第61話 男と女

『おい、春樹!!これ、おもしろいぞ!!読んでみ!!』


遠い昔……いつだったか私は親友だった男、佐山秋樹と一緒に行った図書館での事だった。


彼が本棚から持ってきたのは一冊のラノベ。

そのラノベのタイトルは忘れたけど、表紙の中心には可愛い女の子がいて、その周りを女の子が数人、楽しそうに笑っているイラストだったのを鮮明に覚えている。


そのラノベを秋樹が借りて、俺たちは回し読みした。


内容は女の子になった男子高校生が女子に囲まれながらも戸惑いや葛藤を乗り越えて楽しく過ごしていくと言う話だったと思う。


いわゆるハーレムものの様な作品で、彼が今の私と似た様な境遇を書いたものだった。だけど、その作品と私の2回目の人生は似ても似つかないものだった。


それは男達の持つ欲望にも似た設定の彼が、今までとは違った毎日を面白おかしく書いているのだ。

そこにはリアリティーが抜けていたのだ。


もちろん、これは話の中の世界だ。現実とは違う。

そこには嫉妬もなく、依存や独占欲にも似た感情は欠如している。


ましてや体調に関しての気分の浮き沈みなんてあろうはずがない。そんな話は誰だって読みたくない。


だけど私は違う……。

私は物語の主人公でもなければ、体調を崩さないアニメキャラクターではないのだ。


ラノベの様に現実を受け入れられず、アニメの様に一定のキャラクターとして生きてはいない。


周囲の環境に戸惑い、感情の起伏が激しいただの人間なのだ……。


そう、美月と喧嘩をした時もそうだった。

美月の言葉に無性に腹が立った理由が、その夜に……分かったのだ。


その夜、私は生理になったのだ。

生理前はホルモンバランスが乱れ、不快感や苛つきを覚える女性も多いと聞くが、私もそうだったんだろう。


まして、生理は私に今は女だと言う事実まで突きつけてくるのだから余計に感情が荒れたのだ。だから私や風ちゃんを否定した彼女を許せなかったのだ。


そして美月と喧嘩をして何日かが過ぎた。

その間、私と美月は一切口を聞く事はなく互いに距離をとって過ごした。


もちろん自分から謝る事はできたはずだし、私は大人なんだからいつまでも美月とツンケンしたままでいるわけにもいかないのに、私は謝らなかった。


……いや、本当は分かってはいた。喧嘩の原因が自分にある事も、自分が美月に対して酷いことを言ってしまった事も分かってはいたのだ。


だけど今の私の味方である風ちゃんとの関係を否定し、最低だと罵った彼女を赦す事ができなかったのだ。


だからこそ今は美月が謝ってこなかったら謝らないという意地が私達に溝を作る。


その様子に風ちゃん達も気づいた様で、私と美月に対して、「何があったの?」と気まずそうに聞いてくる。

それに対して私達は、「別に……」というだけだった。


私達がそんな返事しかしなかったから、風ちゃん達もただただ戸惑うだけで、学校では一応は6人で一緒に過ごしてはいるものの、美月と私には会話はない。


そして放課後になると私と風ちゃんと奈緒ちゃんは美月達と別々に帰る事が徐々に増えていった。


もちろんその事に対しても菜々ナナと香澄ちゃんは戸惑いながらも美月について行く日々が続いた。


そして喧嘩から1週間が過ぎた今日の放課後、事件は起こった。それはとある生徒が発した一言から始まったのだ。


「夏樹ちゃん、帰ろ〜」


「うん、帰ろ!!」

いつもの様に風ちゃんが私と一緒に帰ろうと隣の席のから声をかけてくる。


そんな風ちゃんの声を聞いた美月が、自分の席から冷たい目でこちらを見てくる。そんな視線を感じながらも、風ちゃんの言葉に私は嬉しそうに立ち上がる。


「香川さん、いる?」


「し……加藤君……」

突然、教室の前のドアの方から男子が私を呼ぶ声が聞こえてくる。


その声の方向に顔をやると、修斗君が立っていた。

彼と会うのはあの花火大会以来だった。


あの日から私と修斗君はすれ違った。

夏休みが終わり、彼は中学の部活を引退した。


その引き継ぎや自主練に参加する為にサッカー部に顔を出す事が多く、すぐに会う事はなかった。


その上、私が男性に恐怖を抱いた事による意図的に避けるようになり、今の今まで話す事を避けてきたのだ。


「香川……、ちょっといいか?」


そう言いながら、私の方に向かってくる加藤君に対して、クラスの女子達が「きゃーっ!!」と、黄色い声を上げる。


さすがは学年一の人気者だ……とは思っていたけど、どうやらそれだけではなさそうだ。


そのもう一方の女子の視線の先には私がいたのだ。

おそらく、恋愛に興味深々な彼女達の中では私と加藤君は付き合っているとでも思っているのだろう。


だが、そんなクラスの雰囲気をものともせず、真剣な眼差しで私の方に歩いてくる修斗君をただただ身構えていると彼は私の目の前に立つ。


「話があるんだ」


「何?」

彼の真剣な言葉についつい顔を逸らしてしまう。


「この前の事なんだけど……」


……やっぱりか。


分かっていた事だけど、何を話せばいいんだろう?真実を伝える訳にはいかないし、花火大会の件もあるから無下にもできないはずなのに、私は冷たくあしらう様な態度を取る。


正直あの日の自分はどうかしてた……と思っている。


彼自身の事は嫌いじゃない。

あの日の彼の行動に浮かれていたのは事実だった。


それこそこの体……女の本能の為なのか、弱くも脆い自分の精神のせいなのか、それとも夏祭りの場の空気のせいなのかはわからない。


ただ、そんな甘ったるい空気に酔いしれていた私を花火は現実へと引き戻したのだ。


トラウマが……、花火の火花が……あの一瞬でも輝いていたあの時間を奪った。それは私にとっては心苦しくも救いになったが、彼にとって意味が分からなかっただろう。


だが、彼は知らない。


香川夏樹が本当は天使の皮を被った化け物だと言う真実を知らず好意を持っている事をしるよしもない。


知らないまま……、訳の分からないまま避けられた彼が不安を覚えても仕方のない事だろう。


不安を隠しきれない彼と冷たく当たる私と言う、その中学生らしがらぬ異様な光景にクラス中もさっきと打って変わって息を潜める。


校内一と噂される美男子と美少女の今までとは違ったやりとりに何があったのかをひそひそと小声で話し合う者もいる。


それこそ中学生の狭いコミュニティの中での男女の軋轢は悪い方へと話は向かう。それが嫌だったから彼を避けていた。


だが、彼が押しかけてきた以上は話をしなければならなかった……。

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