第40話 ひのきのぼうを出せる”だけ”じゃない
後頭部に柔らかい感触を感じた。そうだった。おれは異世界転生を果たし、チート? 能力を授かって、何やかんやありながら、ここまで生きてきた。まるでライトノベルの主人公のように。
ライトノベルにおいて、戦いが終わったらお約束のイベントがある。
そう、膝枕だ。
美少女が膝枕をしてくれて、寝顔を眺めて主人公の頭を撫でながら自分の恋心を自覚するというあのイベントだ。
うわー来ちゃったよ。これだよこれこれ! こーゆうので良いんだよ。はい、待ってました。よ! この世界の神様最高!
しかし、一体誰が膝枕してくれてるんだろう。ゲルデか? それともメディカ? いやヒロインと言えば、ここはルピアだろう。
徐々に覚醒してくると、声が耳に入った。これはきっとルピアの声だな。うわお、ルピアの膝枕かこれ! ルピアはきっと将来どえらい美人になるからなぁ。ヒッヒッヒ。
......ん? なんか身体に重量を感じるんだけど。てか、ちょっと苦しいし。どゆこと? あれ、今おれの身体どうなってんの?
目を覚ました。
体を起こそうとするが、何かに邪魔され動けない。何だ、と目だけ動かすと誰かの無防備な寝顔が目に入った。ルピアじゃんこれ。ルピアが寝息を立てている。ルピアはおれの胸を枕にして眠っていた。
足の方にも重量を感じ、そちらに首を巡らせるとヴェストがいた。ヴェストはおれの太ももを枕にしていた。いや、何してんこいつら。
あれ、じゃあ枕は? と手を後頭部にまわすとただの枕だった。
フカフカの枕だ。そりゃあ柔らかい感触ですよね。
この世界の神様ホンット空気読めないわ。消費者志向が無さすぎ、無能すぎだろマジで。
「おはよ」
声のする方を見るとメディカだった。
「治療薬もう出来てたんですね」
「もうって、何日も眠ってたんだよ?」
「ホントですか? ところでなんですけど、誰かおれのこと膝枕とかしてました?」
「膝枕? 何で?」
メディカがマジで訳わからんと首をかしげる。確かに。しないか。
「ありがとねベン」
メディカがおれの頭を撫でた。暖かくて気持ちい。
「リティカもきっとホッとしてる」
「師匠のお陰でなんとか勝てました。メディカさんや色んな人の助けもあって。おれは最後のカッコいいとこだけやっただけです」
「生意気だね。子どものくせに」
メディカがおれの頬を優しく抓った。
それにしても、腹が減ったし、喉が渇いた。
「メディカさん。おれお腹空きました」
「あーはいはい。すぐ用意するよ」
メディカがおれの胸を枕にして眠るルピアを抱きかかえて、ベッドの端の方へ避けた。その後すぐメディカの言った通り、パンと水がすぐに出てきた。
水を飲むと、信じられないくらい美味しかった。水ってこんなに美味かったのか。硬いパンは普段ならスープにつけないととても食えたものではないが、今のおれにはご馳走だ。
「そんなの、良く美味しそうに食べられるよね」
「だって美味しいです」
「あとでもっと美味しいの食べられるよ」
「え、なんかあるんですか?」
「ルピアとベンの警備団入団式だよ。辛いことがあったからね、せめて盛大に楽しくやろうって」
そうか。リティカが死んだからと言って、喪に服す訳でもないんだな。リティカもおれたちが楽しくしてる方が喜びそうだしな。
◯
こんなに近くまで神樹を間近で見たのは今日が初めてだ。普段は近寄るなと言われてるからな。
この森の木自体めちゃくちゃデカイ。だと言うのに、神樹はそれらが小さく見えるほどだ。
以前、森で遭難した時。これがあったお陰で帰ってこれたのだ。命の恩人。いや恩樹か。あの時、見た神樹は周りの樹がまるで苔だったな。言い過ぎかな。
風が吹いた。葉が揺れ、擦れ合う音が耳に心地いい。
上を見上げると、幹から大きくせりだした神樹の葉っぱも揺れていた。もしかしてあの葉っぱも近くで見たらめっちゃデカイのかな。今度あそこまで言ってみようかな。
神樹の元へ村人が勢揃いしていた。一番近くにはカニス、少しだけ離れておれとルピアが並んでいた。
カニスが神樹に頭を垂れながら、なんか呟いている。魔術詠唱と同じ言葉だということはわかるが、なんと言ってるかはわからない。それが終わった後、カニスがこちらに振り向いた。
ルピアが大きなあくびを、慌てて噛み殺す。長かったもんな。わかるよ。ルピアのあくびがうつってきた。猛烈にあくびがしたくなるが、なんとか堪える。横目で見て、さぞおれが面白い顔をしていたのかルピアが吹き出した。なにわろてんねん。
カニスもちょっと笑いつつ、ルピアの正面に立った。
「シグナス・ルピア・ウィス。今日から正式に警備団だ。励むように」
「はい」
「これは神樹様からの贈り物だ」
カニスはルピアに小箱を差し出し、蓋を開けた。中には黒い指輪が収められていた。
「神樹で作った指輪だ」
「ありがとうございます」
ルピアが小箱を受け取り、ジーっとそれを見つめている。
カニスが今度はおれの方へやってきた。
「ベンジェン。今日からお前も警備団が。期待してるぞ」
言いつつ、ルピアに渡したものと同じ小箱を出し、中身をおれに見せた。中にはルピアが貰っている黒い指輪ともう一つ何か宝石が入っていた。
「もう一つの方は召厄獣の体内から取れた特殊な魔鉱石だ。召厄獣を倒したお前には受け取る権利がある。いつか、それに助けられる日が来るかもしれない。大事にしなさい」
「はい」
指輪は木製とは思えないくらい美しく、輝きを放っている。お高いやつだこれ。
「二人ともみんなの方を向いて」
おれとルピアは振り向いた。村人たちの視線が刺さる。人前に立つのは苦手だからつい緊張してしまう。
「みんな新たな戦士だ。二人に拍手を」
パラパラといまいち覇気のない拍手が送られてきた。もっと盛大にくれ。
「よし、儀式も終わったしみんな食べていいぞ」
歓声と拍手が上がり、村人たちが隣に並んでいたご馳走に飛びついた。おれらの時よりすげぇ盛り上がるじゃん。
「二人も行ってきていいぞ」
「やった!」
久しぶりのご馳走についおれも嬉しくなった。ここ最近大変だったしな。
ルピアはおれの貰った小箱の宝石を眺めていた。羨ましいのだろうか。
「ベンは凄いね。あんなの一人で倒しちゃうんだもん」
「師匠やルピアが弱らせてたからね。ルピアならきっとおれより難なく倒してたよ。それよりルピア、ご馳走食べに行こ」
「え、うん」
ルピアの手を引いて、ご馳走の並ぶテーブルへと向かう。ルピアがこの手の顔をするときは大概、修行をしたくなってる時だ。ほっといたら今から剣の素振りとか始め出しかねない。
テーブルに付いた。ルピアは相変わらずおれの小箱を眺めている。小箱を「見たいなら見てていいよ」とルピアに渡した。それから、手近にあったりんごタルトを一切れ取り、ルピアに口元に差し出した。
「はい、どうぞ」
ルピアがりんごタルトにパクついた。小さい口をモグモグとさせる。その間もずっと、視線は小箱の中にある、召厄獣から採れた魔鉱石に注がれている。そんなに気に入ったのならいっそルピアにあげようかな。
「そんなに欲しいならあげようか?」
「......それはダメ。ベンのものだし」
「そっか。ルピアもこういう宝石とか好きなんだね」
正直意外だった。ルピア、戦闘に関すること以外興味なさそうだし。宝石とか好きなのか。
「うーん。なんかこれは気になる」
「これが?」
へー色合いが好きなのかな。紫色っぽいけど。そんなにキラキラしてるわけじゃない。ていうか、あんまり可愛い見た目ではない。
「それは特殊な魔鉱石でな」
後ろからカニスが話しかけてきた。
「どこらへんが特殊なんです?」
おれはルピアにりんごタルトの二口目をあげながらカニスに聞いた。モグモグとタルトを頬張るルピア。
「魔力を貯蔵出来るんだよ。こんな感じにな」
カニスが小箱から紫の宝石を取り出した。それに触れながら、宝石に魔力を集中させる。
「こんな感じだ。こうして自分の魔力を貯蔵して、いざ魔力が枯渇した時にいつでも取り出せるんだ」
魔力の超小型ATMみたいな感じか。やだ、便利。
「欲しいこれ」
ルピアがカニスから宝石を取り、また眺め始めた。
戦闘に便利だろうな。そりゃルピアが欲しがるわけだわ。
「とても貴重なものだから大事にしろよ」
「はい」
「ベン、そんなやつにわざわざ餌付けしなくていいよ」
ヴェストが肉を咥え、両手にも肉を持って現れた。
「自分が食べるの無くなるぞ」
おれの隣に並ぶヴェストを、ルピアがりんごパイの3口目を頬張りながら睨みつけた。
「だね。ありがとヴェスト」
おれはヴェストの両手の肉を一瞬で口に入れた。うーん、びみ。ってあれ? これ辛くね? めっちゃ辛いんだけど。いや、かっら!!!
「から! いった! 舌いった!」
おれはそこら中を駆け回る。なんだこれ、唐辛子? あの野郎、裏面に塗り込んであったのか。
「流石ベン。やってくれると思ったよ」
大爆笑するヴェスト。あの野郎。次の組手覚えてろよ。横のルピアも楽しそうに笑う。まぁ許してやろう。
「お前は変なところばっかリティカに似たよな」
「へへ、いった!」
ヴェストがカニスからの強烈なデコピンを食らって悶絶していた。わぁ痛そう。そこまでしなくていんじゃない? あ、でもクッソ辛いわこれ。もう一発デコピってやれカニス。
騒いでいると、誰かにぶつかり、ぶつかった人に抱き抑えられた。
「ほら止まって、口開いて」
涙目の目で見上げるとゲルデの綺麗な顔があった。素直に口を開くと、ゲルデが水魔術でおれの口に水を流し込んだ。
「うまい」
ゲップと汚い空気が口から漏れ出た。ゲルデの出す水が一番美味いな。
「落ち着いた?」
「うん。ありがとう。ゲルデの水は世界一美味いね」
「ホント? じゃあもっとあげる」
「結構です」
まじであげようとしてきたから丁重にお断りした。ご馳走が出てるのに水で腹満たすのは勿体無い
「召厄獣の討伐ご苦労じゃったベン」
村長が酒瓶とコップを持って現れた。コップを目の前に置き、酒を並々と注ぐ村長。
「餞別じゃ呑め。特別じゃぞ」
「え、やった!」
酒だー! 7年ぶりだな。普通に未成年飲酒だけど、ここに取り締まる法なんぞない。前世じゃ安酒しか飲めなかったからな。
「ベン、ちょっとだけにしなさいね」
そう言いつつ、ゲルデが横から水で薄めようとしてくる。さっさとコップを手に取り、酒を煽る。
「大丈夫ダイジョーブッ!」
グッと煽ってから、おれは酒を吐き出した。まっず! なんだこれ! 酒ってこんな不味かったっけ?
「ベンもまだまだお子ちゃまじゃのう」
ホッホッホと笑う村長。まぁ味覚は子どもですよね。笑いながら一気に酒を煽る村長。変なところに入ったのか、ブッと吹き出し、盛大に咳き込んでいる。何してんだこのジジイ。
「あんただって全然呑めないでしょ」
ロサが村長の背中を摩る。
「......呑まなきゃ、やってられんわい......うっ......」
村長が酒瓶をテーブルにダンと置いて、「リティカ」の名前を呼びながらおいおいと泣き始めた。
「村長。そんな顔リティカに見られたら一生バカにされるぞ」
「なら生き返ってバカにしにこい、あのバカめ。それにしてもお前は大して悲しんどらんなオドベノスよ」
オドベノスが村長の置いた酒瓶を煽る。一息で半分ほど飲みきってから、フーと鼻息を吐く。
「あいつの死体は完全に見つかってません。上半身だけでも、あいつはどっかで生きてますよ」
「......確かに。あいつの弟子達も絶対死んだと思ったが、生きておったしな」
あの遭難事件の時の話か。ね、おれも死んだと思った。
両肩にポンと手を置かれた。見上げると、後ろにゲルデが立っていた。目が合うと、ゲルデはおれの頭を撫でた。
「そういえばリティカってどんな人だったんですか?」
おれがそう問うと、一瞬の静寂の後で村長やオドベノスやカニス達が顔を見合わせて苦い顔をしたあと、笑い始めた。
「バカ野郎だったわ」
そう言ったのはメディカだ。目尻にはたっぷりの涙を溜めているが、その顔は笑顔だった。
それからリティカの昔話をゲルデの膝に座りながら聞いた。話題は日が落ちるまで尽きず、おれたちは泣いたり笑ったりと、忙しい1日を過ごした。
◯
小鳥の鳴き声を聞いて目を覚ます。起き上がり、窓の外を見ると、可愛らしい小鳥がいた。
小鳥がおれの視線に気づき、目と目があった。小鳥がバサバサと飛び立ち、おれの目の前を通り過ぎた。ってデッカ! 全然小鳥じゃねぇ。怪鳥じゃねぇか。
二度寝する気分になれず、おれはベッドから降りた。
ロサとゲルデがまだ眠っていた。起こさぬよう、静かに家を出た。朝の散歩をしていると、ヴェストがいた。珍しい。
後ろからそっと近ずくとヴェストがおれの気配に気づいたのは振り向いた。
お互いに一言も喋らずに散歩していると、広場に着いた。広場にはルピアがいた。
ルピアは一人、瞑想に耽っていた。ルピアの瞑想はオーソドックスな魔力瞑想だ。身体を巡る魔力に集中する。おれと同じ瞑想だな。
ヴェストがルピアの隣に座り、ヴェストも自己流の瞑想を始める。ヴェストは耳をピンと立て、周囲の音に集中するという瞑想法だ。
おれもルピアと同じように魔力瞑想を始めようとして、辞めた。今回からちょっとやり方を変えてみよう。
おれは二人から少し離れたところに立つ。
ひのきのぼうを出す。ヒュッヒュと二、三度降る。重すぎず軽すぎない。絶妙な重さ、それから握りやすさ。
おれは、ひのきのぼうを槍のように真っ直ぐと正面を向けて構えた。ゆっくりとひのきのぼうを後ろに引いて、勢いよく突き出した。
第一章 完
底辺スキル「ひのきのぼうを出せるだけ」仕方ないから、鍛えて成り上がる 相田太郎 @aidataro3
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