閑話 おっさんとプリクラ(後編)

奈緒ちゃんがプリクラを6人分切りに行った待ち時間、私たちはそれぞれに話をしていた。


そんな中、香澄ちゃんが私の服の袖を引くので「どうしたの?」と、私は尋ねる。


「夏樹ちゃん……。ズッ友はフラグだよ?」

深刻そうな顔でそう告げてくる香澄ちゃんに私は首を捻る。


……そうだった。

奈緒ちゃんに急かされて最後に書いた言葉。

それがズッ友だった。


ズッ友が流行った当時からズッ友と言う言葉は長続きしないと言われてきたのを思い出したのだ。


「あ、ホントだ。ごめん……」

書いた言葉は悪い言葉ではないが、どこか不吉だったからとりあえず謝った。


「ううん、冗談だから気にしないで。私達はずーっと友達だもんねー!!」

私が謝ると先程の深刻そうな表情をふにゃりと崩した香澄ちゃんが笑いながら肩を組み頭をくっつけてくる。


その様子を見た風ちゃんが「ずるーい」と、プンスカ怒りながら私に抱きついてくる。


そして美月も私の空いている方の横に立つと、コホンと咳払いをして、「ズッ友じゃないわ。生涯親友よね」と、少し恥ずかしそうに言う。


「それをズッ友って言うんじゃない?」と、私が冷静に突っ込むと、ますます美月は顔を真っ赤にする。


「フラグが立ちそうだったからへし折ってあげたのに……もう、知らない!!」と言って、彼女はそっぽを向いてしまった。


「あー、ごめんごめん!!私達、生涯親友だよ!!ズッ友なんて怖くない〜」

機嫌を損ねてしまった美月の機嫌を取るために私は少し大袈裟に謝る。すると


彼女は恨めしそうな顔で私を見てきて、「ほんとに?」と言ってくるので、私は「ホントホント!!」と大袈裟にうなづく。


女の子になってまで女の機嫌を取らないといけなくなるとは思わずなかったので、私は小さな声で「めんどくさ」と本音が漏れてしまう。


すると、美月はそれを聞き逃さなかった。


「あー、今めんどくさいって言ったぁ〜!!」と、普段のツンデレ美月では考えられないような子供じみた声を上げると、再びそっぽを向く。


妻のご機嫌取りに定評があった私でも困惑するくらいの不貞腐れように困惑しながらも、なんとか美月の機嫌を直そうと、「ちがう、美月!!違うくて〜」と宥める。


その様子を風ちゃん達は苦笑いをしながら眺め、そこに奈緒ちゃんが戻ってきた。


「……あんた達、何してんの?」


「ちょっと奈緒、聞いてよ!!夏樹が、夏樹が……めんどくさいって言ったぁ〜」

今にも泣きそうな声で奈緒ちゃんに告げ口をしようとする美月に私は焦り、「違う、違うくて〜」とオロオロしていると、奈緒ちゃんは美月の頭を撫でながら、「何があったの?」と問うてくる。


事の成り行きをかいつまんで奈緒ちゃんに話すと、奈緒ちゃんは「あぁ〜」と声を上げる。


そして奈緒ちゃんの肩で泣いていた(?)美月を剥がし、彼女の顔を見つめる。引き剥がされた美月の目には涙の跡がある。


「美月、それはめんどくさいわ」

だが、その涙を見てもなお、奈緒ちゃんは美月をズバリ両断する。


「な、なんでそんな……。ひどい!!」

まるで悲劇のヒロインのように顔を手で覆い、奈緒ちゃんに背を向けて泣き始めた。


だがその美月の様子に少し違和感を覚える。


まるで美月のキャラではないのだ。

めんどくさいを言われて心折れてしまうほど、彼女はメンタルが弱いとは思えない。


まるでわざとらしく泣いているようにも見えるのだ。すると、奈緒ちゃんは美月の方を掴んで力づくで振り向かせると、顔を覆っている右手を掴む。


その掴まれた手を見ると少し握り拳を握っているように見える。それを見透かしたかのように、奈緒ちゃんは美月を睨む。


「美月……」


「何よ?」


「分かってるんだからね?」


「……何が?」

奈緒ちゃんに睨まれ、どことなくバツが悪そうな美月は目を逸らす。


奈緒ちゃんはそんな態度の美月の手を捻り上げると美月の手からコロコロと何かが音を立てて落ちる。


「あっ……」

私はその何かを目で追ってみるとそれは目薬だった。


「私に抱きつきながらゴソゴソしてたの、分かってるんだからね!!」


「……ちっ」

奈緒ちゃんの指摘に先程までの弱々しい態度をとっていた美月はコロリと態度を変え不服そうに舌を鳴らす。


「みーづーきー、何がしたかったの〜?」

彼女が何をしたいのか分からないが、私もとりあえず問い詰めてみる。


すると美月は悪びれもせず、腕を組みながらそっぽを向く。


「私たちってズッ友みたいな軽い関係じゃないと思ってたのに、それをあれと同じ言い方で片付けられたのが嫌だったの!!だからちょっと困らせたかっただけよ!!」

そういったままそっぽを向いた美月の横顔が少し赤いように見えて、私はふと笑みが溢れる。


彼女は自分に素直になれない性格なのは知っている。そんな彼女が不器用ながらも本音を零したのだ。


それに私は気付かずにめんどくさいと言った事に後悔をする。そして、私はそっぽを向いている美月の方に歩いていくと、彼女の頭に手を置く。すると美月は驚いたように少し肩を揺らす。


「そうだね、ごめん。私たちは生涯親友だよね、美月……」


「あ、あたりまえよ!!ズッ友なんて言葉じゃ絶対に済まされないんだから!!」

近づいてきた私とは反対に顔を逸らした美月は強い言葉でいう。


彼女にとって素直になれない反面、カースト落ちしてボッチになる不安があるのだろう。


それを知っている私たちは笑顔で彼女を包み込んで笑いあった。



「あの時は……楽しかったな」

私はプリクラに写る照れ臭く私に抱きつく美月と苦笑を浮かべる私を見て独り言をいう。


この時は私たちがここまで大喧嘩をしているなんて思いもしなかった……。


ピンポーン♪

玄関のチャイムが鳴り、ドアが開く音がする。


その音を聞いた私は頭上についた猫の耳が跳ね上がったかのように身体を伸ばすと、「あ、風ちゃんが来た!!」とさっきの気分の沈みが嘘のように嬉しくなり、部屋を飛び出す。


今の私には彼女しか、いないのだ……。

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