第37話 修学旅行と恋

「ん…、重い…」


翌日の朝、私は寝苦しさに目を覚ました。

両腕に重みがあり、少し痺れていた。

腕を上げようとすると人の感覚を覚えた。


両腕の重さの原因は私の右に風ちゃんがくっつき、私の左では美月が手を握る。


いやいや、風ちゃん近過ぎ!!

だいたい予想してた事だけど…近過ぎない?

ていうか…風ちゃんはともかく、美月まで横に居るの!!


私は昨日のことを思い出してみる。

昨日は嶺さんの部屋でお風呂を借りた。


初めての生理で大浴場で入浴するわけにはいかず、部屋にお風呂がなかったから嶺さんの部屋でお風呂を借りる。

その際に風ちゃんが惜しそうに奈緒に引かれて大浴場に行ったのは覚えている。


入浴を終え、少し嶺さんと話をして部屋に戻った私を待ち構えていたのは、私の布団の隣を誰が寝るかを巡り壮絶なじゃんけん大会が行われていた。


「いやったぁ!!私が夏樹ちゃんの隣〜!!」

ジャンケンに勝った風ちゃんが入り口前で飛び跳ねる。


それを悔しそうに肩を落とす菜々ナナと不機嫌そうに両腕を組んでそっぽを向く美月の様子を苦笑いで奈緒と香澄が見ていた。


「あ、夏樹ちゃん。今晩は私が夏樹ちゃんの隣で寝れるよ〜!!嬉しい!!」

私に抱きつきながら喜ぶ風ちゃんに乾いた笑みを浮かべ、私は一つの疑問を口にする。


「…なんでジャンケンしてるの?私が真ん中に寝れば3人とも私の近くで寝れるじゃん」

私がいうと、3人は「あっ…」と声を上げる。


…気づいてなかったんかい!!

すでにこのメンバーで泊まるのは2回目なのに、成績優秀3人衆がポンコツに見えてきた。

いや、気づかないくらいに修学旅行の空気に浮かれているのかも知れない。


そして、私を真ん中に右に風ちゃん、左に菜々ナナ、私の頭上に美月が寝ることになり、布団を隙間なくくっつけて私達は横になる。


ファッションや恋愛について年頃の乙女達はガールズトークを楽しみ、誰からともなく眠りにつく。


そして今、美月は私の左側で横になっている。

…あなた、そんなキャラじゃなかったわよね?


私は美月の手から左手をゆっくり抜くと彼女は目を覚まし、寝ぼけ目で私をみる。


「おはよ、美月」


「お、おは、おあ…」

美月は途端に顔を赤くして布団から飛び出す。

そして、声にならない声で口をパクパクさせる。


「べ、別に一緒に寝たくて横にいたわけじゃないんだから!!勘違いしないでね!!」

私が小首を傾げると彼女は急に怒りだし顔を右に向ける。


…テンプレのツンデレご馳走様です。

美月の横顔を見ると、幼いとはいえ綺麗な顔をした女の子が私の横で寝ていた事を思い出す。


私が同い年の(←ここ重要!!)男だったら多分その表情に落ちていたかも知れない。だが、今の俺は残念ながら女の子だ。かわいいとは思うが何も感じない。


いや、感じていたらハーレムだったのかも知れないが、それがなくて良かったとも思う。


…やっぱり、身体も心も女になってきてる?

じゃあ、男と恋愛するのかと言われれば、それは悪寒がする。地続きの過去がそれを許さないのだ。

当然といえば当然だ。


美月の声に他の子達も順に目を覚ます。

私は目を覚ました風ちゃんをゆっくりと剥がし、出発の準備を始める。


起きると下半身に違和感を感じたのでトイレへ向かうと、昨日以上の出血と血溜まりに気分が悪くなる。げんなりした気分でトイレを済ませると、顔を洗い、身嗜みを整える。


そして、準備が終わった私達は揃って朝食をとりに行く。

すると、下へ降りる階段の下でちょうど男子グループも階段を降りるところだったようで、私達を見ると嬉しそうに話をしている。


その中に、修斗君もいた。

彼は馬鹿騒ぎをする他の男子を他所に私を見つける。視線が合うと彼は少し赤くなり、視線を逸らすように下の階へと早足で降りて行く。

その後ろ姿をグループ連中がニヤつきながら追う。


彼とは病院での遭遇以降、話す機会も増え何かと気を使ってくれる。実際に昨日も気分不良に気が付き荷物を持ってくれたのは彼だ。

彼の好意も感じてはいる。


その反面、彼は最初の告白された時に生贄として利用してしまい、彼の好意を私は無意にしているのが現実だ。

そんな彼の思いや優しさや未来を考えると罪悪感が生まれる。


私に執着せず、新しい恋に進んで欲しい…そう思いながら食堂で朝食を取る。

朝食後、全員でバスと船に乗り、宮島へ向かう。


船の上では6人で写真を撮ったり、普段乗る事のない15分ほどの船旅を満喫した。


そして、宮島に着くと鹿の洗礼を受ける。

私のクラスは午前中2時間をかけて厳島神社としゃもじの絵付けを楽しみ、昼食後自由行動を楽しむ。


…とはいえ、小さい島なので娯楽施設と呼べるものはお土産屋と弥山、水族館くらいしかない。


私達は相談の結果、ロープウェイで弥山に登る事にした。これまた滅多に乗らないロープウェイにテンションが高い友人と共にロープウェイ乗り場へ向かう。


「「あっ」」

ロープウェイ乗り場に着くと、先に列に並んでいたグループを見つけ声を上げる。


修斗君のグループだ。


「加藤君もロープウェイに乗るの?」


「あぁ、そっちも?」


「うん、ロープウェイって楽しそうだから」

私達がこれからの行動について話をしている後ろでは男子グループが香澄を通じて何かを話している事に、私達は気がつかないまま、ロープウェイに乗り込む。


そして終点に着くと、私達は12人で山頂を目指し、片道30分の道のりをそれぞれ話しをながら歩く。


だが、入院から体力低下の著しい私は悲鳴を上げ、途中から修斗くんに手を引いて貰う事になった。

それが、悪かった。


「あいつら…」

修斗くんが怨みを込めた声を上げたのだ。その声に生理と歩き疲れていた私もゆっくりと顔を上げる。


山頂に着いた時には後ろには誰もおらず、修斗君と2人きりになってしまったのだ。


「風ちゃん達は?」


「わからない…。けど、やられたよ」

と言って彼はスマホで誰かに連絡を入れる。

だが、通じない。何度かそれを繰り返す彼を見ながら、息を落ち着かせる。

すると、眼前にいる彼の後ろに広がる景色が目に入る。


「加藤君、見て…」

修斗君にそう告げると、スマホをポケットにしまい、周囲を見る。


弥山、信仰の象徴となる山というだけあって、眼下に広がる原生林と海のコントラストの美しさに私は心を奪われた。ここ半年の落ち着かない出来事で荒んだ心を忘れてしまえるほどに、落ちついていた。

そして、久々の安らぎだった。


だが、周囲の景色に見惚れる私を見つめる彼の視線に私は気づかなかった。

10分ほど景色を眺めながら友人の到着を待ったが、結局来ることはなく、私は立ち上がる。


「誰も来ないね…。戻ろっか…」

修斗君にに伝えて、私はゆっくりと歩き出す。

すると、「…香川さん、待って!!」と修斗君が声を上げる。


その声に私が振り向くと、修斗君は真剣な表情を浮かべる。


「…言わないでおこうと思ってたけど、やっぱり無理だ」

そう言った彼は、一呼吸大きな息を吐く。そして、


「…俺はやっぱり、香川さんの事が好きだ!!一度フラれたのに、病院で話した日から仲良くしてくれて君の事を知る度にどんどん好きになっていく!!

告白した日以上に、君の事が好きだ!!付き合ってくれ!!」


真剣な眼差しを向けられ、情熱的な言葉を告げられ私の幼い身体は激しく脈動する。

それは紛いのない事実だ。


だけど私には…俺には過去がある。

たとえどんなに激しく身体が脈打とうとも、私は女の子ではない。それは変わらない。

だからこそ、自分でも四季に言えなかった台詞を口にする彼を凄いと思ったし、好意的には思う。








「私も、あなたの事は好きよ…」





その言葉に、真っ赤な顔にの上に嬉しそうな表情を作る彼を見る。

そんな顔をする彼の目に映るべき人間は私ではない。


「…だけど、あなたと私の好きの意味は違う…」

息が詰まりそうになるのをどうにか堪える。


「…私はあなたに相応しくない。あなたがその情熱を向ける相手ではないの…」

私の呼吸が悲鳴を上げる。

俺が弱くなったのか、この身体が反応しているのかはわからない。ただ、急に立てなくなった。


「ごめんなさい…」

乱れる呼吸を整えながら、私は伝える。

すると、彼は後ろを向く。


「そっか…」

彼は制服の袖で涙を強く拭う。

そして、こちらを向き無理に笑顔を作る。


「じゃあ、戻ろっか…。立てるか?」

痛々しい表情で私に手を伸ばす彼を見てその顔を見ると胸が痛む。


私は「うん」と頷くと彼の手を持ち、立ち上がる。

だが、力が入らない。まるで転かされた時のような感覚がある。


ただ違うのは私の両手が震えているという事だ。

それが、何を意味するかは35年生きた俺ですら分からないが、ただ立てなかった。


「ううん、ちょっと無理っぽい。だから、先生を連れてきて…」

と私がいうと彼は大きく息を吐く。

そして私の前に背を向けてしゃがむと「乗れ!!」

と、口にする。


「で、でも…」


「いいから肩に掴まれよ。大好きな友達を置いてはいけないだろ?」

と、語気を強めて言う。


その言葉に私は「…分かった」と言って彼の肩に負ぶさる。すると、彼は私をヒョイと担いで山を降り始める。


「…俺は、やっぱり香川さんの事が好きだよ。女の子としても、友達としても…」


「…うん」


「だから、君と過ごす時間を諦めないと思う。たとえ友達だろうとも…」


まだ幼さの残る線の細い、サッカー部特有の引き締まった彼の身体に身を預け、山を下る。

多分、こいつは俺が出会った中で最高にかっこいい男だろう。


そんな男が、私に好きだと言ってくれた事に頭では嬉しく思いつつ、彼がもっといい人に出会えて欲しいと願った。


ただ、一つ惜しんだ事があった。それは

…なんで私は夏姫じゃないんだろう。

夏姫ちゃんなら何の迷いなく彼と付き合えていたのではないか。

夏姫ちゃんなら普通に恋愛をして、結婚をして、家族を持てたのではないか…。


そう思うと、涙が出てくる。

「ごめんね…こんな私で…」


「いや、そんな君だから…好きなんだよ。他の誰にも渡したくないんだ」

そう言った彼の若さと感情が私にはない。

ただ…、もし私が夏樹になる事ができれば…。


そう思いながら、私達は会話のないまま、ロープウェイの搭乗口へと向かった。

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