第44話 プールと二度目の青春

「夏だ!!」


「プールだぁ〜!!」

奈緒ちゃんと香澄ちゃんがプールを目の前にはしゃいでいる。

その様子を私達は半ば呆れながら後を追っている。


「こら、はしゃがないの!!」

私達の同伴として付いてきた嶺さんが注意を促すが

2人は一向に話を聞く様子はない。


「嶺さん、無理についてくる事なかったんじゃ?」

私はため息を吐いている嶺さんに声を掛ける。


中学生の同伴として学校の先生が、しかも担任ではなく保健室の先生が付いてくるなんて聞いた事がない。


私の言葉を聞いた嶺さんはこちらを見るなり腰に手を当て拳を握る。


「いや、せっかくの夏休みなのにどこにも行かないのは勿体無いじゃん。プールならもしかしたらナンパされるかもしれないし、ひと夏のアバンチュールを楽しむのもいいかなってね!!」

嶺さんはふんすと鼻息を荒げる。


…そうだった。この人は基本残念美人だった。

目を輝かせた嶺さんの言葉に私は苦笑いを浮かべる。


「嶺さん、本音は?」

だけど、それだけではないと既に半年以上の付き合いになる嶺さんの本心を探る。

すると、嶺さんは真剣な表情になりこちらをみる。


「あなたに何があった場合にすぐ対応できるように見守る為よ」


……やっぱり。


「それに、そろそろ1年になるから次のステップに進む為にも頃合いかなって思ってね。運動とか…他の子と同じような生活が送れるようにならないとしんどいでしょ?」

彼女は私にウィンクをする。


私が常日頃から運動不足を嘆く発言をしているのは知っていたからこそ、彼女は今日のプールを止める事なく時間を割いてまで同行してくれたのだ。


「……ありがとうございます」

私は彼女に心からの感謝を伝えた。

言葉しか返せない今の自分が歯痒かった。


「どういたしまして。けど、今日は問題を起こさないでよね?イケメンにナンパされる予定なんだから!!」


「残念でした」


「ちょっ、何を〜!?」

私が嶺さんの発言にため息をついていると笑いながら私の肩をを小突く。

戯ける彼女の言葉の裏に隠された優しさを私は思い知った。


「夏樹ちゃん、嶺さん。早く行こうよ!!」

私たちの会話を待ちわびていた奈緒ちゃんと風ちゃんが私の手を掴んで引っ張っていく。

私は手を引かれるままチケット売り場で待つ友人達の輪の中に混じると、その様子を見た嶺さんは目を細めて見ていた。


チケット売り場でプールの入場券を購入し、私達はプールの中に入って行く。

しかし、私にはここからが問題だった。

今から更衣室で着替えをしなければならないのだ。


今までは体育は見学していたし、修学旅行では生理の為大浴場は回避できた、たまに風ちゃん達と一緒に着替える事はあったが、これまで良く更衣室での回避出来ていたと思うほどだった。


しかし今日は更衣室での着替えは不可避だ。

しかも老若を問わず一般の女性と一緒に着替えないとならないのだ。


元男としてはハードルが高い、高すぎる。

だが、今日は大丈夫!!何度もの熟考と訓練を重ねて早着替えを習得したのだ!!


……と言っても、服の下に水着を着ているだけなんだけど。


だが、精神的なダメージを少なくする手段としては最適だ。


更衣室に入り私は人の少ないロッカーの隅で着替えを始める。


「夏樹ちゃん、そこにするんだ。じゃあ私が隣!!」

風ちゃん達も私の周辺のロッカーに陣取り、着替えを始める。


……いや、そこにいられるとすぐに逃げられないじゃないですか!!

絶望に打ちひしがれる中、私は早急に服を脱ぎ水着に早変わりする。


「夏樹ちゃん、着替えるの早くない?ちょっと待っててよ!!」

という風ちゃんを差し置いて私は更衣室の入り口まで逃走に成功する。

時々生まれたままの姿の女性の姿が目に入り恥ずかしくなったのが、なんとか無事にでることができた事に安堵する。


しばらく待っていると着替えを終えた風ちゃん達が揃って出てきた。

風ちゃんの顔は少しふくれっ面だった。


「もう、夏樹ちゃん酷くない?待っててって言ったのに〜」


「ちょっとトイレに行きたくなっちゃって…あはは」

でっち上げった言い訳でお茶を濁すと風ちゃんは「もう…」とまだご立腹のようだった。


しかし、私の隣に立っている風ちゃんの水着を見るとなんだか悲しくなってくる。

先日の水着売り場での宣言通り、彼女は私と同じ水着の色違いを着ている。


「お揃いだね!!」

風ちゃんが私の腕を掴んで嬉しそういう。だが、私はショックを受けていた。

私の貧相な身体を隠すための水着をグラマラスな風ちゃんが着ると逆に大きさが主張される。私と風ちゃんの体格差が如実に出てしまうのだ。


……のぉぉぉぉぉ。

「いつか……スイカップに……ぐすっ」


「何言ってるの?」

心の底から敗北感に打ちのめされている私に、後ろから美月が話しかける。

彼女の水着は上半身はブラタイプで下半身は短パンのようなデザインの水着で、すらっと背が高く細い彼女にはとても似合っている。


ちんちくりんの私と比較しても…以下略。


他にも奈緒ちゃんは水泳部らしいスポーティーな水着、菜々ナナは以前試着していた水色のフリルのついたスカート型の水着、嶺さんに至っては黒のワンピースタイプだが腹部がシースルーになっている男ウケを狙った様な水着だった。


そして香澄ちゃんの水着は……


「何それ?」


私が目を点にしていると、香澄ちゃんは「いいでしょ?」と胸を張りながら見せびらかす。

どう見てもメイド服を模したデザインのピンクの水着だった。


いやいやいや、仮にかわいいとしても派手すぎる。

隣を歩く私達の身にもなってほしい。

香澄のセンスを疑いたくなる……いや、私にピンクのフィギュアスケートの衣装の様な水着を持ってきた子なのだ。感覚が少しズレている気がするのは気のせいだろうか?


「私もそれは反対したんだけどね………」

美月が頭を押さえながら話す。


……よかった、私だけじゃなかった。

私は少しホッとしながらみんなとプールの方に向かう。


時々すれ違う人の視線が私に集まるのがわかる。

もうその視線も慣れた物だった。


「可愛い〜。白い髪が天使みたい!!」

と言う声が耳に入ると前までは嫌悪感があったのだが、今では…


……一回死んで天使に生まれ変わりました!!

と、開き直れるくらいに心の余裕も持てるようにはなってきた。


だけど、男の私を見る好奇な視線は未だに慣れてはいない上、人生初の女性の水着を着て歩く自分に恥ずかしさを覚えていた。


そして、プールサイドについた私は念入りに準備体操をする。

男だった時は運動神経も良い方だと自覚をしていたのだが、この身体になった今、泳ぐ事はおろか走る事さえはじめてなのだ。


準備体操を終え、私は水辺に立ちプールの水を凝視する。泳げなかったらどうしよう。もし溺れちゃったら……そんな事を考える。


……あっ、浮き輪を用意するべきだった。

と、後悔しつつ覚悟を決め私は恐る恐る水に入っていく。嶺さんは、不安そうな面持ちで、私の様子を見守る。


水深110cm。足が地面に着くと胸まで水に浸かる。

以前の体はお腹辺りで済んでいた水面が今ではこの高さ…。

感覚的に違和感を覚えながらも、久々なプールに私の胸は高まる。


ドボン!!

私は頭を水に浸ける。


「ちょ、夏樹ちゃん!!大丈夫?」

私の様子を見た嶺さんが慌ててプールサイドに駆け寄る。


ザバン!!

私は水から顔を出して、「気持ちいい〜!!」と声を上げる。太陽の光に煌めく水飛沫に私は嬉しくなる。


……私は、生きているんだ。


水面に身体を浮かべながら空を見上げながら、改めて今ここにある自分の生を実感する。


今まであった出来事もこの体の事も水の中では無関係で、感覚は生前と何一つ変わらなかった。


「……もう」

和かな顔で水に浮かぶ私を見た、嶺さんは安堵した表情で呟くとプールサイドから離れていく。


嶺さんが離れていくと、次に目にしたのは迫りくる友人達の姿だった。みんな楽しそうにはしゃぎながら水を掛け合っている。


「よし、捕まえた!!香澄隊員、標的を捕獲しました、攻撃を!!」


「うむ!!夏樹ちゃん、お覚悟!!」


「ちゃ、ちゅ、ちょっと〜」

私の腕を掴んだ奈緒ちゃんの指示で香澄ちゃんは水をかけてくる。


水浸しになった私は逆上し、風ちゃんと菜々ナナを味方につけて反撃を開始する。形勢はこちらに分があり、奈緒ちゃんと香澄が逃げる。


美月はその様子を呆れながら見ていたが、香澄ちゃんが背後に隠れた事で巻き込まれ、私達の水の餌食となった。


「な〜つ〜きぃ!!」

びしょ濡れになった美月が私を睨みつけると、水をかけてくる。形勢は均衡し、しばらく水を掛け合いをした私達は楽しそうに笑いあった。


私も笑いながら、予期せぬ2回目の青春の到来に戸惑いと楽しさを味わっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る