第12話 佐藤さんと最後の商談

 とんでもない事実を知ってしまった。


 俺は佐藤さんのことをマトモな顔してイカレてる人だと思っていたけど、そのイカレっぷりは俺が思っていたのより二回りほどスケールが違っていた。部長が平社員の振りして現場に紛れ込んでいるってなんだよ……しかも両方の仕事を悠々こなしているとくる。

 しかも猫可愛がりしてるらしいお祖父さんも新社会人を部長に据えるほどイカレているし、そんなやり方で動いている会社も十分どうかしてると思う。


 でも実際、問題なく動いちゃってるんだよな。


 うちの支店じゃ佐藤さんが一番成績がいいし、普段話していても「あっ、この人発想が違う」って思う事が随分ある。統括マネージャーが仕事しない、なんて噂も出てないんだから……本当に向こうの仕事もきちんとやっているみたいだ。

 こんなに若くて社会経験もなかったはずなのに、重職を片手間にやれるって……据えた会長の人を見る目は確かなんだろうな。ただ、こんなイカレた娘に育てた責任は問われるべきだとは思うが……。

「そう言えば、うちの部署って支店長全然来ないんだよな」

 よその支店に配属された同期と以前話したら、支店長がしょっちゅうハッパを掛けに来てウザったいと言っていた。何人か頷いていたからそれが普通っぽいけど、うちの支店に限っては一度も営業部で見た覚えがない。

 ふと閃いた。

「もしかして……佐藤さんがいるから来ないのか?」

 支店長はブロック会議にも出てる。統括マネージャーの顔も知っているはずだ。

 佐藤さんがしれっと支店営業部に紛れ込んできたとき、正体にすぐに気がつかないのはおかしい。だって支店にはパートや倉庫の出荷係まで合わせても四十人もいないんだから。彼だけは支店で唯一知っていた可能性が濃厚だ。もしかしたら隠ぺい工作の片棒を担がされたのかもしれない。

 そして立ち位置が中途半端な“座敷童”を扱いかねて、営業部には顔を出さないようにしていると。

 “下っ端”の佐藤さんに皆が見ている前で媚びを売るわけにいかないし、逆に下手なことをやって機嫌を損ねたらどうなるかわからない。偉い人の無茶に付き合わさせられて旨味もないのに共犯にされた支店長に、俺は同情を禁じえなかった。

「なんだろう……事態はさっぱりわからないのに、“佐藤さん被害者の会”の名簿だけ無駄に充実してきた」

 課長と支店長とマネージャー付きスタッフの人と、一度皆で飲みに行ってみたいな。皆で佐藤さんを話題に愚痴り合えば、支店営業部の忘年会より美味しい酒が飲めるに違いない。




 俺がそんな風に、実現しようもないことを夢想しながら漫然と先週の日報を片付けていると。

「鈴木君、鈴木君!」

「はいっ!?」

 間近で呼ぶ声に顔を上げれば、ちょっと緊張している佐藤さん。

 いつも見慣れているはずなのに違和感があるなと思ったら、スーツが普段の外回りの時よりピシッとしているヤツだった。ベストまで着た三つ揃いのだ。

 ルート営業に行くときって顔見知りの常連さんばかり廻るせいか、意外と折り目正しい服装はしていない。今日の佐藤さんはレセプションにでも出られそうなフォーマルなファッションだった。

「急に大事な打ち合わせが入ったの! 連れて行くから服装をちゃんとして!」

「はっ、はいっ!」

 俺もかよ!?

 急かされて俺も慌てて立ち上がった。

 ややくたびれている今のワイシャツ・スラックスじゃマズいという事だ。俺は急いでロッカールームに飛び込み、クリーニング店のビニールをかぶっている一張羅に着替える。営業マンなら必ずこういう準備はしてあるものさ……重要顧客のクレーム用にな!


 急いで車を出し、佐藤さんのナビで結構遠い目的地まで走らせる。佐藤さんもいつもの脳天気な快活ぶりが影を潜め、俺へ道順を指示する傍らで書類のチェックをしている。

「何か苦情案件ですか?」

「ううん、そこまでじゃないけど……先方も偉い人が出てきちゃってね。昼でも食べながら和やかに……なんて言ってるけど、ちょっと気を引き締めてかからないと商談が成立しないかも」

「まずいですね」

 商談に大物が出て来るってのは、わりとありがたくない話だ。現場同士、気軽に話せる“格”ってものがある。極端に偉い人が来ちゃうとセールストーク自体が成り立たない。

 トップダウンの会社の場合は、これは親分に直接アピールできるチャンスではある。だから巧く話を転がせられれば一発でまとまる利点もあるけど、逆に相手をイラつかせば担当者レベルで九分九厘まとまっていた話が白紙になることも……。

 一か八かに賭けるような状況でなければ、メリットよりデメリットの方が大きいな。

「課長か支店長に同席頼んだ方が良かったですかね?」

「話を分かってない人を呼んで来たって役に立たないよ」

 こっちもできるだけ上の人間を連れて行って相手のメンツを立てる作戦も効かないという事か……売り込みを具体的で滑らかにやれるかに成否がかかっている。向こうも当然海千山千だろうな……厄介な相手だ、くそう。

 自然と俺も緊張感に包まれてきて、軽口を控えて押し黙った。二人沈黙したまま静かな住宅街を走り、長い築地塀の切れ目が見えたところで……佐藤さんが小さく静かに叫んだ。

「着いたよ!」


 ああ、もう目的地か! こういう時に限ってあっという間だな!


 俺は佐藤さんの指示する駐車場へ、車を乗り入れた。




 そして、相手の待つ店に入った今。

 どうしよう。

 ここまで勢い込んで来ちゃったけれど……、俺は今、逃げ出したい気分でいっぱいだ。

 玉砂利を踏んで到着した本格的な和風建築の玄関には、女将が三つ指ついて待っていた。

「御先様は先ほどからお待ちです」

「わかりました」

 女将の案内でずんずん進んでいく佐藤さんについて行く。ついて行く。どこまでもついて行く。……なにここ? 広い上に階段が一ヶ所も無い!? なんだこの店!?


 ここ、料理屋じゃなくて……料亭だよな。


 しかもかなり格が高いところ。

 そこまで考えた俺は、一つの可能性に思い当たった。


 この商談、ブロック統括マネージャーの方の仕事じゃないの?


 ……佐藤さーんっ!?

 どういう事!? こういうのは向こうのスタッフを連れて行ってよ!

 いや、本当にどうすんだこれ。普通に商談だと思ってついて来ちゃったけど、そっちの仕事の事なんて全くわからないぞ!? だから二足の草鞋には無理があると……言葉に出しては言って無いけどさ!?

 俺のパニックなんか関係なく、女将は前へ前へと進んでいく……もうちょっとゆっくり行きませんか? そう言いたい。切実に言いたい。しかし俺がそんな泣き言を口に出す前に、女将はある一室の前に足を止めてしまった……。

 女将が膝をつき、中に声をかけている間に佐藤さんが俺にこそっと耳打ちしてきた。

(いい? 何か聞かれたら、鈴木君が思うところを正直に答えるんだよ? お世辞やごまかしはすぐに見抜かれるからね!)

(俺にも質問が飛んでくるんですか!? 資料も何も見てないんですけど!?)

(数字は押さえてなくても大丈夫だから! 聞かれるとしたら当事者の見識だけだと思う)

(思うって、そんなあやふやな……)

(お酒薦められたら遠慮しないで構わず飲んで。帰りは私が運転するから)

(佐藤さんも飲まされたら?)

(支店までの代行代ぐらい私がもつよ)

 マジか。距離けっこうあるぞ? それぐらい余計なことを言って神経逆撫でないよう気を使わないといけない相手かよ……。

 佐藤さんがそっと自分のこぶしを見せてきた。

(縦にしたらそのまま進め、横にしたら余計なことは言うな! いいね?)

 急によその重役の前に引き出されて、ハンドサインなんか見ている余裕があるか!

(事前準備を十二分にしろって言うのは佐藤さんの言った事ですよね!?)

(今回は急すぎてその時間が無かったんだってば!)

 逃げたい。もうあと先考えずにこの場からダッシュで逃げたい。

 しかしその暇もなく。

「どうぞ」

 にこやかな女将が襖を引き、俺は佐藤さんに続いてその前に膝をついた……。




 座敷にはビールの支度だけしてある大きな座卓があり、スーツ姿の紳士が三人座っていた。

 そう、紳士。俺みたいなスーツのハンガー代わりな安い人間と違って、オーダースーツがピシりと似合っている貫禄ある男性が三人だ。しかも謹厳な雰囲気の一番年かさの男性が正面床の間を背にしているが、あと二人の中年男性はそれぞれ座卓の左右に分かれている。

 これ、アレだよね? 真ん中の人、明らかに幹部クラスの二人が肩を並べる事さえ遠慮する大物ってことだよね?


 ……佐藤さん。俺、絶対に場違いすぎるでしょうっ!?




「まあ一つ、気を楽にしてやりたまえ」

 顔に見合った渋い声で、正面のオッサン、というかジイさんがビール瓶を突き出してきた。

 俺に。

 いや、どう考えたって明らかに佐藤さんが上位者に見えてるよね? なんでそっちに先に注がない?

 しかしさっき、相手の言う事に細かくつべこべ言うなと言われたばかり。佐藤さんをちらりと視界の端に捉えると、佐藤さんは拳をさりげなく縦にしている。

 仕方がないので、必死に酒席のマナーを思い出しながら両手でお酌を受ける。まさかこんな場面で体育会系営業部の仕込みが役に立つとは……。

 もう一度佐藤さんを盗み見れば、そっちはそっちで右隣のオッサンから一献頂いていた。そのオッサンが瓶を卓に置くとすぐに佐藤さんが取って相手に注ぎ返しているので、俺もやろうと思ったらすでに左隣のオッサンが自分の上司にお酌している。


 そこのオヤジッ! それは俺の出番だ! 予定を崩すような行動は慎め!


 ……なんて言えたら、どんなにいいかなぁ……。




 いつの間にか閉まっていた襖の外から失礼しますと声が聞こえ、相変わらずにこやかな女将が仲居さんたちを率いて料理を運んできた。どう見ても酒肴に見えるんだけど、一応炊き込みご飯や澄まし汁も見える。このクラスのお店のランチってこういう物なのか? 経験無さ過ぎて、俺にはさっぱりわからん。

 人払いの為か、全部を一度に並べて店の人間が引っ込む。

 襖が閉まると、正面のオッサンが何事か言ってグラスを持った。周囲が一斉にグラスを掲げたのでそれが乾杯だったんだろう。アガっている俺の頭には何を言ったんだか、内容なんかまったく入ってこなかったが。


 そこから食事なのか宴会なのか商談なのか、さっぱりわからない時間が始まった。

 たぶん凄い店の料理なんだから、凄い美味い料理だったんだろう。平静を装ってパニックを起こしていた俺は、味どころか何を食べていたかさえ覚えていない。

 心の準備も不十分でこの場に臨んでいるんだ、それどころじゃない。頭にあるのは相手に失礼な事をしていないかどうかだけ。味わう余裕なんかあるはずがない。

 そもそも自分でも箸をつけたつもりはあるんだけど、忙しくて口に運んでいたかどうかすら定かじゃなかった。ビールを注ぎ、返杯を受け、話しかけられれば答えて相手の顔色をうかがう。余計なことを言わない、礼儀を欠かない。弾幕シューティングゲームでも、ここまで土壇場の判断力を試されることはないんじゃないだろうか?

 しかもどういうわけか、話しかけられるのは圧倒的に、俺。

 佐藤さんもすっかり補助に回っちゃって、声を掛けられない限り口を挟んでこない。三人のオッサンが代わる代わる俺にばかり話しかけてくるので、自分でも何を喋っちゃっているのか覚えてない。

 ただ、詳細を覚えていないけど……不思議と具体的な商談の話は出てこなかったような気がする。仕事の話も無いではないが、俺の業務とか支店の様子とか、いたって日常的な俺にも答えられるような話だった。まあ取引先に内実を話すわけにもいかないので、当たり障りのない範囲でしか答えられなかったけど。

 後は何故かニュース、最近のホットな話題、流行や街の様子。どういう意味があるんだかわからないけれど、そういう雑多な雑談のような会話が三方から飛んでくる。しかも、どんな話題がいきなり投げ込まれるかわからない。先週の町おこしイベントの話を振られたかと思えば今期の新製品の手応えになったり、大学の思い出話からウェブの新サービスの使い勝手に飛んだりする。この人たち、思いつくまま喋っているような感じで話題があまりにも脈絡無さ過ぎだ。

 俺はよく考える余裕もなく条件反射で答えながら、なんか心理テストみたいだな……とチラリと思った。


  


 怒涛の二時間だった。

 後で時計を見て、これだけしか時間が経っていなかったのかと驚いたくらい。何が何やらわからないが、オッサンたちはその間ずっと質問攻めだった……俺を。根掘り葉掘り聞くなら佐藤さんだろ? なんで男に群がるんだ、あんたたち……。

 いつまで続くんだろう? そればかり考えていた謎の会食。もしや永遠にこのままじゃないかと俺はおかしなことを考えて悲観的になるところまで来ていたが、もちろんそんなことはあり得ない。俺の受難の時間は唐突に終わりを告げた。


 しばしおしゃべりを左右の部下に任せ、俺を見ながら黙って飲んでいた中央のオッサンが何気なくグラスを卓の上に戻した。


 タンッ。


 賑やかな空気の中に妙に響く、ガラスが卓を叩く軽い音。

 途端に左右のオッサンも口を閉ざし、急に八畳間に静寂が広がる。まるで初めから誰も話していなかったかのように、そこには茶室みたいな静けさだけがあった。


 ……俺、何かやっちゃいました?


 取引先どころか佐藤さんも何も言わない。みんな元から黙って座っていたみたいに、誰も身動き一つしないで卓を囲んでいる。この中で、場の急変について行けないのは俺だけだ……何? 誰か何か言って? やばい事を言っちゃったかと、俺の背中にじっとりと汗が滲む。

 その空気の中で、おもむろに。

「ふむ。いいんではないかな」

 中央のオッサンがそう言うと、両脇のオッサンズもにこやかに頷いた。

「まあ期待が持てるのではないかと」

「先が楽しみですな」

 若輩の俺がお偉いさんに言うのもなんだが、おまえら会話で主語を抜くな。オッサンどもが何について話しているのか、横で聞いててもさっぱりわからん。……ただ一つわかったのは、今の沈黙は悪い方向ではなかったらしいということ。それだけは俺もホッとする。


 ついて行けない俺も表面的にはかしこまっていると、急に左右のオッサンたちが居住まいを正した。正面の一番偉い人も背筋を伸ばす。

 向こうの三人が今度こそ佐藤さんを正面からビシッと見据える。上座のオヤジが口を開いた。

「先方からの申し出は断ることにしよう。あまり待たされても困るが、好きに進めなさい」

 それが最終の結論だったようだ。

 佐藤さんが言葉もなく綺麗に頭を下げる。俺も慌てて横に倣った。




 これで開放かな? と思ったら、急に空気が砕けたものに変わってオッサンたちも笑顔を見せた。

 左側のオッサンが手を叩くと、ずっと待機していたのか襖を引いて仲居さんが姿を見せた……お給料分働くって、大変だな。そして人払いって連絡係は含まれないのか。

 すぐに皿が下げられて茶菓が運ばれてくる。

 右のオッサンが上司に笑いかけた。

「なんにせよ、めでたい事ですな。まさか涼香ちゃんが自分で相手を連れて来るとは思いませんでしたが」

「うむ。だが涼香が選んだにしては常識的な男でよかった」

 上座のジジイも深々と頷く。

「いやいやお父さん、涼香は意外と他人には常識を求めるんですよ。おかしな人間だと自身とバッティングするんですな」

 左手のオヤジの言葉に、急にいつもみたいになった佐藤さんがむくれてみせる。

「もう、お父さんったら! おじいちゃんも荒木さんも酷いよ」

 ……なんか、関係性とか名前に聞き覚えがあるよ?


 ……よそのお偉いさんじゃねえよ!? 上から三人じゃねえかっ!?


 え? いや待て? これ何の商談だったの? 質問ばっかりで接待でさえなかったよね? 自社の会長・社長・専務が揃って来てるって、これ何の話だったわけ!?

 話がさっぱり分からない。但し、おかしなことに巻き込まれているのはわかる。答えを知っているのは……当然、この人。

 俺が佐藤さんを見つめると、視線に気がついた佐藤さんがペロッと舌を出して軽く謝ってきた。

「鈴木君も急にごめんね。人となりを見たいから、細かいことは言うなって言われてたの」

「はあ……あの、そもそも今日のこれは……何の話だったんですか?」

「あー、うん。それはね」

 佐藤さんはすごく綺麗な笑顔でニコッと笑って、俺の胸に人差し指を押し付けた。

「鈴木君のプレゼン」

「……俺、別にプレゼンなんて言えるようなことはしてませんが?」

 商品のアピールどころか、売り込みの一言も言ってないよ? 心理テストの被験者みたいに、ずっと怒涛の質問に答えていただけなんだけど。

「じゃなくて、鈴木君プレゼン」

「……はっ?」

 自由人で気ままで何をしでかすかわからない俺の先輩は、少し詳しく繰り返した。

「いつもは縁談なんて即お断りしていたんだけどね。ちょっと今回はイヤじゃすまない所から話が持ち込まれちゃって……それで腹を括って断るだけの理由を用意しろって言われたから、“他の人じゃ嫌。彼がいいんです”って、急遽鈴木君のプレゼンをやることになったの!」

 エ・ン・ダ・ン?

 いや、その後にも今さらっと重要なことを言わなかったか?

 思考停止した俺に佐藤さんはとても魅力的な笑みで微笑んだ。

「私の相手にふさわしいって、無事に認めてもらえたよ!」


 珍獣おれを見に集まった、我が社のお偉いさんたちも嬉しそうに話している。

「さすが涼香ちゃんが手塩にかけて育てているだけありますな。不意打ちで動転していても社内の情報を漏らさない」

 今のはスパイの選抜テストかなんかか?

「そうですな。考える間を与えないようにしていても、核心の質問も巧い事いなしていた」

 あの質問攻めはそういう意図か……飛びまくる膨大な雑談の中に社外秘を聞いて来るとか、えげつないやり方がさすが佐藤さんの関係者。

 会長も相好を崩した。

「今どきの若いので、これだけ酒に強いのも珍しいな。いくら飲ませても正気を保ちおった」

 はっはっは、我は支店営業部十五神将の中で最弱の存在! ……いや、散々常識外れの飲ませ方をしたのはあんたの孫娘だよ。


 佐藤さんが、数ある縁談を押しのけて俺を婿に選んだらしい。

 非常に重大で俺の人生が変わる話なんだが、急展開過ぎてどうにも現実感が湧いてこない。

 しかし社内の情報を漏らさなかったのはいいとして……それだけの事で、新卒からいきなりマネージャーに据えちゃうほど超かわいがっている佐藤さんを嫁がせてもいいと思うだろうか?

 俺は失礼を承知で、偉い人たちに質問した。

「あの……なぜお、私なら佐藤さんの相手にしていいと? 口の固さだけでは……」

「うむ」

 我が阪本食品工業㈱の会長は、顎を撫でながら俺を見据えた。

「もちろん涼香が君をかっておるとか、機密を漏らさないなどと言う事は最低条件に過ぎない。だが……うむ、最終的にはやはり涼香が気に入っているということは大きいな」

 佐藤家の番頭さんしゃちょうも首を縦に振る。

「全部話したそうだが、涼香ちゃんは聞いての通り大変有能だ。それこそ、出来る男を婿に取る必要が無いぐらいにな。むしろ変に優秀なエリートだと、涼香ちゃんと衝突してしまう可能性が高い」

 後をお父さん専務が引き取った。

「涼香の婿には、この自由奔放過ぎて想定の斜め上を行く娘を理解して支えてくれる相手じゃないとダメだろう」

 お父さん、意外と辛辣ですね。

「我々もその辺りを考慮してどうしたものかと悩んでいた。涼香は結果は出すが天才肌過ぎる。良識人との間に挟まって緩衝材になってくれるパートナーが必要だ」

 常識人ではなくて良識人と来たか。けちょんけちょんに言ってますが、こう育てちゃったのアンタでしょ?

 そしてオーナー会長おじいちゃんが身を乗り出した。

「そこで、君だ!」


 どこで!?


 俺はその一言を飲み込んだ。

 段々話が読めてきた。

「佐藤さん……じゃなくて涼香さんの突飛な行動について行けて、周りと軋轢を生まないように間に入れる人間という事で、私が?」

「うむ。涼香が気に入るのも珍しいが、稲垣君の話を聞く限り脱線しないように上手くコントロールできているそうではないか」

 イナガキ……やっぱり支店長は共犯か。っていうか、佐藤さんに抱き込まれたって言うより会長ジジイの強制かよ!? 可哀そうにな……俺は全然接点のない支店長に同情した。夏まで覚えていたら、お中元は良いのを贈っておこう。

 専務パパさんが力強く頷く。

「まあ今日のは最終的な確認のようなものだ。話を聞く限り、君は涼香にあれだけ振り回されているのにそれでも好意を持っているそうだな。実態を見ていてそれでも引いて距離を取らないとは大したものだ!」

 なかなか親御さんからも好感度高くて恐縮だが、それ俺が“ゲテモノ好き”って言ってるよね? 全然褒められてる気がしない……。

 社長がカラカラと笑った。

「涼香ちゃんはどこで何をするかわからない猫みたいだからな。君という鈴を付ければ我々も一安心だ」

 もうちょっとオブラートに包めや、社長オッサン




 あれだけ緊迫していた面談? がアットホームな雰囲気になって、いかにも大団円という感じだが……。

 俺は和気あいあいとしたその場で、ちょっと割り切れないものを感じていた。


 確かに俺は佐藤さんが好きで、付き合いたいし出来れば結婚したい。

 そうしたら実は佐藤さんにもその気持ちはバレていて、向こうも俺を気に入っていた。

 親御さんたちにも了解が得られて、とんでもない立場の差なのに結婚を許してもらえるという。

 めでたし、めでたし。というわけだ。

 だが。


 ハッピーエンドというには、一つ足りないんじゃないか?


 全部片が付いたような空気の中、俺は佐藤さんに向き直った。

「佐藤さん」

「ん? なあに?」

 キョトンとした顔で、佐藤さんが首を傾げる。

「俺と佐藤さんの結婚を許してもらえるという事なんですが」

「うん!」

 ニコニコしている佐藤さんに、俺は真面目な顔で正面から。

「すでに態度で示しているんで今さらかも知れませんが……俺は佐藤さんが好きです」

「うん、わかっているよ」

 今さら何を言っているのか、と不思議そうな佐藤さんの目をまっすぐに見る。

「で、結婚をうんぬんする前に……まず佐藤さんからも、一言いうべきことがあるんじゃないですか?」

「え?」

 佐藤さんが固まるが、俺は至極真面目に言っている。

「気持ちは一方通行じゃダメですよね? 俺は佐藤さんと付き合いたいけど、便利な男だからでは嫌なんです。佐藤さんもちゃんと、どう思っているのか自分の口から伝えてくれませんか?」

「え? それ、ここで?」

 何事にもマイペースなはずの佐藤さんがあたふたしているけど、俺は追及を止めるつもりはない。

「ちょっ、お父さんやおじいちゃんの前なんだよ!?」

「前なんだからちょうどいいじゃないですか。ちゃんと皆の見ている前でハッキリ言ってください!」

 そう。

 俺の態度は見え見えだったかもしれないが、佐藤さんはいつだって俺を翻弄してばかり。気があるような態度なんか見せてくれたことが無い。

「二年も一緒に仕事してたんだから、鈴木君だって見ればわかるとか……」

「言わなくちゃ伝わらないこともあります! 一緒に仕事なんて言ってたら、営業部で俺より付き合い短い人間なんていないじゃないですか!」

「こう、普段の態度でさあ、その辺りは以心伝心で……」

「何時もトラブル起こしてそれどころじゃないでしょ!? 佐藤さんだってわかるでしょう? 仕事のパートナーと恋愛のパートナーって、親しいの意味合いが違うことぐらい。佐藤さん……じゃなくて涼香さん! あなたの好意がどちらなのか、今ここでハッキリしてください!」 


 佐藤さんとただ付き合えればいいってものじゃない。

 結婚しようと言ってくれているけど、俺への気持ちは実はあやふやなんじゃないだろうか。佐藤さん自身子供っぽい所が多々あるだけに、俺はその不安がどうしてぬぐえないのだ。


 滅多に見せないタジタジの姿を愛でたい気持ちはあるけど、俺はここが勝負どころだと押しまくる。

 外野が「おおっ、あの涼香をやり込めとる」とか「じゃじゃ馬相手に大したものだな」とかやかましいが……そんなものは無視だ、無視。今はとにかく、佐藤さん自身にハッキリ気持ちの整理をつけてもらわないといけない。

「……鈴木君、ドSだよ……」

 普段の先輩風を吹かせている様子が信じられないぐらい、赤くなって戸惑っている佐藤さんが俺を恨めし気に睨みながら小さく言ってくる。羞恥に悶える姿を見ると可哀そうな気もしてくるけど、俺だって人生がかかっているんだから決定的な一言をちゃんと言って欲しい。

 黙って答えを促す。俺が絶対に引かない態度を見せていることで、しばらくワタワタしていた佐藤さんが観念したように肩を竦めた。

 真っ赤な顔で上目遣いに俺を見る。

 そして。


「……わ、私も……鈴木君……唯志君が、好き……です!」


 今まで二年間見続けてきた中で、最高に可愛い顔で。

 佐藤さんは俺にそう告げ、胸の中に飛び込んできたのだった。

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佐藤さんを見てしまう 山崎 響 @B-Univ95

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