第57話 機微と依存心
私は足早に保健室へ向かって行った風ちゃんが心配になり、授業が終わるとすぐに保健室に向かって行った。
「失礼します!!」
保健室にたどり着いた私はノックをし、保健室のドアを開ける。
すると、目の前には嶺さんと俯いた風ちゃんが机越しに座っていた。
「来た。ほらね、言った通りでしょ?」
嶺さんの言葉に、風ちゃんは俯いていた顔を上げ、こちらを見る。
その顔を見るに目の周りが赤くなっていて、泣いた形跡があった。
「大丈夫、風ちゃん!!朝から元気がなかったから心配してたんだよ?」
風ちゃんの様子に慌てて駆け寄ると、風ちゃんは再び涙目になり、私に抱きつく。
「ごめんなさい……夏樹ちゃぁん!!」
「ど、どうしたの?風ちゃん!!」
さっきとうってかわったように泣き噦る彼女に私は慌ててしまう。そんな私を見て、嶺さんはからかうように笑いはじめる。
「この子ね、あなたと花火を見にいきたかったんですって……。」
「えっ?」
「ちょっと、羽佐間先生!?」
涙ぐみながら顔を真っ赤にする風ちゃんが慌てて嶺さんの言葉を制する。
「そうなの……?」
嶺さんの言葉に私は風ちゃんを見る。
すると、風ちゃんは黙ったまま俯いてうなづく。
「うん。だから断られた時はショックだったの。だけど、奈緒ちゃんたちが誘ってくれたから一緒に行ったの。」
「奈緒ちゃん達?」
「秋保さんや菜々ナナさん、あとかすみちゃんと……。」
風ちゃんの言葉を聞いて私は嬉しくなる。
いじめていた3人と風ちゃんが打ち解けようとする姿が目に浮かび、彼女達の成長が目に見えたからだ。
「……でも、気分が悪くなって先に帰っちゃったの。夏樹ちゃんにも素っ気ない態度をしちゃったし、また嫌われないかなって思って……。」
「そんなこと……。」
無いよと否定の言葉が喉の奥から出かかるのを、私は飲み込む。
「大丈夫……、あの子達も多分心配してるよ。気分が優れない時は誰にもある事だから。」
「夏樹ちゃん……。」
風ちゃんは再び私の顔を見上げて、不安そうな面持ちで私の名を口にする。
弱った時の彼女の孤立に対する恐怖は一朝一夕では治らないだろう。だからこそ、こっちも彼女の言葉を否定せずに肯定的に励ます。
「それにあの子達がまた風ちゃんをいじめるようなら、私がまた何とかするから心配しないで!!」
自信満々に彼女を安心させる言葉を投げかける。
しかし、彼女の表情は浮かない。
その表情はまるで私の内心にある不安を感じ取っているかのようだった。
私は彼女の親友だと思っている。
だからと言って彼女のそばに生涯いるわけじゃない……。愛を誓いあった夫婦だっていずれは別れてしまう時が来るのだ。
それを身をもって知っているからこそ、本当に彼女に強くなって欲しい。ただ、先ほども言ったようにそれは今じゃない……。
「じゃあ、こうしよう!!今週の日曜日……いや、土曜日にどこか遊びに行こう。昨日のお詫びに!!」
別にお詫びをしないといけないほど悪いことをしてはいない。
ただ、私の話を聞いた彼女の表情がそれを聞いて少し明るくなる。
「ど、土曜日?二人で?」
「えっ?」
別に二人が嫌なわけではないのだけれど、他の4人も一緒に行くものだと思っていたから、私は彼女の言葉に戸惑いを覚える。
ただ、彼女が目を輝かせているのを見ると、全員でと言うわけにもいかず、「分かった……。」と苦笑をしながら告げる。
すると風ちゃんは流していた涙を拭って、立ち上がる。
「羽佐間先生……。もう大丈夫です、ありがとうございました。」と言ってペコリとお辞儀をして保健室から出て行く。
その態度の豹変ぶりに呆気に取られた私と嶺さんは顔を見合わす。
「じゃ、じゃあ私も……。」
「待って、夏樹ちゃん!!」
苦笑を浮かべて保健室から出て行こうとする私を嶺さんは呼び止める。
私が振り返ると、嶺さんは真剣な表情でこちらをみている。
「今回の原因は何かわかるかしら?」
彼女の言葉の意味を私は知っている。
おそらく私が風ちゃんの誘いを断って修斗くんと花火大会に行ったことが原因だろう。
もちろんそれは責められることではないし、間違ったことはしていない。ただ、タイミングが悪かっただけなのだから。
「……はい。分かっています。」
彼女はいま、私に対する依存心が強い。
その事は側から見てもわかる事だろうし、今の私が一番よく知っている。
「じゃあ、どうしてあげればいいか考えてあげなさいよ?」
「はい。」
……私を誰だと思っているの?
嶺さんの言葉に心の中で呟く。
なんせ私はすでに36年も生きた中学生なのだ。
多少なりとも人の心の機微は理解しているつもりではある。
ただ……。
「さすがは夏樹ちゃんね……。人生経験が違うわね。あなた、将来精神科の先生になってみたら?」
嶺さんの言葉に私は微笑して、嶺さんに背を向けて保健室の入り口に足を運ぶ。その最中……。
「そんなんじゃないですよ……。」
保健室から一歩出たところで私は足を止める。
その様子を頭を捻りながら見ていた嶺さんに顔を向けで私は笑顔で答える。
「私は……あの子の親友だからです。」
そう言って、私は風ちゃんを追って足早に保健室を後にする。
私が出て行った後、答えに満足したのか嶺さんはゆっくりと嘆息し自分の仕事へと戻って行った。
教室へ戻る最中、私は風ちゃんの今後について考える。
私への依存心が強いなら、他へ目を向ける方法を探すのが一番なのかもしれない。ならば協力者が必要だ……。
放課後、私はある子にその役目を任せる為に彼女と話をして了解を取り付ける。
焦っている気もするが、決戦は土曜日なのだ……。
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