人は何もしていなくても妖気を感じ取ることが出来るからだ。


「……東坊、これはまずいのではないか? 嫌な気配じゃ」


「なんでこんな時に……くそ、深山を帰らせたのは失敗だったかもしれない」


 座敷童子ちゃんは 同胞である妖怪など即座に探知可能であるし、訓練を受けている東も自然とその存在を探知していた。深山はこういう時のために着いてきていたのだが、時すでに遅し。

 二人は土田と高梨に怪しまれないよう、その小声での会話をあえて加藤に聞かせていた。加藤は僅かに逡巡してから敵襲を察する。敵は、いつぞやの妖怪であることを。

 いち早く敵の接近に気付いた二人とは違って、ようやくその存在を察知する加藤。彼が魔眼を解放して周囲を探ると、明らかに普通の人間ではない力の流れを捉えたのだ。

 彼は最近妖怪に絡まれることが多かったので、時折探索も兼ねて魔眼を解放していたのだ。というのも、先日の洞窟での一件は退魔師や妖怪に広まっており、加藤の存在が知れ渡ってしまったからである。

 そのことに苦労していた加藤だが、これまで実際に敵に出会ったことはなかったので、緊張が走る。


 一方で、土田と高梨はというと、彼らは彼らで、不穏な空気を感じ取っていた。その土田は筋肉がかすかに震え、戦いの緊張感を思わせた。随分と特殊なことだが、彼にとっては日常茶飯事だ。

 高梨も、はっきりとは感じ取っていなかったが過去の経験から、何かが起きそうだという感覚を覚えている。未だ開花していない超能力の片鱗だろうか。本人にしかそれはわからないが。


 そして、その時は訪れた。

 高梨の足元にイタチが現れ、顔を擦り付ける。いつの間にか現れていたそれは、明らかに不自然だ。だが食いつく高梨。

 反対に東は険しい顔だ。以前、そいつを見たことあがあるのだ。それも、つい最近のこと。記憶に新しい。


「あ、可愛い。ていうか、イタチなんて珍し――」


 実は以外にも可愛いものや動物が好きな彼女が足元のイタチを愛でようと、姿勢を低くする。そんな彼女の部屋には、ぬいぐるみが陳列されている。ファンシー。

 だが、もちろんこれは、罠だ。危険極まりない、はずなのだが……


「高梨さんダメだ、そいつに触れては……!」


「人払いをした甲斐があった……まずは一人だよ、君達」


 刹那のスピードでカマイタチが発生する。以前、加藤と妖精ちゃんに振るわれたその一撃は彼女の首元に迫る。尻尾の一振りから生み出されるその一撃は、常人には回避など不可能だ。

 それを目で捉えていた土田が動き出すが、間に合わない。


「もう遅いよ、東家の長男。この時のために新たな勢力とも連携を取った。これなら――」


 しかし、高梨にそれが到達した瞬間、鎌鼬からすれば信じられないことが起きた。彼女はもちろん、常人などではないのだ。


 バチッ! という音が鳴り、不可視の障壁に阻まれた真空波が消滅。その場に立っていたのは、無傷の高梨有里沙だ。


「……は?」


 鎌鼬が放った一言。それに思わずシンクロして同じことを口走った加藤と東は、信じられない物を見るような目で彼女を見つめる。何が起きたか分かっていない様子の鎌鼬と土田。


「危ないじゃない! この……あ、ああ! やっちゃった!」


 思わず超能力を行使してしまった高梨。少しの間停止する。

 だが彼女はチラリと加藤と東を見ると、覚悟を決めたようだ。腹から声を出して土田に叫ぶ。こういう時の彼女は強い。もう、引き返せないのだ。


「もう段取りが滅茶苦茶よ……この変なやつのせいで! もう頭きた! ショッピングに行っただけの私たちが、なんでこんな目に合わなきゃいけないのよーー!」


 頭痛に構わず、どんどんと超能力の出力を上げていく高梨。その膨大な力は妖怪にも感じ取れるようで、鎌鼬は完全にビビッていた。


「土田、ほら力使って! もうここで言っちゃうから!」


「お、おう……もうどうにでもなりやがれ! 加藤、東! 俺達は……こういうモンだぁぁぁぁ!」


「黙っててゴメンねーーーー!!」


 そう言って不思議パワーを解放した土田と、全開の超能力を披露した高梨は、敵に躍りかかった。

 すると、周囲から突然、多数の妖怪と筋肉ダルマが飛び出してきた。鎌鼬の攻撃を合図に飛び出してきた彼らも、困惑しているようだ。まさか、ターゲットではない相手が自分たちに攻撃して来るとはいったいどういうことなのかと。

 それも、かなり強いことが見て取れたようだ。彼女は強い。

 その心の隙をついて、土田が筋肉ダルマをちぎっては投げ、ちぎっては投げる。

 高梨も、持ちうる全ての超能力で周囲に破壊をもたらしていく。

 一方、先ほどの妙な謝罪の叫びを聞かされた当の二人は。


「なあ、何が起きてるわけ? 東、わかるか? 何かすげぇ大事なことを叫んでた気がするけどよ」


「僕がおかしくなってなければ、何らかの力を行使して二人が妖怪と謎の変態集団と戦っているね。幻覚かな?」


 彼らがそう言うのも仕方がない光景が、目の前に展開されていた。

 謎の筋肉集団と、大小様々な妖怪が入り乱れて戦う戦場。


「……なんかもう、考えるの面倒だな。やっちまうか」


「そうだね、実体化していない妖怪もいるみたいだし……あいつらは僕たちにしか倒せないよ」


 そして頷き合う二人は、己の力を解放する。

 妖精ちゃんと座敷童子ちゃんがニンマリと笑う。これでついに、彼らは本当の自分をさらけ出すことが出来るのだ。自分たちもこれから楽しくなっていくぞ、という予感が彼女達にはあった。


「よし、いくぞ。もうどうにでもなれ! おいババア、思いっきり魔力使うぞ! 元の姿に戻れ!」


「はいはーい! やっちゃうわよー!」


 愛用の杖を懐から出すと、元の姿に戻る妖精ちゃん。全員が近場の妖怪を一匹ずつ始末した。土田と高梨はそれを見て、察した。そういうことか、と。


「座敷童子ちゃんは下がってろ!」


「二人とも、僕たちもこういう者です! よろしくどうぞ!」


 奇妙な流れで戦いが始まった。叫び慣れていない東の何とも気の抜ける気合の入れ方もその要因であろう。

 そんなことでいいのか、漫画研究会。

 でもそれも、漫画研究会。

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