第35話 新幹線と悪夢
私は修学旅行の新幹線の中、ただ外の様子を眺めながらぼーっとしていた。
昨晩はあまり眠れなかった。
決して修学旅行が楽しみで眠れなかった訳じゃない。菜々ママと別れたあと、秋と今後のことを話しただけだ。だが、今も思い返すだけで吐き気を催してしまう。
私の周りでは友人5人衆が楽しそうにお喋りをしたり、それぞれに持ち寄ったおやつを食べていた。
「ほれ、なっちゃんもポッキー食べなよ!!」
奈緒が私の前にポッキーを差し出してくる。
「ごめん、奈緒ちゃん。今は寝不足で気分が良くないからいいよ」
私は差し出されたポッキーを掌で押し戻す。
「さては、昨日楽しみすぎて寝れなかったなぁ〜?わかるよぉ〜、私も楽しみすぎて夜中2時まで起きてたもん!!」
奈緒ちゃんはふんすと鼻を鳴らす。
テンションが高いのは修学旅行のせいだけではないようだ。
「そういう君には…私の口からポッキーを進呈…へぶぁ!!」
言ってる最中に奈緒ちゃんの隣に座っていた風ちゃんの手刀が、奈緒ちゃんに襲いかかる。
「奈緒ちゃん、ずるいよ。やるんなら私と!!」と、悶絶する奈緒ちゃんを横目ににこやかに…とてもにこやかに笑う。
ただ目は笑っていなかった。
「いや、遠慮しとく…。ちょっと寝るね」
悶絶する奈緒を見ながら私が遠慮すると、風ちゃんは残念そうに口を尖らせる。
…最近、風ちゃんキャラかわりすぎじゃない?悪い方に…。どこかで正していかないと…。
私は車窓の外を眺めながら思う。
広島へと向かう新幹線の車窓に映る景色は、街の景色の間に黒い闇に包まれたトンネルがいくつも現れる。
その都度、暗闇に白い髪をした可愛い天使のような自分の顔が映る。それをボーッと眺めているが、今はその顔を見るのが嫌だった。
昨夜、秋に言われた事が…頭の中でリフレインする。
※
22時になり菜々ママを見送ると、私達は帰路に着く。
さすがに中学生が出歩いている時間じゃない。
それに明日は修学旅行だ。
この身体での旅行は初めてだから早く休まないとクラスに迷惑が掛かる。
「春樹…、ちょっといいか?」
「ん?」
早足で家路を急ぐ俺に、秋が俺に声をかける。
夏樹じゃなく、春樹にだ…。
「…来月、四季と一緒にイギリスにいく」
その言葉に俺は、言葉を失う。
それは以前から想定していた事であり、俺から言い出した事なのだから…それは祝うべきなのだ。
しかし、ショックを隠しきれない自分もいる事に改めて、戸惑っている。
私は秋の顔を見ながら言葉を探しているが、見つからない。秋の顔は至って真剣だった。
そして、その後ろで俯いている四季の顔を見る。その表情は罪悪感で満ちていた。
「…い、いいんじゃ…ないかな?」
作り笑顔で話す私に、秋は唇を噛み、四季は…息を飲む。
「もうこの世に春樹なんて人はいないんだから、縛られるものはないんだよ?」
自分を文字通り殺して凍っていく心に重ねる嘘。
…嫌だ、行かないで、側にいて!!だけど、オレハシンダ。この体に不釣り合いのジブンノココロノアリカガワカラナイ。
「嘘をつけ…じゃあ、なんだその顔は?」
秋に指摘されて初めて気が付いた。
既にもう、泣きそうになっている事に…。
「あれ?なんで?おかしいなぁ〜」
私は慌てて、腕で涙を拭う。
「お前がそんなんだから四季も悩むし、俺も連れて行くことはできない…。だから…」
秋は私涙を拭う肩に手を置き、私の顔を覗き込む。
「もう一度、よく考えろ!!時間はもうないんだ。来週には答えを聞く…」
秋の鋭い目つきだけが、私の心に突き刺さっていた。
※
「夏樹ちゃん、夏樹ちゃん…。もうすぐ着くよ!!」
風ちゃんの声で、私は目を覚ました。
「ん…ありがとう」
冷や汗で濡れた額を手で拭いて、立ち上がると自分の荷物を持つ。
だが、身体に力が入らない。それどころか、気分まで悪い。
「大丈夫か、香川さん」
そんな様子を見ていた加藤くんが私の荷物をヒョイっと持ち上げる。
その姿に私は羨望の眼差しを向ける。
昔はこんな荷物くらい軽々と持っていた筈なのに、今ではそれを持つのも一苦労するこの身体に苛立ちを覚える。
「ん…ごめん、自分で持つよ!!」
私が慌てて荷物を取ろうとすると加藤くんは手でそれを制する。
「気分が悪いんだろ?俺が持つよ」
「えっ、でも…」
「遅れて乗り過ごしたら他のクラスメイトにも迷惑がかかるから持つよ」
ぶっきらぼうに私の荷物を持った加藤くんが通路の人波に呑まれる。
「さっすが修斗、男前!!」
「姫にお熱だねぇ」
「うっせぇ!!」
他の生徒からチャチャが入ると、加藤くんは恥ずかしそうに叫ぶ。
「よかったわね、夏樹。さっきから気分が悪そうだったから」
「うん…」
美月が私に声をかけてくれる。
寝不足とさっきの夢で気分は最悪だったので正直、助かった。
だけど、それ以上に私は自分が失った全てを持つ彼を羨んだ。
若さも、サッカーも、その身体も全て記憶の彼方に消え、残る家族も他人となろうとしている私は、元の冴えない自分に戻りたいと思い、唇を噛む。
「夏樹、本当に大丈夫?」
「ありがとう、美月。心配してくれて」
というと美月は顔を真っ赤にする。
「心配なんてしてないわ!!あなたに倒れられると楽しい修学旅行が台無しになるじゃない!!」
「ははっ…」
苦笑いでそっぽを向く美月を見て私は
…どこのツンデレだよ…
と、ツッコミを入れる。
新幹線はホームに入り、私達は急いで新幹線を降りて行く。だが、私の足取りは重く、フラフラしていた。
新幹線の改札を抜け、少し広めのフロアーに集まった私達は担任の
「それじゃあ、みんな揃ったので、順番にバスに乗って行きたいと思います」の一言で、クラスごとに観光バスに乗って行く。
バスで市内を走り、観光バスはだだっ広い駐車場に停まる。
ここは昔、野球場があったらしいが現在では何もなく、街中には似つかわしくない寂れた空間がぽっかりと開いている。
「それじゃあ、これから平和公園を歩いて行きます。皆さん、ちゃんとついてきてくださいね!!」
ガイドの先導で平和公園をしばらく歩いて行くが、私は下腹部に痛みを覚える。
「夏樹ちゃん、本当に大丈夫?」
隣で歩いていた風ちゃんが私を心配して声をかけてくる。
「…うん、ちょっとお腹が痛いだけ。ちょっとトイレに行ってくる」
「夏樹ちゃん、それって…。待ってて」と言って周囲を見渡す。生徒の中に嶺さんを見つけると、呼びに行った。
私は訳が分からずにその様子をただ立ち尽くすと、風ちゃんは嶺さんを連れてくる。
「嶺さん、どしたの…?」
「夏樹ちゃん、気分が悪いんだって?」
「…はい」
「そう…。久宮さん、あなたは他の人と一緒に行っていなさい」
「えっ、夏樹ちゃんは…」
「ちょっと別行動するわ。分かるわね」
と、いうと風ちゃんは何かを察したのか「はい」と言って奈緒ちゃんの元へと走って行き、嶺さんも担任の元へと歩いて行く。
待たされた私だけ、その場に立ち尽くしていた。
「お待たせ。じゃあ…、行きましょう」というと、嶺さんは私を連れて行く。
しばらく歩くと小綺麗な喫茶店に着き、私達は席に座ると嶺さんは話し出す。
「あなた、まだだったわよね?」
「えっ、何がです?」
嶺さんは歩きながら私に質問をするが、まだの意味がわからない。
すると嶺さんはため息を吐く。
「あなたがきて欲しくなかった日かな…」
「えっ?」
「初潮よ。生理が来たの…」
嶺さんの言葉に、私は思考が止まる。
嫌でも自分が女であると言う事がわかる日。…生理が来てしまったのだ。
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