第9話 季節は巡り......
季節は何度も巡り、高校を卒業し、大学を卒業しても、俺と風夏さんは一緒に居た。あの白菊祭(しらぎくさい)の日からずっと、ずっと一緒にいる。
「ねえ、柊さん。この子の名前、どうしましょうか」
そう言って風夏さんはお腹を撫でる。検査の結果、生まれてくるのは女の子らしい。出産予定日まではもう一週間を切り、今は入院してその時を待っている。
「そうだな……。俺が冬っぽい名前で、風夏さんは夏っぽい名前だから、間を取って秋っぽい名前はどうかな?」
「そうね……。あっ」
風夏さんが何か閃いたみたいだ。
「木偏に風って書いて、楓とかどうかしら。ほら、二人の名前から半分ずつ取ってるでしょ」
「そうだな、楓……。楓か……」
カエデさんと同じ名前だ。そう言えば、彼女の苗字はいつまでも聞き取れないままだったし、名前もどういう漢字を書くのかも知らない。
「ねえ、今カエデちゃんのこと考えてたでしょ」
「風夏さんには何でもお見通しか……。何となく思い出しちゃって」
十年来の付き合いなのに、カエデさんについては分からないことだらけだ。まるで、意図的に隠されているような感じがする。
「カエデちゃんか……。最近会ってないね。私が妊娠した頃からかな、全然会ってくれないの。変だと思わない……?」
「そうだな……」
確かに、カエデさんと一年近く会ってない。高校も大学もずっと一緒に居て、社会人になって結婚しても月一以上で会っていたのに、妊娠した途端会えなくなると言うのは少しばかり不自然だ。
「そう言えば、カエデちゃんってあなたと顔立ちがそっくりよね。私たちの子もカエデちゃんみたいな感じに育つのかしらね」
「え? 顔立ちがそっくりなのは風夏さんの方でしょ」
「そうなの?」
カエデさんが俺と顔立ちがそっくりか……。
まさか、まさか、な。いくらなんでもSF小説の読み過ぎだ。けれど何となく、直感的に、確かめずには居られなかった。
「少し、カエデさんと連絡取ってくるよ」
スマホでカエデさんにメッセージを送る。思えば、このメッセージアプリはリリース当日にカエデさんに勧められてインストールしたんだったな。
カエデさんは流行にもの凄く敏感だった。それどころか、もはや流行を先取りしているようにさえ見えた。高校二年の白菊祭で出したタピオカミルクティーだって、今思えば流行を先取りしていた。あの敏感さは、これから流行ることを既に知っていたから、なのかもしれない。
カエデさんからの返信は五分も経たずに届いた。そのメッセージは非常に簡素なものだった。
『もう会えません。今までありがとう。さよなら』
気が付いた時には、俺は病院から飛び出していた。
俺と風夏さんが仲良くなった時も、付き合った時も、それから先も、ずっとカエデさんは側にいた。俺たちは良くも悪くも散々彼女に振り回されてきた。それなのに、一方的に拒絶されるなんてあんまりだ。
俺はカエデさんが居たからこそ、幸せを掴み取ることが出来た。けれども、俺はカエデさんにまだ何も返せていない。だから、自分勝手な理由だけど、こんなタイミングでさよならする訳にはいかないんだ。
俺は直感的に、いつものカフェに向かっていた。正確に言えば、コーヒー豆専門店に併設されたカフェスペースだ。高校の頃からずっと通っているこの場所に、カエデさんがひょっこり現れたりするんじゃないか、そう期待を込めて向かった。
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