第59話 親友とうわべ

私がトイレを済ませてゲームセンターから出ると、風ちゃんが二人の男に囲まれているところに遭遇する。


風ちゃんにナンパをしている男達を見ると若いように見えるが、それでも中学生をナンパするか?と思ってしまう。風ちゃんを見ると仕方がないと思ってしまう。

風ちゃんは背が低く、可愛らしい顔をしているのだけど発育がいいので中学生には見えなかったんだろう。


「あ、風ちゃんを助けないと!!」

中学生に言い寄る男達に呆れながらも、私は風ちゃんを助けようと、足を一歩踏み出す。


が、自分の細い足を見て愕然とする。

この体のように小さく華奢で力もない今の自分で風ちゃんを助けることができるのかという疑問が浮かんだのだ。


この身体で男ふたり相手に立ち向かうことは絶対的に不可能だ。

私が二人の男の前に立ちはだかったとしても、逆に私まで捕まってしまうだろう。


春樹の体であれば少なくとも風ちゃんを庇い逃すぐらいはできたのに、それすらできないのが情けなく思ってしまう。


周囲にいる大人に助けを求めるか……。


私は誰か助けてくれそうな人を探してみるが、そうはいない。

人間誰しも事なかれ主義で、女の子が困っているとしてもそう簡単に助けてくれる人はいない。


「や、やめてください!!」


そんなこんなをしているうちに男の一人が戸惑っている風ちゃんの手を掴もうとしている。嫌がる風ちゃんの声を聞いて私は風ちゃんを助けに行くこと意を決する。


「ちょっと、やめてください!!人を呼びますよ!!」

早足で3人の間に割って入り、風ちゃんの手を掴んでいる男に対して私は手を掴んで男の顔を睨みつける。


「ああん、なんだお前は?」


「夏樹ちゃん!!」

男が私を見下すように睨みつけてくる。


今の私よ20センチ以上背の高い男達の目線に私は怯んでしまうが、それを見せないように睨むことをやめない。


「中学生相手に何やっているんですか?」


「なんだ?この子のアマは……。」

手を握られている男は不服そうな表情を浮かべているが、もう一人の男がその男の方を持ち、何かを耳打ちする。


「(おい、この女もかなりいいんじゃねぇか?)」


「そうだな……。」

その言葉を聞いた男が私の上肢を一瞥して頷き、いやらしい笑みでこちらをみる。


……手が震える。

その視線に嫌悪感を感じ小刻みに身体を震わせながらもひたすら恐怖に耐える。


そんな様子を見た男は風ちゃんの手を離して私の手を掴む。乱暴に掴まれた手が私の細い手を強く掴む


きつく握られた手を振り払おうとするが、私の抵抗に男の手がますます力を込めてくるので振り解けない。


「暴れんなよ。俺たちと遊ぼうぜ!!」


「あ……、痛っ……。」


「な、夏樹ちゃん!!」

男に手をひっぱられて痛みに顔を歪ませる。その顔を見て風ちゃんが焦った顔で私に声をかけてくる。


だが、そんな私達の事などは構いなしに手を引っ張ってくる男に反抗してみるけど力では敵わない。私は徐々に手を引っ張られていく。


「は、離して!!」

自分が抵抗しても敵わないほどの力で私の腕を引く男に声をあげながら必死で抵抗する。


……怖い。


情けなくも力なく弱い今の自分が憎らしい。

仲のいい友達も守れないということだけでなく、この体になって初めての外的な恐怖が脳裏によぎるっている事実に愕然とする。


「や、やめてください!!」

しばらく腕を引かれていた私をただ呆然としていた風ちゃんが急に大きな声をあげると、私の腕を掴んでいる男目掛けて走り出す。


そして、どん!!という音とともに男の体を突き飛ばす。

咄嗟のことで体を押された男は、体勢を崩して私の腕を離し、その隙に風ちゃんは私の手を掴んで男たちのいない方向へ向かって走り出す。


「何しやがる!!」

風ちゃんの行動に逆上した男たちが逆上し、俺たちを追って走り始めた。

男の走る速度を考えると、私たちはすぐ捕まってしまうだろう。


その危険性を考えたのか風ちゃんはゲームセンターを過ぎた道を左に曲がる。

そんな風ちゃんに腕を引かれながら、この身体になって初めて全力で走る。


息絶え絶えになりながらもながらも必死で走り、私たちは細い路地に体を滑り込ませて息を潜めていると、彼らは「待てこら!!」と言いながら私たちの隠れている路地を通り過ぎる。


私たちはそこでしばらく息を潜ながら、上がった息を整えつつ彼らが諦めるのを待つ。この身体に起こった恐怖体験と、この身体になって初めて全力で走った高揚感で呼吸がなかなか整わないなか、私は横ではぁはぁと息を整えている風ちゃんの顔を見る。


「はぁ、はぁ……。ふ、風ちゃん。大丈夫?」

弾む呼吸でいまだにはっきりとしない意識の中、私は風ちゃんに声をかける。

あまり運動が得意ではない彼女も苦しそうに息を整えていたが、私の声を聞いて私の顔を見てくる。


「ふ、風ちゃ……。」


「大丈夫じゃないわよ、夏樹ちゃんのバカ!!」

険しい表情を浮かべる風ちゃんの表情に戸惑った私の声に彼女は急に怒鳴る。

普段温厚な風ちゃんが、ここまで怒気を含めた感情の出し方を今まで見たことはない。

だが、なぜか彼女は今怒っている……。


その理由がわからないまま、私は彼女の迫力に後ずさりながら、「どうしたの……?」と訳を尋ねる。


すると、風ちゃんの怒りの表情の中から一雫の涙が溢れ落ちる。


「なんで……、夏樹ちゃんはいつも私を守ろうとするの?」


「えっ?」


なんでって言われても彼女は私の友達だからに決まっている。それ以外に何があると言うのか……。

彼女の言葉に戸惑った。


「なんでわかんないの!!今だって怖かったくせに、なんで無茶をしてまで私を庇おうとするのよ!!」


「それは風ちゃんが私の親友だから……。」


「違うわ!!今の夏樹ちゃんにとって私は弱いだけの存在なのよ!!」

風ちゃんは泣きながらも、はっきりとした言葉で私に詰め寄る。


その言葉に私は息を呑み、そして項垂れる。

なぜ息を呑んだのかと言うと、彼女の言葉に思い当たる節があったのだ。


私にとって、彼女は親友だ。

親友だと思っていた。


その一方で彼女のことを頭のどこかで子供だと思っているのだ。それは間違いではない。

身体は別として、本来なら彼女は冬樹となんら変わらない子供なのだ。


そんな子を守らないといけないと言うのは今の今までは思っていても仕方がないとは思う。


だが、そんな守るべき対象であった彼女に助けられた。今の自分の弱さと、かつての俺では考えられなかった男というものの恐怖に対して何もできず、そして彼女に助けられたのだ。


その事実により、いかに今の自分が彼女の事をうわべだけで親友と言っていたのかと思う。


親友とは一方的に助けるだけが親友ではないのだ。

それをかつて秋樹が教えてくれたのに、私は忘れてしまっていた。


「夏樹ちゃん……、私は夏樹ちゃんの事が大好きだよ。この気持ちがなんなのか分かんないけど、親友として夏樹ちゃんに傷ついてほしくない!!」

瞳いっぱいに大粒の涙を溜めながら、彼女は私を抱きしめてくる。


中学生にしては豊満な胸が項垂れた私の頭に当たる。以前ならセクハラ案件などと思っていたが、今は何も感じない。

むしろ、彼女の豊満な胸に包まれた事で安心してしまっている。


「少しは私を頼ってよね……。頼りない私だけど、助け合う事はできるから……」


私を包み込む身体は小刻みに震えていた。

それも当然だ。彼女も同じ恐怖を味いながらも、

勇気を振り絞って助けてくれた。


そんな彼女を私は抱きしめた。

そこに他意はない。彼女の言葉にどんな意味があろうと、私を親友と呼び、助け合う事ができる彼女の行為に答えただけだ。


私は大人だったという事実により、うわべだけで彼女に親友と騙っていたのかもしれない。

それが今日、本当の親友と呼べるようになった気がした。





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