トラブル・イン・ザ・シティ
「じゃあ行くか」
ファミレスでの食事を終えた漫画研究会一同は加藤先導の下、一路漫画を購入しに向かっていた。先頭にはどこかそわそわした様子の加藤、最後尾には東が陣取っている。
そしてその列の真ん中には高梨と妖精ちゃん、土田と座敷童子ちゃんのコンビがいるという奇妙な構図だ。
何をしでかすか分からないのでチラチラと真ん中のメンバーを心配そうに眺める二人は、まるで子を持つ親のようだ。東は、後方にも気を配っていたのだが。
そんな中、いつのまにか馴染んでいた妖精ちゃんは、積極的に高梨との交流を図っていた。
彼女がファミレスを出て書店へ向かう道中にて行った会話の内容は、加藤への愚痴が大半だ。加藤は時々振り返ると、妖精ちゃんが何か仕出かさないよう観察していたが、その会話は聞こえていない。
一方で、その会話がしっかり聞こえていた土田は、先刻の高梨と同様に、いいネタが手に入ったとほくそ笑む。同棲していることを知ってしまったのだ。
そして高梨有里沙は、早くも妖精ちゃんの子供っぽさに気付き、遊んでいた。目の前に面白そうなことがあると、後先考えずに手を出す彼女の悪い癖だ。彼女は色々と緩い。今日が大事な日だということは、さすがに頭から離れた訳ではないようだが。
現状彼らにとって最大の疑問である加藤とナターシャが知り合った経緯などは、とりあえず置いておくことにしたようである。
土田の隣にいる妖精ちゃんは、彼の容姿が気になって仕方がないようだ。こんな都心のど真ん中でヤンキーのスタイルを踏襲しているのは、彼くらいのものだ。その珍しさに前々から目を付けていた彼女は、土田に夢中。
「なあお主、どうしてそんなに鋭い目つきをしておるのじゃ?」
「うっせーな関係ねえだろ」
「ふふふ、言わずとも分かるぞ。お主は恥ずかしがり屋さんじゃな!」
「随分と変わった子供だな、オイ」
土田は過去には手下を引き連れていたことがあるのだが、その面倒見は良かったことで界隈では知られていた。“兄貴”などと慕われることもあった彼は、実際に面倒見が良い。それは、小さな子供でも同様のことだ。彼はとても優しいのだ。見た目は普通に怖いが。そのうえ、ジャージを好んで着ている。
そんな中、人間の文化に目移りの激しい妖精ちゃんの存在は、彼らが目的地に到着することを拒んだ。如何なくワガママな部分を引き出す妖精ちゃん。先頭の加藤に駆け寄ると、欲望をむき出しにする。
「あ、ユースケ! あれ食べたい。クレープってやつ」
「……別に買ってもいいけど、土田と東は多分いらねぇよな」
呼ばれた二人は何も言うことなく首を横に振る。加藤も別に食べたくはなかった。
座敷童子ちゃんは相変わらず土田に夢中だ。なあなあ、と質問攻め。
そんな様子を見て高梨が言う。
「私は食べたいな。ナターシャ、こいつらは放っておいて買いに行こうよ。女の子二人だけで」
「やったー! というわけで、三人はここで待ってて!」
座敷童子ちゃんを除いた女性陣が連れだってそのクレープ屋の行列に並ぶ。はっきり言って、残った面々は待たされるのが嫌いなので勘弁してほしかったのであるが。
そしてこの分断を切っ掛けに、彼らの身にトラブルが巻き起こるのであった。
――
東が突然トイレに行きたいと言い出した。実は彼は先ほどから、何者かの視線を感じていたので排除に掛かろうとしていたのだ。
そんな存在が居れば普通は緊急事態のお知らせなのだが、実の所彼には、その正体には見当が付いていた。
トイレに行く振りをして彼が向かったのは、近場にあったビルの屋上だ。
隣の建物とビルの間を壁を蹴ってほとんど垂直に上っていく姿は、超人的としか言いようがない。
そして見知った不審者を発見する。
「やっぱりお前か深山!」
「げぇ、坊ちゃん! いつの間に!」
烏天狗の深山である。彼は相変わらず東のことが心配で仕様がないようだ。この日、東家の仕事を部下に任せて愛しの東龍太郎の自称、護衛をしていたのだ。だがそれは、ストーカーとまるで変わらない行為だ。
「げぇ、じゃないよ全く。早急に帰ってくれ」
「いや坊ちゃましかし……」
「言い訳無用!」
深山を屋上から容赦なく突き落とした。
「酷いですぞ!」と叫びながら翼を広げて去って行ったことを確認した東は、これで解決、と満足気にビルから降りる。
だがしかし、そこには新たな邪魔者が。後頭部の突き出た妖怪さんだ。
「兄貴、どこ行ってたんすか! 探しやしたぜ」
「くたばれ」
彼らしくないストレートかつ強烈、非情な罵倒だ。
次々に日常へと侵入して来る異常たちに、もう沢山だと気を落とした彼を見たぬらりひょんはどうするかというと……
「兄貴、お疲れっすね。何があったか知りやせんが、あっしが肩でも揉んで……」
「お前だ――この! 邪魔ばかりして――」
――
東が苦労していた一方で、残された加藤は暇を持て余していた。
クレープ屋の行列は長く、まだまだ掛かることを見越した加藤はどうしたものかと無言でスマートフォンをいじっていた。
だが、ふと気づくと土田の姿がいつの間にか消えていたことに気付いた。あいつもトイレだろうと適当に辺りを付けていた彼だが、ここで高梨からの連絡が入る。妖精ちゃんがいないとのことだ。
加藤は内心で憤慨する。結局あのチビはこうなるのかと。目を離した自分がバカだったと反省した彼は、魔力を使用する。妖精ちゃんなら簡単に探知出来るからだ。
つい先日補充したばかりとは言え、このペースで使用しているとまずい、とは思いつつも仕方がないと諦めた様子を見せた。
探査範囲を広げていると、それ程遠くはない位置にいることを確認した加藤は、すぐに救助に向かう。さながら、迷子の子供を拾いに行くかのように。
そこで彼が目にしたのは、数人の男性に絡まれている妖精ちゃんだ。
「なあ彼女ぉ、いいじゃん、カラオケでも行かねぇ?」
「ふふ、まさかこの私がナンパされるとは、ユースケが見たらさぞビックリすることでしょうね」
加藤はその様子を遠巻きに見ながら、呆れていた。ビックリしていない。
見た目だけならいいババア妖精が、勘違いをしている。しょうがないと重い腰を上げて助けようとする彼だが、どうしたものかと一旦動きを止めた。普通に彼氏の振りでもして追い払うのが良いのだろうが、加藤にこんな経験はない。
彼女など、一度たりともいたことがないからだ。
「……やっちまうか」
再び魔力を発現し、気絶する程度に力を抑えた魔弾を男たちにぶつける加藤。なんでこんなことに力を使わなければならないのかと、自問自答しているようだ。
突然人が倒れたことで周囲の人間はある種騒然とするが、妖精ちゃんは自分は無関係ですと言わんばかりの自然さで加藤の方に近づいていく。彼女が余裕だったのは、魔力のストーキングで加藤が近づいてきていたのを確認していたからだ。
「ユースケ、遅いじゃない! 大変だったんだから!」
「何が大変だった、だこのチビババア! いいから行くぞ、警察が来たら面倒だ」
こんな街中で突然男たちが倒れていても、すぐには通報されなかったようだ。人混みとはそういうものなのかもしれない。
加藤が男たちを放置して妖精ちゃんを連れて帰ると、集合場所としていた先ほどまで加藤がいた所には、東しかいない。連絡を寄越してきた高梨の姿が見当たらないことに多少の違和感があったようだが、東の様子がおかしいのでそれどころではなくなった。
しかも彼は、加藤から見て明らかに疲弊したようにも見えた。加藤が気になったので尋ねてみると、妖怪に二回も遭遇したことを東は明かした。
妖精ちゃんのことをお返しにと伝えると、「俺達、苦労してんな」と頷き合い、残りの三人を待つことにした。
――
そんな現在行方知らずの土田は、昔の知人を見つけていた。それはもちろん、彼のヤンキー時代の知り合いのことだ。
見つけたというよりも、見つけられたの方が正しいのだが。
「慎也、てめぇようやく見つけたぜ。ぶっ殺してやるよ」
かつて彼のライバルのような関係だったその男は、土田を見つけると途端に喧嘩を売って来たのだ。現在は、路地裏にて正対している。傍らには座敷童子ちゃんも一緒だ。着いてくると言って聞かなかったので、土田の元にいたのだ。
そんな現役バリバリの男を見て、土田は悟ったような目線で、彼を憐れんだ。
「わりぃけど、俺にはもうお前に構ってやる暇はねぇんだよ」
「あ? なんだてめぇ、そんなガキ連れやがって。いくぞおらぁ!」
殴り掛かって来た彼は、土田の視界には入っているが、その存在は視えていない。土田は男など眼中にないと言わんばかりに、一瞬だけかすかに不思議パワーをを纏うと、ボディブローの一撃で男を沈めた。
「……お前を見てると、昔の俺を思い出すな。屑だった頃の俺をな」
強烈な打撃に声も上げられない彼を見下ろして、土田は昔の自分を思い出していた。理由もなく人を傷つけるばかりだった頃の己の矮小さを。
「お前もさっさと変われよ、哲次。世界は広いぜ」
「……ほう? おぬし、今妙なものが見えたような気がするのじゃが……」
「気のせいだ、行くぞ」
その場を去ると、土田も皆に合流するため、ようやく戻るのであった。その後ろをてくてくと着いていく座敷童子ちゃん。
「ちく……しょう……」
――
残りの一人である高梨有里沙は、行列に並んでいた。まだ妖精ちゃんがいなくなる前なので、二人で楽しくガールズトークに勤しんでいた時のことだ。そんな彼女は、ふと横方向を見て、ある存在に気付いて気配を殺していた。突然黙った彼女を不思議そうに見つめる妖精ちゃん。
有里沙はトラブルが嫌いである。面倒だからだ。
(気付かないで、お願いだから気付かないで……)
しかし現実は非情だ。
肩をポンポンされてそちらを向くと、妹の高梨菜月美がいた。彼女が知らない中学生くらいの女の子と一緒である。
「有里沙、何してるの? そっちの人は?」
言葉に詰まる有里沙。
「え、有里沙って、いつも話してくれるお姉さんのこと!? わー、初めまして!」
「初めまして。……菜月美のお友達かな?」
菜月美は、年上の知り合いが多い。彼女の年齢に見合わない感じの性格や言動が、一部の層に非常に受けているのだ。そんな彼女は現在12歳。
「有里沙、そんなのいいから横のお姉さんを紹介してよ。外国の人と接点があるなんて聞いてない」
「ええと、この人は……」
――その後何とか妹を追い払うことに成功した高梨。そんな彼女達に、行列の前後の人達は何だこいつら、と言いたげな冷ややかな視線を終始浴びせていた。完全に迷惑な人に成り下がっていたのだ。
そんなこんなでようやく自分たちの番が回って来ようかと言う時に、有里沙は気付いた。妖精ちゃんがいつの間にかいなくなっていたことに。
その理由は、巨大な看板広告が気になっただけである。イケメン俳優を近くで見たい、それだけのことだ。
どうしようもなく気分屋な妖精ちゃんは、本当にどうしようもない子だった。
――
こうして、それぞれが何らかのトラブルに巻き込まれた一件はひとまず収束したのであった。
クレープを買いに行っただけなのに偶然にも妹に絡まれてしまった高梨。
不運にも昔の知り合いに絡まれた土田。
妖精ちゃんと加藤は、今時こんなのいるのかというナンパ師に絡まれる。
東は妖怪に絡まれた。
そんな絡まれ野郎たちがようやく合流したのだ。
それぞれの身に降りかかった大小様々なトラブルのせいか、書店に辿り着く頃には全員軽いストレスすら覚えていたのだった。どうして自分達は漫画を買いに来ただけなのにこんなことになるのかと。ゆったり買い物をする事すらできない彼らは、そういう星の下に生まれとしか言いようがない。
このような状態では、周りに気を使うことも忘れていた彼ら。特に加藤と東は、既にちゃん付けコンビの監視も甘くなり始めていた。
そんな彼らであるから、自分たちのことを着け狙う集団の存在など、気付きようもなかったのであった。一体彼らは何者なのか……
「この僕を舐めたことを後悔させてやらなきゃね。そろそろ動くよ」
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