閑話 おっさんとプリクラ(前編)
『今、駅に着いたからもうすぐ着くよー』
風ちゃんからのラインを見て、私は嬉しくなりソワソワする。
「あっ、部屋は綺麗かな?」
まるで恋人が自分の部屋に来る直前のような気持ちが湧き上がっている事に全く気づいていない私はふと自室が片付いているかどうかが気になり、急いで確かめにいく。
今の私は風ちゃんに依存しつつある事に実感がない。だからこそ彼女が何を考えて、気にするのかが気になってしまって仕方ないのだ。
だから少しでも彼女に嫌われないようにしないといけないのだ。
自室に戻った私は少し散らかっている部屋を掃除する。この身体になったからなのかは分からないけど、春樹の頃には考えられなかったくらいには綺麗好きになった。
時間があれば片付けをするようになったし、少しでも物が散らかっていると落ち着かなくなった。
だから机の上に転がっているノートや文具類を整えるだけ……なのだが、私はあるものを手に取る。
先程身支度をととのえる際に使った化粧品とティーンズ雑誌だった。
少しでも女子中学生らしく……と思い買ったものだ。春樹だった頃には考えもしなかった代物を慣れた手付きで所定の場所に戻す。
私がティーンズ雑誌に手を伸ばし、本棚に戻そうと持ち上げた瞬間、何かが雑誌の間からひらひらと落ちる。
それに気づいた私は雑誌を本棚に戻して落ちた何かに手を伸ばす。
それは一枚のプリクラだった……。
写っているのは私と風ちゃん、奈緒ちゃんに菜々ナナ、香澄ちゃんと美月の姿が映っている。
この頃の私たちはまだ、笑顔だった。
※
とある休日、私たちはゲームセンターに来ていた。もちろん、ゲーセンだけが目的ではない。
それぞれに欲しい物があり、ショッピングモールに集まったのだが、ひょんな事からゲーセンに行く事になったのだ。
最初はクレーンゲームや音ゲーなどを6人揃って見て回ていたが、プリクラゾーンに差し掛かった時にこう言い出した。
「あ、みんな!!プリクラ、プリクラ撮ろうよ!!」
「いいねぇ〜。6人で撮った事なかったし!!」
奈緒ちゃんの言葉に香澄ちゃんが賛同する。
それを風ちゃんと菜々ナナがにこやかにうなづいている。
「せっかく来たんだしいいんじゃない?みんなで撮りましょ」
冷静なフリをしてノリの良い美月も賛同すると、奈緒ちゃんと香澄ちゃんは「やったー!!」と両手をあげて喜んでいる。
「プリクラかぁ〜」
私はキャッキャとはしゃぐ二人を横目にプリクラの機械を見る。そういえば、私はこの姿でプリクラを撮ったことがない。
春樹だった頃には何回か四季にねだられて撮った記憶はあるが、それはもう20年近く前の話だ。
この若い体とは不釣り合いな年寄りじみた感覚が襲い来るが、最近のプリクラってどうなっているんだろう……。
ふと最近のプリクラがどうなっているのかが気になる。
「じゃ、決まりね!!行こ行こ!!」
と、奈緒ちゃんと香澄ちゃんが先陣を切ってプリクラコーナーを目指す。
「夏樹ちゃんも行こ!!」
二人に続けと言わんばかりに風ちゃんが嬉しそうに私の手を引き、その後ろに美月と菜々ナナが続く。
だが、楽しそうな私たちの行手を挟む文字が私の目に映る。そう、男性のみでの入場禁止の文字だ。
「うっ……」
私はその文字を見て足を止める。
もちろん今は女の子と来ている訳だし、私自身も女の子なのだ。気後する理由はない。
ただ、やはり男性、入場禁止の文字を見るとどうにも入りづらい。まだ男だと言う感覚は抜けていないのだ。
「ちょっと、なんで急に止まるのよ?」
「いや、別に。ははは……」
流石に男性禁止の文字に足がすくんだ事を話す訳にも行かず、私は乾いた笑いで誤魔化す。
「何それ……。ほら、行くよ!!」
美月は呆れた表情で私の背中を押した為、私は否応なく女の子が多く集まるプリクラコーナーへと入っていく。
「ねぇねぇ、どれがいい?」
「これなんかいいんじゃない?」
私が入口でまごついている間に奈緒ちゃん達はどの機械にするか相談をしていた。
その輪の中に私と美月が遅れて入ると、奈緒ちゃんが私を見るなり、「なっちゃんはどれがいいと思う?」と聞いてくる。
……そんなん分かるかーい!!まず、盛るって何!?
苦笑いを浮かべながらプリクラを眺めてみるも激盛りであったりカワ盛りなど謎の言葉が書かれている。
自慢ではないが、去年まではおっさんだったのだ。
プリクラがどれがいいのか分かる訳がない。
「あはは、わからないから任せるよ〜」
「はぁ……じゃあ、これでいいんじゃない?」
再び笑いで誤魔化していると美月が深いため息を漏らしながら適当に機械を指差す。
そこには『超☆極盛り美肌』と書かれたプリクラがあったのだが、やはり盛ると言う言葉がやたらと多い。
……だから、盛るって何よ!?胸?胸なの?このまな板もあのプリクラならおっきくなるの?などと、男のような考えを持つ。
実際には違う事に後から気づく事になるのだが、今の私はまだ盛るの意味がわからなかった。
他の四人も美月の意見に異論はなく揃って美月が提案した機械に入っていく。その後を追い、私も36年生きたうちでも指折り数えるくらいしか入ったことのないプリクラの幕の中に入っていくのであった。
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