第39話 家出と執着
修斗君が走り去ったあと、私は突然家に飛び込んできた冬樹を追いかけて家に戻る。
自宅で何があったかは知らないけど、おそらく再婚の話だろう。
私は自宅へ戻るとリビングに入る。
そこには困り顔のお母さんとテーブルに伏せた冬樹がいた。
私は冬樹の姿を横目に見ながらお母さんに近づく。
「…冬樹、何が言っていました?」
「ううん、泊めてってただ一言だけ…」
そう言うと、お母さんはスマホを取り出す。
四季に電話をする為だろう。
「お母さん、今日は泊めてやってください。話は私が…聞きますから。四季には今日は来ないようにと伝えて下さい」
お母さんはスマホを耳に当てながら縦に首を振る。
私はそれを見て冬樹に近づき、私の部屋へと連れて行く。
「…お母さんが、秋さんと再婚するかもって…」
私はそれを聞いて驚きはしなかった。私自身には2人にどうしたいかを伝えたわけではない。
だが、四季はその事を冬樹に伝えた。
それは彼女の事実上の決断なのだ。
2人とは既に人生の半分以上を共に生きている。
だから、私の考えは分かっているだろうし、彼女は彼女なりの覚悟を冬樹に伝えたのだ。
「…冬樹君は嫌なの?」
俯く冬樹に私は敢えて思いを聞く。
「嫌だ…」
冬樹は俯きながらもハッキリと否定を口にする。
「だって、僕のパパはパパしかいない!!それにパパが死んでまだ一年も経っていないんだ!!」
その答えに私は胸を締め付けられる。
彼にとっての父親は私しかいないと、言ってくれる冬樹が尚更愛おしく思う。
「…そうだね」
四季の事は考えていたつもりでいたが、果たして冬樹の事まで考えていたのだろうか…。
そう思うと、言葉に詰まる。
「別に秋さんが嫌いなわけじゃない。ママが大変なのも分かってる。だけど…早過ぎるんだ。何もかも!!」
冬樹はポロポロと涙をこぼしながら、肩を震わす。
「僕は…イギリスなんて行きたくないし、ここから離れたくないよ!!」
「…どうして?」
「パパとの思い出を置いて、他のところには行きたくない。それに夏樹姉ちゃんを置いてイギリスなんて行きたくない!!」
その言葉を聞いて私は戸惑う。
冬樹が何を思い、何を意味して話しているのか到底予想もつかなかった。
「それって、どう言う意味?」
「夏樹姉ちゃんは…時々寂しそうな顔をする。それを見るのが嫌なんだ。だけど、それ以上に夏樹姉ちゃんと離れるのはもっと嫌だ!!」
冬樹は涙ながらに私の顔を真剣に見る。
その視線に私は目を逸らす。
「夏樹姉ちゃんは言ったよね…、独りにはなりたくないって…。なら、僕が夏樹姉ちゃんを守るんだ!!パパが護ったように、僕が!!」
その力強い言葉に私は困惑する。
あの晩に漏らした私の言葉が頭の中を駆け巡る。
『…冬樹…寂しいよ。独りにはなりたくないよ』
冬樹があの晩に起きていていて、私の本音を聞いていて、その言葉に囚われている事に驚いた。
「だけど、それは僕のわがままだって言うこともわかってるんだ。今のママにとって何が幸せなのかもわかってるし、秋さんは嫌いじゃない。だから…」
前の発言とは逆にトーンが下がって行く。
「…ごめんね、冬樹君。私が君を困らせているね」
私は俯く彼の頭を抱きしめると、彼の苦悩を思い涙を溢す。
俺は結局、誰も守っていないし…誰も助けてはいない。むしろ、夏姫ちゃんに助けられ、家族に守られ…そして誰をも困らせてばかりの存在に成り下がっている。情けない今の自分がどうしようもなく嫌だった。
だけど、それすらも認めて生きていくと決めた。
「…冬樹君は私が記憶を失っているのは知ってるよね?私はそんな今の自分が嫌いなの。ちっぽけで守られてばかりで、人を困らせてばかりの自分が…。だけど、それではダメなの…」
私はでっち上げの言い訳と共に、自分の正直な気持ちを話す。
今の自分が乗り越えなければならないものが多い。過去、現在、未来、性別、孤独。そして夏樹であると言う現実を認めること。それを乗り越えていかないと私は夏樹でいることはできない。
「私はそれを乗り越えたい。だから、冬樹君も乗り越えて欲しいの…お父さんと今の家族の事を」
私は心からの願いを口にする。
無責任なのはわかっている。
俺を失った原因の私が、冬樹にそれを乗り越えて欲しいなんておこがましい事は百も承知だ。
だが私が父親だと名乗るわけにもいかないし、言ったところで信じる事はできるはずがない。
「あなたはまだ中学生になったばかりでしょ?そんなあなたの前に私の存在は邪魔なの。なら、世界を見てきて欲しい。世界を見て大人になったら、また会いにきて欲しい。秋さんならそれを叶えられる人。きっと、あなたのお父さんも願ってることだから」
今の私が父として言える事はただ、それだけだった。ちっぽけな私を側で見るより、広い世界を見て成長して欲しい。
たとえ2度と会うことがなくても、彼の成長こそ私の生きる意味だから…。
「お姉ちゃんは…?」
「私は…今の私と向き合って生きていくの。記憶がなくても、それが私だと思えるくらいに強くなる。だから、あなたも強く…生きて!!」
私は、涙を堪えて言葉を紡ぐ。たとえ嘘の言い訳でも、これが本音だ。
「…分かった。けど、今日は帰らない。お姉ちゃんに言われたからといってすぐに答えが出るわけじゃない。今日は考えさせてほしいから…」
「わかった。四季さんにはお母さんから伝えてもらうわ。着替えだけ取りに…、いや私が取りに行ってくるわ」
私自身も四季に決断を伝えていないのだ。
その話も兼ねて、元の自宅に行かなければ、何も始まらない。
私たち家族が前へと進むため。
私は冬樹をゲストルームに案内すると持ってきてほしいものを書いてもらう間に、お母さんに冬樹の事を伝えにいく。
ゲストルームを後にした私をお父さんが自室から手招きする。
私はその招きに応じてお父さんの部屋へと入る。
部屋に入った私をお父さんは仕事机の椅子に座り、真剣な表情で私を見る。
「夏樹。いや今だけは春樹くんと呼ばせてもらおう。少し、焦りすぎじゃないのか?」
「盗み聞きですか、お父さん。あまりいい趣味じゃないですよ?娘さんに嫌われても知りませんよ」
私は苦笑いをしながらいうが、お父さんは真剣な表情を崩さない。
「それは…すまないと思っている。だが、今の君は…君たちは焦りすぎているように見えて仕方がない。君が春樹くんを必死に殺そうとしているのはそばで見ていてわかる。だけど、私達は君を殺すことも、夏樹を夏姫と混同することはできない。四季さんたちもそうだろう」
夏樹と夏姫ちゃんは外見は一緒でも、中身が違う。それと同様に春樹と夏樹では既に人間が違う。
だからこそ、家族ではない私達は互いに気を使いあってしまう。
「だが、冬樹くんは違う。彼の中では君は夏樹でしかないんだよ」
お父さんは言葉を続ける。言うことはまったくもってその通りだ。
私の家族の中で唯一真実を彼は知らない。
だから親愛、保護欲、恋心など、彼は無意識のうちに私に執着してしまう。
彼の幸せを願うと、それだけは避けたいのだ。
「私の感じる好きと、あの子の好きのベクトルが違う。私が夏樹である以上は誰も幸せになれないんです。なら今のうちに離れておくべきなんです。それがあの子にとっても幸せだから」
「…私はあの子を息子のように気に入っているんだが…」お父さんは残念そうに話す。
「ありがとうございます。それだけで…私は救われます。春樹が死んであの子は…強くなったと思います。なら、この時間を無駄にさせてはいけないと思うんで…」
「そうか…」
「…だから今から四季さんと話をしに行ってきます」
私はそう言うとお父さんの部屋を出る。
…私は自分の過去とケリをつけるために、家族と向き合う。その決断はこの先の未来に何を意味するものなのか、今の私たちには分からなかった。
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