閑話 久宮 風の讒言と否定
私が教室に通うようになって、クラスの雰囲気が変わった。
夏樹ちゃんや奈緒ちゃんがいつもそばにいてくれるから虐めをしようにも二人に守られて私に付け入る隙がない。
他の生徒とのコミュニケーションはあまりないけど、2人がいるだけで私の生活は一変した。
徐々に私にも笑顔が増えていった。
だけど、それを面白く思わない子達がいた。
秋保さんのグループだ……。
彼女達は私がいる事が目障りなのか、私の顔を見ては不機嫌そうな顔を見せる。
その態度に私は怖さを覚えたけど、2人がいる、強くならなきゃと心を奮い立たせて無視をし続けた。
すると数日後、事件は起こった。
その日の私達は体育の授業を受けていた。
私は奈緒ちゃんと一緒に授業を受けていたけど、夏樹ちゃんは身体のこともあって保健室で勉強をしていた。
授業が終わって教室に戻って私は愕然とした。
私の机の上に積み上げられた無数のゴミが視界の前に広がる。
その光景は私の心を折るには十分なもので、ショックを隠せなかった。
「あら、どうしたの?その机……」
秋保さん達が遅れて戻ってきて、私の机を指差す。
だけど、その顔は悪意の隠せない笑顔だった。
……この子がやったんだ。
確信しているわけじゃない。
だけどこの子達以外にやる子はいない。
「あんたがやったんでしょう!!」
私がショックを受けている様子を見て奈緒ちゃんが変わりに私の思っていた事を代弁する。
その話を聞いて秋保さんはクスクスと笑い出す。
「何いっているの?私達はあなたと一緒に体育の授業を受けていたじゃない」
ニチャ〜っと言わんがばかりの笑顔で私達を見下す。
私は混乱する頭で体育の授業の様子を思い出す。
彼女達は確かに遅れる事なく授業に出ていた。
その様子を1番見ていたのは恐らく私だ……。
身を守る為に常に秋保さん達と距離を取る為に彼女の事を見ていたのだ。
……なら、一体誰が?
私は犯人が誰かを想像する。
考えてはいけない事が……脳裏に浮かぶ。
「このクラスでただ1人、授業に出ていない子がいたはずよね……。」
秋保さんは私の顔を見る。
……お願い、言わないで……。
私は祈るような思いで秋保さんの言葉から耳を塞ぐ。
「香川さん以外にこんな事ができる子はいないはずよ」
耳を塞いでいても聞こえる、私が思ってはいけない事をついに言われてしまった。
……夏樹ちゃんがそんな事をする訳が……
私は秋保さんの言葉を否定しようとするが、声にならない。なぜなら……。
……本当に?
私の心を猜疑心が支配する。
人の心は弱いものだ。
数の暴力や讒言で人の心は移り変わる。
誰もが無条件に味方をしてくれるものではない。
私は……それをよく知っている。
人を信じて私は1人になってしまったのだ。
……だから、夏樹ちゃんがやったのかもしれない。
そう思うと、私は悲しくなった。
もちろん、彼女がやったという証拠もなければ、私自身もやったとは思っていない。
だけど、私は彼女を疑ってしまっている。
その事が何より悲しくなり、教室を飛び出した。
行くあてもなく、階段をただ駆け上がる。
4階上がりきると屋上へと辿り着く。
普段なら鍵は開いていないから屋上に行った所で意味はない。ただ、誰もいない所で1人きりになりたかった。
私は屋上のドアの前に立ち止まり、ドアノブに手を伸ばす。すると、ガチャっという音と共に重いドアが開く。
私は開いた扉に吸い寄せられるように扉から外へと出て行く。
そして無人の屋上にフェンスが連なり、その向こうには目眩のしそうな高さがある大地が広がる。
……私みたいな弱い人間は生きてちゃ、いけないんだ。
眼下に広がる大地を見て、私は自殺を考えてしまう。
私だって死ぬのは怖い。
だけど、今の私に生きている意味はあるんだろうか?
誰も信じられず、ただいじめっ子の言葉だけを間に受ける弱い自分。
夏樹ちゃんと奈緒ちゃんがいるから大丈夫なんて、どの口が言っているのだろう……。
フェンスから地上を見つめていると急に惨めになってくる。
私がフェンスを強く握りしめたその時、背後から扉の開く音がする。
「……風ちゃん。」
私を呼ぶ夏樹ちゃんの声が聞こえた。
本来なら今、1番聞きたい声なのに、その声が痛い。
だから私は顔を上げはするけど、夏樹ちゃんの方を向く事なく名前だけ口にする。
「……私、やっぱり無理だったよ。強くなれない。ゴミの山を見たとき、またかって思ったの。けど、今日は大丈夫だって思えたの……2人がいるから」
私は思いの丈を夏樹ちゃんにぶつける。
それを彼女は、「うん」とだけ言って、私の話を黙って聞いてくれる。だから、私の口は饒舌になる。
「けど、秋保さんが夏樹ちゃんがやったって言われた時に否定ができなかったの…。夏樹ちゃんがやる訳ないってすぐに言えなかった。結局、また誰かに否定されるのが怖かったんだと思う。夏樹ちゃんまで離れて行っちゃうのが……。」
そう言って私は空を見上げる。
雲ひとつない空にそよ風がゆっくりと吹く。
その風に煽られ、私の目には大粒の涙が溜まっていた。
「私はこの風みたいになりたい。名前は同じ風なのに、心が自由になれないの…。だからこの名前は嫌い。なら…」
……死にたい。生きるのが辛いなら、生きていたくない。
私の胸中に往来する負の感情が、脳裏を支配する。
「ダメだよ、風ちゃん」
私の言葉を夏樹ちゃんは否定する。
私のためだとはわかっていても、その否定は私のことを否定しているように聞こえる。
「もう、しんどいよ…」
「…ダメだよ。生きなきゃ」
「だって…味方は誰もいないんだよ?信じようとしても信じれないんだよ?ひとりは嫌だよ…」
「死んだらダメ…、生きなきゃ…。風ちゃんは風ちゃんしかいないの!!私みたいに偽物じゃないの!!」
水掛け論のような言い合いに夏樹ちゃんの口調が強くなるのがわかる。だけど、なんだか様子がおかしい。
「夏樹ちゃん?」
私が夏樹ちゃんの名前を呼ぶと、彼女の目がだんだん目の光を失っていく。
「……私が死ねばよかったの!!だったらこんなに苦しむことも、怖がる事はなかったの!!」
彼女の言葉で、私は彼女の抱えているものを思い出した。彼女は火事で記憶を失ったのだ。
私以上に辛い現実を抱えているんだ。
そう思うと、私は強く彼女の名前を呼ぶ。
すると、彼女は泣きながら……
「夏樹じゃない!!夏樹なんていない!!!」
と、自分を否定していた。
「誰も春樹って言ってくれない。もう、言ってくれる人も居ない…」
虚な目と聞き取れない声で何かを言っている夏樹が「…死ねば楽になるの…?」
と言って、フェンスの方へと歩き出す。
「夏樹ちゃん!!ダメだよ!!夏樹ちゃんが言ったんじゃない!!」
私はその様子を見て、慌てて彼女を止める。
「夏姫ちゃんはもう死んだんだよ?俺は春樹だよ…。誰も春樹って呼んでくれない。俺は春樹だ!!」
慌てている私に聞き取れないくらいの声で何かを呟いた夏樹ちゃんの体は急に動きを止め、膝から崩れ落ちる。
私は崩れ落ちていく夏樹ちゃんの身体を受け止める。そんな中、彼女が気を失う前に言った言葉を私は忘れることはないだろう。
「春は……嫌いだ」
何を意味して言っているのかは分からなかったけど、その言葉だけが強く心に残った。
この日、私は彼女を守れるくらいに強くなろうと決意した。
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