閑話 久宮風の勇気と強さ

夏樹ちゃんと奈緒ちゃんが保健室にくるようになって、私の日常は変わった。


元々お話好きな奈緒ちゃんに、ちょっと変わった所のある夏樹ちゃんと過ごす日々は楽しかった。


昼休憩に保健室でご飯を食べながら、何気ない話をしたり、サッカーの話をする。服やアイドルの話もしたけど、夏樹ちゃんは何を言っているのか分からないような様子で、その都度奈緒ちゃんに揶揄われ、膨れっ面をする。


その様子がどこか間抜けで可愛く見えた。

そんな彼女を羨みながらも、一緒に過ごす昼休憩が嬉しくて待ちわびていた。


私達はゴールデンウィークも遊ぶ事があった。

私と夏樹ちゃんが地元のサッカーチームが好きで、一緒に観にいった。


そこで私は信じられない人と会った。

地元チームのレジェンド、佐川 秋樹選手とその親友、田島 春樹さんの奥さんと子供だった。


最初はファンだった秋樹選手と会った事に舞い上がってしまった私だったけど、夏樹ちゃんと秋選手と田島夫婦の関係を知る。


火事で亡くなった田島 春樹さんに助けられた事を背負って生きている夏樹ちゃんを大切にする田島さんや秋選手が目の前にいる。


そして心に深い傷を負う夏樹ちゃんに田島 春樹さんの奥さんから譲り受けた春樹さんの形見であるレプリカユニフォームを私はもらった。


それは夏樹ちゃんが前を向こうとする私へのプレゼントだった。

春樹さんの奥さんは少し戸惑っていたけど、夏樹ちゃん自身も前へ進む為に私にくれるという。


彼女は火事で心に傷を負い、記憶まで失っているのに私の背中を押してくれる。それなのに、私はいじめから逃げているだけ……。


そう思うと、私も強くならないとダメだと思う。


……私は夏樹ちゃんの様な恐怖を味わった訳じゃない。それなのに、私が彼女に励まされてばかりでどうする!!


夏樹ちゃん達と別れ、家に帰ると私はお父さんに秋選手のユニフォームを自慢する。

そして羨ましがるお父さんを横目に部屋に戻ると、夏樹ちゃんにもらったユニフォームをじっと見つめながら、ゴールデンウィーク明けからクラスへと踏み出す決意を固める。


……2人がいるからもう、怖くない。


ゴールデンウィークも明け、制服に着替えた私は、部屋に飾ってある夏樹ちゃんに貰ったレプリカユニフォームを見つめた。


夏樹ちゃんを羨むだけではダメだと、決意が揺るがない様に心にしっかりと焼き付ける。


そしてリビングで朝食を取り、早々と家を出た。

いつも通学する時間より1時間早く、通学路は学校の生徒で溢れていた。


その様子に、私の足が前に進まなくなる。

決意はしたけど、心に募る恐怖心はそう簡単には消えない。


今にも逃げ出したくなる思いを隠し、重い足を学校へと向ける。結局中学校に着いたのは遅刻ギリギリだった。


上履きに履き替えた私は、自分のクラスへと向かう為に3年生の校舎を歩く。


横を通り過ぎていく同級生達が私を見て何かを話している……。そんな惨めな思いに苛まれながらも、私は自分のクラスの前にたどり着く。


恐怖心が私の肩にのしかかり、前へと進めない。

教室のドアの前で一度大きな深呼吸をする。


……大丈夫。私には夏樹ちゃんと奈緒ちゃんがいる。


そう思い直して、重い重いドアを開ける。

すると、クラス中が私を見る。中にはヒソヒソと話す者もいてまるで針の筵だった。


それでも私は前へと進む。

途中、秋保さん達が「ちっ」と舌打ちをしたけど、気にしない。


私の目は既に前しか見えていない。

私の心を動かしてくれた友達2人以外は……。


「おはよう……」

夏樹ちゃんと奈緒ちゃんの前に着いた私は震える声で挨拶をする。


その声に気がついた2人は私を見て目を丸くする。

そして夏樹ちゃんは「…おはよう」と挨拶をし、奈緒ちゃんもびっくりして「…どうしたの?急に…」から言葉を失っている。


「…えっと、夏樹ちゃんがくれたユニフォームを見てると、私も…怖くても前に進まないとって思ったの。」

私は正直な気持ちを2人につげる。


「だって、私には2人がいるから」


「そっか…」

私がそう言うと、夏樹ちゃんが感慨深そうに呟き、奈緒ちゃんが涙目になりながら「風ちゃ〜ん!!」と、私目掛けて飛びついてきた。


奈緒ちゃんを受け止めるた私を夏樹ちゃんは少し心配そうな口調で「風ちゃん、無理したらダメだよ?」と言う。


その一言が、私の気持ちが間違えていなかった事を教えてくれる。喜びが、溢れてくる。


「うん!!」

私がうなづくと、2人も笑顔でうなづいてくれた。

だけど、喜びはある一言でぶち壊される。


クラスメイト達の視線が私達に向いていたのがわかる。そして、秋保さんがこちらに近づいてきた。


「久宮さん、何しに来たの?」

秋保さんが私を見下す形で話しかけてきて、その言葉に背筋が凍る。


‥‥.やっぱり、怖い。

一瞬、脳裏に恐怖が過る。

いじめにあうという、恐怖だ。


まだ何も完結していないのだ。


「…秋保さんには関係ないじゃない」

奈緒ちゃんが私を庇う様に答えてくれた。

その言葉に心に灯った恐怖が消える。


1人じゃないと初めて実感できたからだ。

だけど、秋保さんは奈緒ちゃんの言葉を鼻で笑う。


「梶山さんも言うようになったのね」


「……!?」


……前言撤回!!

秋保さんの態度に奈緒ちゃんは声を失ったのだ。

その姿に私は急に不安が立ち込める。


奈緒ちゃんがクラスメイトと一緒になって私を無視していた事を秋保さんは一言で思い出させたのだ。


だけど、その様子を見て夏樹ちゃんが秋保さんをじっと見つめる。

「……彼女は自分の居場所に戻ったの。だから、あなたに言われる筋合いはないわ」

夏樹ちゃんの一言に私の心臓は大きく脈打つ。


……あれ?

強い脈動に戸惑っている私を横目に秋月さんは不快に満ちた表情に変わる。


「白雪姫様の言うことは違うわね。いい人ぶって……」

秋保さんの悪意に満ちた表情を、夏樹ちゃんは私に見せない鋭い目線で返す。


「修学旅行のグループ分けの話、忘れたとは言わせない」


……修学旅行のグループ分け?

私は夏樹ちゃんから修学旅行の話は聞いていない。

疑問に思いながらも、私は2人の動向を見つめる。


夏樹の毅然とした態度に秋保さんは舌打ちをして取り巻きを連れて自分の席に戻っていった。


教室内も私達が作り出した緊張感が徐々に解消されていき、私達も顔を合わせて、ため息を吐く。


そして何もなかったかの様にいそいそと取り繕うクラスメイト達の様子を見て夏樹ちゃんが静かに笑う。


「けど、風ちゃん頑張ったね」


その言葉に、私は泣きそうになる。


「うん…、本当は怖かったの…。また虐められるかもって思ったりもしたけど、あの人達に私の居場所は奪われたくないから…」


私を凛とした態度で守ってくれる夏樹ちゃんが頼もしく感じ、それと同時に私の居場所は誰にも奪われたくないとも思った。その為には……。


「虐められた過去は変わらない。けど、2人といる事ができる未来に私は変えたいの!!」


私は……強くならないといけない!!

夏樹ちゃんにもらった勇気で、いじめに負けない強さを……求めた。







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