第58話 映画とフィクション

土曜日、私と風ちゃんは2人だけでお出かけをした。


映画館のある商業施設でウィンドウショッピングを兼ねて風ちゃんがおすすめする映画を観るためだ。


風ちゃんと2人でのお出かけは初めてで出発前は何をすればいいか分からなかったけど、いざ会ってみると特に構える必要はなかった。


彼女にとってどうかは分からないけど、これはデートではないのだ。2人仲良く服を見たり、本を見たりと女の子同士が普段するような遊びをすればいい。


ただ、それでも風ちゃんは私に腕を絡ませてキャッキャとはしゃいでいる。

それに対して戸惑う事なく自然体で過ごせている自分に驚いた。


若い女の子に抱きつかれて喜ばなくなっているのだ。

もちろん、私が春樹だったからと言って喜ぶかと言われるとそれはない。


親子程に歳の離れた少女に抱きつかれて喜ぶようなロリコンではないのだけど、悪い気はしなかっただろう。


ただ今は戸惑いなく自然とくっ付いて歩くことができている事が心まで女の子になっている証明にもなってしまっている。


修斗くんとの花火での出来事を思い出してしまうと、あの恥ずかしさに似た感覚が今はないのだ。


ここで平然とできている事自体が今の性を嫌でも認識させられ、事実と真実の乖離が明確になる現実に嫌気が差す。


そんな事はつゆ知らず、風ちゃんは嬉しそうに私の腕を引っ張って歩いていく。


辿り着いたのは映画館だった。

今から中高生に人気の恋愛映画を2人で見る予定なんだけど、私は正直うんざりしていた。


昔から恋愛映画は苦手で、四季とも何度も映画館に足を運んだが途中でよく寝てしまうため、怒られていた記憶がある。


過去の記憶が呼び覚まされるとともにどこか寂しい気持ちになってしまう。

あの思い出は泡のようにはかなく消え去ってしまい、既に過去のものとなった。


一般の人からすればそれ自体は普通の過去に過ぎないのだろうけど今の私にとってはどうなのだろう……。


楽しかった過去との決別を経た私にとって夏樹と呼ばれる少女には似つかわしくない春樹として今の生活はの過去が私の心に重くのしかかる。


が、過去を引きずっていても仕方がないので気持ちを切り替えて風ちゃんが買ってきたチケットを受け取ると、一緒にポップコーンと飲み物を買って劇場に入っていく。


薄暗い劇場に私たちは指定された席に向かって歩いていき、それぞれチケットに指定された席へと着く。


「夏樹ちゃん、楽しみだね!!」

私の顔を見ながら目を輝かせる子供ほど歳の離れた同級生を見てほっこりとした気持ちになりながら、映画が始まった。


暗闇に映像が映し出され、主役の男の子とヒロインの女の子が初めて会うシーンから話は始まっていく。

彼らが義理の兄妹となり、思春期ならではの葛藤と恋心を抱きつつ、周囲との関わりとの中でいずれ恋人になっていく話だった。


私は最初眠ってしまいそうになりながらも、必死に観ようと目を見開き、風ちゃんを見ると目を涙ぐませて輝かしく映し出される映像を見ていた。


そんな彼女のどんなことでも感動できる汚れのなさが羨ましく思いながら、それをとうの昔に失ってしまった自分に嫌気がさしてくる。


体は若くとも思考までは決して若返ることはないのだ。

すいも甘いも味わってきた自分にはドラマや映画は所詮フィクション……作り物にしか見えないのだ。‘


それこそ今の自分の方がよほどフィクションで、よくできた物語のようだと思ってしまう。


だが、この映画は違った。

終盤で義兄が暴漢に襲われた義妹を助けるために彼女の前に立ちはだかり、大怪我を負ってしまうのだ。


他人だからという理由で義兄を嫌っていた彼女はその行動に胸打たれ、彼を好きになり結ばれるというチープな映画だった。


……はずなのに、今の自分になぜかくるものがあった。


家族なのか他人なのかわからないまま共に過ごす彼女たちの戸惑いや軋轢になぜか感情移入をしてしまい、一雫の涙がこぼれ落としてしまう。


それこそ、他人を家族として持つことの難しさを知っているからこその涙だったのだとは思うが、まさか自分が映画で泣いてしまうとは思わなかった。


歳のせいなのかこの体になったからなのかはわからないが、どうやら涙腺が緩んでしまったようだ。


そんな私を尻目に、風ちゃんも隣で号泣していた。

ラストシーンでは肘おきに置いた私の手に風ちゃんが手を重ねてくる始末だった。最初は驚きはしたものの、やはり何も感じずに重ねた手を握り返していた。


「はぁ〜、感動したね。夏樹ちゃん!!」


「うん……」

映画も終わり、涙を拭きながら映画の感想を口にする風ちゃんに私はただ頷いて聞いていた。


私たちは映画の話をしながら映画館を後にし、エレベーターに乗って下の階に降りていった。


その後、買い物を済ませ駅へと向かう道中、私は突然の尿意に襲われる。

風ちゃんは映画を見終わった後にトイレへ行っていたのだけど、私は尿意を感じなかったので行かなかった。


「ごめん、風ちゃん。私もトイレに行きたくなっちゃった。」


私は風ちゃんに手を合わせると、彼女は「もぉ〜、だからさっき行っておけばよかったのに〜」と、呆れたように言う。


確かに2時間も映画を観ていれば自然と尿意も湧き上がるであろうが、やはり心のどこかで女の子と一緒にトイレに行く事を躊躇ってしまっているのだ。


私は風ちゃんに謝ると、トイレを求めて街を歩き出した。


コンビニは何軒かあったが街中のコンビニはトイレを開放していないところもあり、行けなかった。


仕方がないから別のところを探してみるが、目に見えるのはパチンコ店だけだった。


トイレくらいなら貸してくれるだろうが、流石に未成年で入るのは気が引けたので、もう一度歩き出してゲームセンターを見つけた。


「ごめん、ちょっと待ってて!!」

私は限界に達した尿意に耐えきれず、風ちゃんを店の前に置いてトイレへと急行する。


店内の女子トイレへと駆け込むと、履いていたスカートを捲し上げて我慢していたものを放出する。


……こういう時にスカートって楽だよね。

などと手を洗いながら男では経験しなかったしょうもない解放感を感じつつ、トイレを後にする。


そして風ちゃんに電話を掛ける……が繋がらない。


尿意に焦っていたから待つ場所を決めていなかった事を後悔しつつ風ちゃんを探して店外へ出ると、風ちゃんが2人の男に声をかけられているところに遭遇してしまった……。

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