閑話 久宮風の恋心と嫉妬心

夏樹ちゃんは私の腕の中で気を失っている。

その顔を見て、私は恐ろしくなった。


強いと思っていた彼女がこんなにも脆いものだとは知らなかった。


私が勝手に強いと思い込んでしまったのを後悔する。記憶喪失という悲劇に見舞われてなお強く生きようとしていた彼女に甘えすぎていた事に後悔しながら、それでも私を守ろうとしてくれた彼女を抱きしめる。


……愛しい、切ない。

胸の鼓動がいう事を聞かない。

彼女を見つめながら、私はひとつの結論に至った。


……私は夏樹ちゃんが好きなんだ。


校舎の屋上に奈緒ちゃんと先生方が集まり、そして夏樹ちゃんは保健室に運ばれて行く。

その姿を私はただぼーっと見ていた。


この件をきっかけに、秋保さんたちのいじめが発覚し、彼女達はしばらく停学になった。


私はというと、しばらくの間はまた保健室に通った。強くなると決めていても、渦中の人間に対しての風当たりは冷たい。

だから中間テストも保健室で受けた。


「久宮さん、月曜日に夏樹ちゃんが退院するからね!!」

仕事をしながら私に羽佐間先生が話しかけきた。


「本当ですか!!よかった……。」

私は先生の一報に喜んだ。

しかし、彼女が来たからと言ってもすぐにクラスへ戻る事は出来なかった。


秋保さんたちも停学が明けてクラスに戻っているし、何より夏樹ちゃんに顔を合わせることができなかった。


月曜日になり、私はやはり保健室にいた。

夏樹ちゃんが好きな気持ちに整理がつかなかったからだ。


すると、その日夏樹ちゃんが七尾さんと井口さんを連れてきた。


彼女達は私に謝罪に来たのだ。

そこで夏樹ちゃんは自ら頭にある手術跡を見せて、過去を語ってきた。


彼女の中にある葛藤や不安、そして孤独を打ち明け、それでも友達になってくれるかを問うてきた。


彼女の顔は不安で満ちていたが、私にとって彼女は1人しかいない。

彼女が全てを否定されても私は彼女を守りたい。


「…だちでしょ?」

自然と聞こえないほどの声が出る。

感情の高ぶりが収まらず、涙が流れる。


「私達は会った時から友達だよ…」

私は泣きながら抱きついた。

好きとか嫌いとか関係なく、ただ……私より小さな彼女を抱きしめ、耳元で、「…これからも、ずっと親友だよ…」と呟いた。


その声を聞いた夏樹ちゃんは私の頭を撫でると、私から離れて真剣な表情で私を見つめる。


「じゃあ、親友からお願いがあるの。」

そう言うと、彼女は外にいる二人を見る。


「彼女たちとも友達になって欲しいの。すぐには許せないかもしれないけど、あの子達はあなたに謝りにきたの。それだけは受け入れてあげて…」

夏樹ちゃんの言葉に私の思考は停止する。


私をいじめていた奴らとなんで友達にならないといけないの?

頭の中でぐるぐると負の感情が渦巻く。


七尾さんや井口さんが謝ってくるのは聞こえていたけど、脳内はそれを受け入れる余裕がない。


『一人になりたくないよ……』

ただ、夏樹ちゃんの言った言葉が脳内に響き渡る。


誰も一人にはなりたくない。人は決して強いものではない。

命を賭した手術で体すら変わってしまった彼女が不安に陥るのは当然だ。


「…許せるわけないです」

私は考えた末に答えを口にする。

それを聞いた2人はショックを受けた表情を浮かべる。

だけど、私の話は終わっていない。


「だけど、夏樹ちゃんの秘密を知ったあなた達には私と一緒に夏樹ちゃんの友達になってもらいます。許すのはそれからです!!」

彼女たちには私と一緒に夏樹ちゃんを守って欲しい。その一心で私は答えを口にする。


その答えになつきちゃんは驚きの表情を浮かべ、いじめっこは涙ながらに「もちろん!!」と言って夏樹ちゃんと友達になった。


私にとっても、彼女にとっても喜ぶべきことなのに、いじめっこ二人に抱きつく夏樹ちゃんを見て少し胸がざわついた。


それから、秋月さんとも和解を果たした私は夏樹ちゃんの家で友人となったいじめっこたちや奈緒ちゃんと一緒にお泊まり会をしたり、修学旅行に行くなど、今までの生活が嘘だったかのような日々を過ごしていった。


この楽しい日々は夏樹ちゃんがいてくれたから……。

そう思うと、私の彼女に対する好意はますます強くなった。


だけど、修学旅行の最中に私は見たくもないものを見てしまう。


クラスメイトたちの策略で置いてけぼりにした夏樹ちゃんと学校でも有名な男の子がいい関係になるとは思っていなかった。彼に背負われて満更でもない彼女に私は嫉妬のような感情に襲われてしまう。


彼女も私も女の子なのにこの感情はなんなんだろうと戸惑ってしまう。


だけど、私の気持ちをよそに彼女とその男の子はどんどん近づいていく。


そんなある日、私は夏樹ちゃんを花火大会に誘ってみた。

しかし、彼女は用事があると言って私の誘いを断った。


用事があるのは仕方がないと思うんだけど、どこか心がモヤモヤする。


……男の子だったらどうしよう。

考えても仕方がない不安に襲われながらも、私は奈緒ちゃんたちを誘う。


花火大会当日、なつきちゃんを除いた5人で花火大会に繰り出していると、私の不安は的中した。


浴衣姿に着飾った夏樹ちゃんと男の子の姿がそこにあった。


夏樹ちゃんのかわいい浴衣姿を見れて嬉しいと思ったのも束の間、私は2人の楽しそうに歩く姿を見てショックを受ける。


「あ〜、なっちゃんと加藤くんじゃん。あの2人、いい感じだと思っていたけど、やっぱり付き合ってるのかな?」

奈緒ちゃんが私のとどめをさすような一言を口走る。


それを聞いた私は自分の中に渦巻く黒い感情が生まれてくるのがわかる。彼女が誰と付き合おうと、私には関係がない……はずなのに、嫉妬心を抱いてしまう自分に嫌気が差してしまう。


「奈緒ちゃん、ごめん、私帰る……。」


「ど、どうしたの?風ちゃん!!」

私が帰ることを告げると、奈緒ちゃんは驚いてこちらを見る。


「気分悪くなっちゃった……。ごめんね、みんな……。」

と言って奈緒ちゃん達と別れ、私は人混みの溢れる花火会場を後にする。


「行っちゃった。あの子、大丈夫かしら。夏樹にべったりだからあの光景は辛いのかしら?」

私が去ったあとに美月が私のことを心配そうに話し始める。


「うん、心配だよね。」

奈緒が美月の言葉に同意した瞬間、ニヤリとした顔つきに変わる。


「けど、美月もそうじゃない?普段はツンツンしてるのに夏樹の前ではデレっとするとことか……。」


「な、何よ!!私がいつ夏樹にデレデレしてるのよ!!」


「ふーん、気付いてないんだ。美月って結構ツンデレだよね。今もそうだけど。」

にちゃあ〜と揶揄うように笑う奈緒に美月は顔を真っ赤にする。


「だ、誰がツンデレよ、誰が!!」


「今はツンだけど、私達に何かあると真っ先に心配してくれるところとかねぇ、菜々ナナ、香澄?」

奈緒が同意を求めると、2人もウンウンとうなづく。その言葉を受けた美月はアングリと口を開ける。


「あと、美月って完璧そうに見えて実はポンコツですよー。」

菜々ナナの援護を受けた奈緒はそのネタを皮切りに美月いじりが始まっていた。


一方、早々に電車に乗った私は自分の中に生じた嫉妬心に苦しむ。どこでこの気持ちを切り替えればいいか分からず、結局家に帰っても悩み続けた。


その結果、私の中に一つの答えに行き着く。


……こんなに苦しむなら1人の方が良かった。

その心は行動にも現れていた。

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