閑話 恋バナと猫
「ねぇねぇ、なっちゃん。山頂で何があったのか、そろそろ教えてくれてもいいじゃない?」
私達は各自の布団に入ると奈緒が待ってましたと言わんばかりに食いつく。
あの後、疲れと貧血と告白の動悸とで力の抜けた私を抱えて山を降った加藤君を尻目に、私は嶺さんの所に連れて行かれた。
嶺さんの見立てでは特に何もないという事だったので、ホテルに戻ってからは少し休んで解放された。
だからまだ彼女達には何も話していない。
修斗君にも何があったかを問いただしたらしいが、
「何もなかった!!」と一様に口を割らなかったそうだ。
「ねぇ〜、そろそろ吐いちゃいなよ〜。告られた?ねぇ、ちゅーとかした?」
きゃあきゃあと興味津々の思春期女子どもが飢えた狼の如く私に聞いてくる。
…この耳年増め!!
心で呟きながら、私は奈緒を睨みつける。
「あはは、ごめんって!!2人きりにしたのは謝るからさぁ〜。なんかいい感じだったし」
私の視線に苦笑いを浮かべる奈緒に「…どこが!?」と返す。
「だってさぁ、あんなに手を繋いでイチャイチャしてたらさぁ、邪魔したら悪いかなぁって思うじゃない」
「あれは入院が長かったせいで体力が落ちたのを気を使ってくれたの!!別にイチャイチャしたわけじゃないよ!!」
「そう?気がなかったらそこまでしないよ?最近、加藤君と仲良さそうだし…、何があったの?」
香澄も話に食いついてくる。
「何があったって…」
と言われても何もない。
病院で会って話してから以降学校でよく話すようになった。けど、それ以外には特に…。
「あっ…」
「やっぱなんかあったんじゃん。言え、言ってみ?」
「あれは…」
※
あれは修学旅行2日前の事だった。
私達は放課後に集まって作業をしていた。
窓の外からサッカー部の練習の光景も見えるので、作業の傍らで様子を眺める。
リズムよくボールを回す彼らを見ると、その輪に入りたい衝動に駆られウズウズしてくる。
…どうして女の子になっちゃったんだろう。
あの火事から生きているだけで丸儲け。今の身体に不満がある訳ではないが、心の底で不満が出る。
羨望の眼差しで眺めていると、修斗君の姿がない事に気がつく。彼と知り合ってからは親戚の子を見るような感覚で彼を見る事が増えた。
…怪我も治ったし、練習も再開していると聞いたけど、どこにいるんだろ?
ぼんやりと彼を探していると、傍から揶揄われたのは言うまでもない。
その日の帰り道、自宅近くの公園を私は1人で歩いて帰る。すると、ガサガサと背の低い木々が擦れる音がする。
…何かいるのかな?
そう思って、木々の間に顔を覗かせる。
すると…急に私より大きい影が飛び出してきた。
「うわあぁ!!」
突然のエンカウントに私はビックリし尻餅をつく。
「うわっ、ごめんなさい!!‥って、姫じゃんか」
飛び出して来た人物が私の学校での渾名を呼ぶ。
よく見ると、加藤君だった。
加藤君は私を見下す形になるが、あからさまに目を背ける。その視線の先にあったものを私も目で追うと、制服のスカートがはだけている。
「…見た?」
私は慌ててスカートを正しながら聞くと、彼は顔を真っ赤にする。
まぁ、男たるものそこにちらりと下着が見えようものなら目がいってしまうのは仕方がない。
若い頃の俺もそうだった。
しかし、まさか自らがラッキースケベの対象になってしまうなんて夢にも思わなかった。
減るもんじゃないし、と自分に言い聞かせてはいるが、それはそれで恥ずかしい。
「コホン」と私が咳払いをすると、彼は申し訳なさそうに「ごめん…」と謝りながら私の手を取ると、優しく引き上げる。
…この男は、どうしてこうもイケメンなんだろう。
私自身、女としての経験が皆無なので下心の有無は過去の経験を元に判断している。
だけど彼にはそのような様子は一様に見えない。
もしこれが自然にできるんなら天然たらしだな。
と、私はスカートについた砂を払いながら思う。
「…どうしたの?」
「ごめん、ごめん。ちょっと急いでたから」
彼は私と繋いでいた手を解くと、もう一方の手の方に手を持っていく。その手の中には何かが包まれている。
よく聞くと、みぃみぃと微かに声が聞こえる。
「それ、なに?」
「ん、あぁ、子猫だよ。そこの木の下にいたんだ。弱ってるみたい。」
と言って、私の前に手を持って来て、手を開く。
中にはグレーのアメリカンショートヘアのような色合いの子猫が微かに声を上げていた。
「…か、可愛い!!」
私は食い気味に顔を猫に近づける。
実は私は大の猫好きだった。
実家にいた頃は猫を飼っていたし、ホームセンターでは買い物の傍、よく猫を眺めていた。
しかし、四季が大の猫アレルギーだったので自宅で飼うことは叶わなかった。
「…こ、この子、どうするの!!」
私はまるで子供のように目を輝かせて彼に聞く。
こんな気持ちになったのは久しぶりだ。
「…う〜ん、どうしよう。うちはマンションだから飼えないけど、見た以上は…どうにかしてあげたい」
彼は悔しそうな顔をしながら子猫を撫でる。
…ふ〜ん。優しい子なんだ。
その様子を見て私の顔は綻ぶ。
そして、私は「来て!!」と言って、彼の手を掴むと走り出した。
彼は戸惑いながら、なすがままにされている。
だが、その腕には大事そうに子猫を抱えている。
私は彼を連れて自宅まで帰る。
そして、玄関を開けると「お母さん!!」と、大声で叫ぶ。その様子を見て修斗君はたじろぐ。
「夏樹、どうしたの?あら?」
リビングから出てきたお母さんが、息を切らしながら修斗君の腕を掴む私を見て声を上げる。
「お母さん、車出して!!」
「どうしたのよ、急に…」
「話は彼に聞いて、私はお金とってくるから!!」
と言って、靴を放り投げるように脱ぐと私は自室へと向かう。
そして、俺の財布を手に取るとすぐに下へと降りていく。
下では和かに話す母といかにも緊張していますというような表情の修斗君がいるが、私の姿を見るとお母さんはリビングへと車の鍵を取りに行く。
「香川さん、どうするの?」
「その子を動物病院に連れていくの!!お金は私が払うから!!」
「えっ、悪いよ…。そんなの!!」
「いいの。私が好きでするんだから気にしないで!!おかーさん、まだ〜?」
私の圧に怯む彼を尻目に、私はお母さんを急かす。
そして、お母さんの運転で動物病院に向かい、子猫は診察を受ける。
見つけるのが早かったようで、生命に別状はないらしく、私は無い胸を撫で下ろす。
…そこ、無いって言うな!!いつかはスイカップに…
とりあえず、子猫を連れて修斗君を家まで送る。
どうやら、修斗君の家は学校と自宅の間に家があるようで、案外近かった。
「けど、この子…どうしようか」
修斗君が不意に零す。
腕の中では子猫が小さい寝息を立ている。
「う〜ん、里親探ししないと…」
これが自分の両親だったら飼っていいかを聞いただろう。けど、お母さん達には聞けない。
私達が、子猫をどうするか悩んでいると不意にお母さんが口をだす。
「うちで飼ってあげてもいいけど…」
その声に私は顔を上げる。マジで!?
「お父さんが猫嫌いだから」
と付け加える。
…そうですよね。もう、ぬか喜びさせて!!
私は不服そうに顔を下げる。
「けど、夏樹が相談すれば案外聞いてくれるかもよ?」
「ホント!?」
私と修斗君は顔を上げてハイタッチをすると、お母さんの表情が私を見て微笑む。
「だから、加藤君もこれから夏樹と仲良くしてね。それと猫ちゃんの様子を見にきてやってね」
「はいっ!!」
お母さんの言葉に顔を赤くしながら、修斗君は答える。
そして彼を送ったあと、私は子猫を撫でながら帰路へ着く。
「夏樹ちゃん、よかったわね。あなたを好きになってくれる人が出来て」
「えっ?彼はそんな関係じゃないですよ!!」
「ううん、彼はあなたを好きになっているわよ」
「違いますよ。私じゃなくて夏姫ちゃんを好きになってるだけですって」
「例えそうだとしても中身が意地が悪かったり、誰にも興味のない人を人は好きにならないじゃない?
久宮さん達や加藤君だって、夏樹ちゃんの中を見て付き合ってくれてるの。それにはちゃんと向き合ってあげてね…。過去は無関係で…」
彼女の言葉に親としての安心と、大人に対するリスペクトが含まれているように感じた。だからこそ、過去を引き合いに出して話をしてくれる。
仮に彼が私を好きだとしても、私は彼と向き合わなければならない日が来ることをこの時の私はまだ知らなかった。
話をしながら、ホームセンターで猫用品を飼って自宅に帰ると、お父さんが既に帰宅をしていた。
まずは私が子猫を連れて行き、お母さんが話をする。お父さんは最初、かなり嫌そうなリアクションを浮かべていた。
どうやら幼い頃に引っ掻かれた事がトラウマでそれ以来、猫は苦手だと熱弁を振るう。
だが私が半泣きになり、上目遣いに「お願い!!」と目を潤ませて嘆願すると、お父さんはコロッと態度を変えて「いいぞ!!」と許可を出す。
…チョロ!!この親父、夏樹に超ちょろくない?
と、半ば呆れつつ自分が既に女の武器を使いこなしていることに寒気がした。
とりあえず、子猫がうちで暮らすことが決定し、名前をつけることにしたのだが、お父さんの一存で『ねこ』ちゃんに決定した。
なんの捻りもないと思ったが、家族それぞれに呼び方が変わる為意外としっくりときて驚いた。
※
「…ということがありまして」
と、奈緒ちゃん達に話すと、彼女達は悶絶している。
「なにそれ!!カレカノを通り越して既に家族公認みたいになってるじゃん!!」
「もう付き合っちゃいなよ!!美男美少女でお似合いだよ!!」
私そっちのけで盛り上がる5人に居心地が悪くなり
「あぁ、もう。私はもう寝る」
私は頭から布団を被り横になるが、その後も彼女達の恋バナは枯れることはなかった。
因みに、帰宅して変わったことが一つだけあった。
お父さんのねこに対する態度が、出発前から180°変わっていた。
どうやら私がいない間、寂しさを紛らわせる為に構っていたらねこの虜になってしまったようだ。
私が帰宅して、リビングのドアを開けると…
「ニャンニャン、可愛いでちゅね〜」
と、猫撫で声で語る父の姿にドン引きして、リビングのドアを静かに閉めた事は父には内緒だ。
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