第38話 帰宅と邂逅

波乱含みの修学旅行3日目が終わり、後は家に帰るだけとなった。

私達は新幹線で学校へと戻って行く。

偶然にも修斗君のグループが私の後ろに陣取る。


だが、彼と目が合うたびに目を逸らされる。彼にとっての決死の告白を袖にした私はなんとなく話しにくい雰囲気の彼に話せずにいた。


その為、新幹線の中で全く話す事のないまま、私達は中学校に戻ってしまう。


「皆さん。じゃあ、気をつけて帰ってくださいね!!旅行は帰るまでが旅行ですからね!!」


担任が使い古された文句を言い、私達は解散する。

私は重い荷物とお土産を持って帰る。

昔なら軽々持てたものが今では持つので精一杯だった。


「香川さん、家まで手伝うよ」

四苦八苦しながら家路を急いでいると、修斗君が後ろから声をかけてきた。


「…大丈夫!!家、近いから…」


「いいから、貸しなよ。昨日の事は…気にしなくていいから」

そういうと、彼は私からお土産の入った袋を取る。


「…ありがとう。ごめんね…」

私は謝るが彼は無言で一足先を歩く。

自分の荷物だけになった私もその歩に合わせて早足で歩く。


「…言っただろ。俺は君を諦めないって…。例え友達でも、俺を見てて欲しい」

不意に彼は私に口走る。


その言葉に私は複雑な感情を抱く。

こんなイケメンで女の子からモテそうな奴が友達であっても私を諦めないって言ってくれている事は嬉しい。反対にその情熱的な言葉に恐ろしさを覚えた。


「…加藤君って、ストーカー?」

ついつい思ったことが口から飛び出す。


「ち、違う!!」

真っ青な顔をした彼はこちらを向き、否定もそこそこに落ち込む。

思春期の少年が好きな子からストーカー呼ばわりされショックを受けを受けないはずがない。


オロオロする彼がどこか可愛く見えて私は大笑いをしてしまう。


「ごめんごめん。ちょっと思ったことが口に出ただけだから。気にしないで」


「思ってでも言わないで欲しいよ。自分でもそう思うし…」


「けど、そう簡単に口にしないほうがいいよ?私じゃなかったら勘違いするから…」

笑いの治った私は彼の背中を叩く。

その行為に、彼の顔は赤くなる。


「…そうだな。君にしか言わないよ」


「ほら、簡単に言わない!!…けど、ごめんね」

…答えてあげられ無くて。ごめんね、こんな私で…

私の心の中にある素直な気持ちを彼に言うわけにもいかないので、口から出る言葉を飲み込む。


彼もその言葉の意味が分かっているので俯きながら、黙って家路に着く。とうに消えていった胸の高鳴りと、甘酸っぱい青春という時間が再び訪れる。


しばらく歩くと、私の自宅が見えてきた。


「…そういえば、ねこ。見て帰らない?」

私の言葉に、彼は嬉しそうな顔をするが「…でも」とすぐに俯く。


「私の事とねこの事は関係ないから、気にしない。ねこにすぐ忘れられるよ?」


「そうだな…。じゃあ、ちょっと寄っていくよ」

と、機嫌を取り戻した彼が少なくなった口数を猫の話をしながら、私は家の門を開ける。


…そういえば、お父さんは…さすがに居ないよね?

今日は土曜日だ。もしかしたら、在宅中かもしれない。


ただ、ねこの話を嬉しそうにする彼をここで追い返すのもバツが悪いので気にせずにインターホンを鳴らすとお母さんが足早に私達を迎える。


…どうやら父はご不在のようだ。

私はホッと安堵する。


考えてもみたら今のお父さんは私に対して親バカ全開だ。それが男を連れてこようものなら…血の雨が降りかねない。


修斗君もその事を予想していないのか、気にしていないのかは知らないが、大したタマだよ。

俺が四季のうちに行った時なんて緊張のし過ぎで気分が悪くなったものだ…。


2回目の自宅訪問にはすぐになれた様子で、靴を脱ぐと母とにこやかに話している。その前を私が歩き一足先にリビングのドアを開ける。


「にゃんにゃーん、可愛いでちゅねぇ」

ソファーにうつ伏せになりながらねこを抱き抱え、満面の笑みを浮かべたお父さんが、ねこに向かって話しかけていた。


私はその様子を見ると、そっとリビングのドアを閉める。そして、お母さんに対しリビングを指差す。


「なっ、なんですか?あれ」


「あれねぇ。夏樹が修学旅行に行ってるのが寂しかったらしくて、ソファーでふてくされてたらねこちゃんが擦り寄って行って、それ以降あれなのよ…。正直言って気持ち悪いわ…」

右手でほっぺたを触りながらお母さんがぼやく。


…キモいって、酷くないですか?お母さん。

女性の本音を再確認した私が顔を引きつらせていると、後ろから「おー、夏樹、帰ったか!!」と、先ほどの猫撫で声をやめてリビングから出てきて、私の頭を撫でる。


さすがにねこ相手みたいに抱きついてくることがなかったのでホッとしたが、その顔は満面の笑みを浮かべている。


…いや、ごめん。やっぱりキモいや!!

先ほどの擁護はどこ吹く風、認識を改めてしまった。


「お邪魔しています!!」

私達の様子を見ていた修斗君が、口を開く。

その声に、父の周りの空気が凍る。


そして、修斗君の姿を見るとまるで陸に上がった魚のように口をパクパクさせる。


「はじめまして、加藤 修斗です。香川さんにはいつもお世話になっています!!」

緊張したそぶりを見せない修斗君に私は目を丸くする。中学生が、大人の、しかも女の子の父親に対して大人びた挨拶をする加藤君を私は見直した。


だが、その声は父には届かなかったらしく、逆上し

「誰だぁ、貴様は!!私の可愛い夏樹に近寄ってくる馬の骨は!!」と捲し立てる。


「ちょ、お父さん!!」


「止めるな、夏樹!!お前はお父さんが守って…」

私がお父さんを止めに入ると、お父さんは駄々をこねる子供のように体を揺らす。その瞬間、お父さんの脳天にお母さんからチョップと言う制裁が加わる。


お父さんは急な痛みに悶絶すること1分、正気を取り戻す。


「お父さん、彼は友達!!ねこを助けてくれた人なの!!今日は荷物を持って帰ってくれたから、そのついでにねこに会いにきたの!!」

私が説明していると、お父さんが開けていたドアの隙間から「にゃー」と、猫が顔を出し、修斗君に擦り寄っていく。


「あら、この子。自分を助けてくれた人を覚えているみたいね!!」

お母さんはねこを拾い上げると修斗君に手渡す。

それを嬉しそうに抱き抱えると猫は彼の顔を舐める。


「はい、この度はねこちゃんを引き取って貰ってありがとうございます。僕が拾ったのにお世話になりっぱなしで…」

彼がそう言うと、お父さんは腕を組む。


「ふむ、礼儀は弁えているようだな。だが、夏樹もニャンちゃんもお前にはやらん!!」

と一連の情けない行動はどこ吹く風で彼に言い放つ。それを修斗君は苦笑いで返す。


とりあえず、お父さんが落ち着いたので、彼はしばらく猫と戯れ、その光景を私は見守る形になる。


お父さんもその様子をソファーから不満そうに見ていたが、彼の行動や発言が気に入ったようで、帰る間際には「遠慮せずにまた来なさい!!」と笑っていた。


彼も長居はできないので早々に帰り支度をし、私は玄関まで付き添う。


「今日は、荷物を持ってくれてありがとね!!」


「いや、ねこのこともあるから気にしないで」


「また、会いに来てあげてね」

彼が靴を履き終え、立ち上がったその時、インターホンが鳴る。


「…夏樹、冬樹君が来たみたいだから開けて貰える?」


…どうしたんだろう。

私が玄関のドアを開けると、冬樹は慌てて飛び込んでくる。


「ちょっとごめん、匿って!!」

冬樹はそう言って私の後ろを通り過ぎる。

だがそこには修斗が、立っており2人の目線が交錯する。


「…じゃあ、俺は帰るよ。ねこのこと、よろしく…」


修斗君は冬樹から視線を逸らすと私の方を見て、玄関から出て行く。私は冬樹のことも気になったが、先に修斗君を見送る。


「あいつ…だれ?」

玄関の門まで出てきて修斗君は真顔で聞いてくる。


「あの子は近所の子でよくウチに来るの」

その答えに修斗君は顔を歪める。


「幼馴染?」


「ううん、違うよ」

彼の追求する視線と態度に私はたじろぐ。


「じゃあ、どんな関係?」

普段の優しい彼の口調が少し強くなっているのが手に取るように分かる。


…どんな関係って、彼は息子だとは言えない。

なら、夏姫と冬樹の関係はなんだ…。

答えは簡単だった。


「…私を助けてくれた人の息子さん。私が火事にあって入院して以降よく遊びに来るの」


「ふーん。彼の事はどう思ってる。好きなの?」

その問いに私は俯き顔を逸らす。


「私のせいでお父さんを亡くしたから、申し訳ないとは思ってるし、弟みたいなものだから好きかな」


…好き。それは違う。修斗君がいう好きと私の抱く好きは別物だ。だが、彼にとってそれは恋愛と結びつく。そしてそれは、若い彼の感情と結びつくのは必然だ。


その答えを聞いた修斗君は唇を噛みながら、私に背を向ける。


「絶対に負けねぇ!!」


「加藤君!!」

小さい声で彼は呟くと荷物を抱え、私の声も聞く間もなくウチから走り去っていった。


説明するべきなのかは悩んだが、優先するべきは我が子の事だ。彼の姿が見えなくなると、私は家の中に戻る。


ただ、この邂逅は彼らの将来に強い影響を与える事になると、この時の私はわからなかった。

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