第62話 修斗と美月
「ちょっと来て……」
私は修斗君の手を取り、クラスを飛び出した。
クラスメイト達は私たちの姿を視線で追う。
「何かあったのかな?」
「この前まで仲良かったよね?」
など、私達の姿が見えなくなった途端に彼らは先程の静けさが嘘だったかのようにざわめき始める。
もちろん、私達の間に何があったかを噂し合う為だった。
クラスメイト達にとっては仲が良くみ仲が良く見えたであろう私たちが夏休み明けから不仲を匂わせる態度を見せているのだから、噂の的になっても仕方ないだろう。
そう思うのは私の思い上がりだろうかと思いながらも、私は急ぐようにまだ残っている生徒たちの間をすり抜ける。
そして人通りの少ないであろう校舎裏へと修斗くんを連れ出す。
「……で、何。話って?」
私は修斗くんの手を離すと彼に聞こえるように小さな声でつぶやく。
あの日以降の出来事が私の心に大きな壁を作っている事を、彼もそれを薄々感じていたのだろう、どこか戸惑いを隠せない。
ただ振り向くわけでも、受け入れるでもない冷たく言い放つ私にの言葉に彼は、「え、あ……いや……。」と、歯切れ悪く声を出す。
そして、しばしの沈黙の後、「香川……。俺、何かしたか?」と呟く。
私自身、彼を拒絶するような態度は取りたくないとは思っているのだけど、あの日のような態度を取れず、「何も……してない」とやはり不躾だ。
「じゃあどうしたんだよ。花火の日からなんか様子がおかしいぞ?」
「なんでもないって!!」
彼の言葉に振り向きもせずただなんでもないの一点張りを続ける私に業をにやしたのか、修斗君は力づくで私を自分の方に向かせ、校舎の壁に押し付ける。
「じゃあなんで俺を避けるんだ!!」
「ちょ……、離して!!」
あの男たちのような乱暴な力ではなかった……が、両手を抑えられ身動きが取れない私はその手を振り解こうと少し身体を動かしてみる。
けど、解けない。
……やっぱり男が怖い。
徐々に嫌悪感を募らせていく中、彼は重い口を開く。
「あの日からの香川……、夏樹は変だ!!」
「なんでもないって!!気安く名前を呼ばないで!!」
私の下の名前を呼ばれた私は急に全身に鳥肌と不快感を感じ、彼を拒絶する。
そして私の言葉に彼は大きく目を見開くと握っていた私の手を力なく離し、そして……ゆっくりと後ずさって行く。
拘束されていた手が壁から離れた私はハッと気がつき、修斗くんを見る。彼の顔は蒼白に変わり、やがて俯かせる。
……や、やってしまった。
我に帰った私は彼の顔を覗き込みながら「か、加藤……くん?」と声をかける。
すると小さな声が返ってくる。
「……わかった。もう、いいよ」
そう呟くと、彼は私に背を向けて立ち去ろうとする。
「ちょ、ちょっと待って!!」
自分のしでかしたことの重大さを感じた私は加藤くんの手を掴み、慌てて弁解しようとする。
だが、彼は私の手を乱暴に振り解くと足早に私の前から立ち去ってしまう。手を振り解かれた私はただ呆然と、その後ろ姿を見送るしかできなかった。
そして彼の姿が見えなくなってしばらくしてからも、動く事はできず立ち尽くす。
……何をしているんだろう。
自分より二十も年下で、息子のような男の子に対してなんでひどい事をしたのだろう。
後悔が頭の中を巡る。
私のエゴ……、私が俺であった時にできなかった夢を彼に見て、それと同時に息子の影まで重ねてしまったせいで突き放せず、彼の好意をはぐらかし、終いに拒絶した事。そして私がちゃんと説明をしていればこんな事は起こらなかったはずだ。
私が逃げずに話をしていれば……。
人間不信にしてしまう可能性を生じさせてしまった。と思う反面、同時にホッとしている自分がいる事にも気づく。
……彼に話をしたところで何になるんだろう。
私は夏姫ではない。死に損ないのただのおっさんだなんて言ったところで結果は同じだったはずだと、そう……思ってしまった。
その事でますます脳裏にネガティブな感情が巡る。自分の狡さを感じれば感じるほどに、自分を惨めにさせる。
その呵責はどうにか立てていたその足すら踏ん張る事を許さず、力なく地面につく。
しばらくその場で蹲り、何度も良心の呵責と言い訳を繰り返す。
すると、「夏樹ちゃん!!」と言う声がする。
その声の方、修斗くんの立ち去った方に虚な視線を向けると息を切らした風ちゃんが心配そうな表情で立っていた。
「風ちゃん……」
「どうしたの?心配したよ!!」
私に近づいてくる風ちゃんの姿を見て、私の瞳からは一つ、また一粒と大粒の涙が溢れてくる。
「私、私は……」
「夏樹ちゃん、ど、どうしたの?何かあったの?」
大粒の涙をこぼす私の顔を見た風ちゃんは慌てた様子で私に駆け寄ってくる。
(……偽善者!!……最低!!)
その姿を見て、美月と喧嘩した時の最後の言葉がフラッシュバックする。
「私は……最低だ!!」
私がそう言うと、風ちゃんは私を暴漢達から助けた時のように包み込む。
「大丈夫、大丈夫だよ!!」
その言葉一つで今までなんとか声をあげずに耐えていた声を張り上げて……、私は泣いた。
「やっぱり……、無理だ。私、一人になっちゃう。一人は嫌だ……」
泣きじゃくりながら、私の深層にある不安が顔を覗かせる。
男が嫌だとか、女だからなんだとか関係はない。ただ……一人は嫌なのだ。
「大丈夫……。私が居るから、一人じゃないよ……ね?」
そう言って、風ちゃんは私が落ち着くまで頭を撫でる。私は撫でられながら、とある言葉を思い出す。
『大丈夫、あなたは昔から人を思いやることができるから…。うまくいくわ』
中学に行く直前に四季が言った言葉だった。
その言葉は泣きじゃくる私の心に重くのし掛かっていた。
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