第34話 過ちと遺恨

私達が駅から一緒に帰った2日後、四季から一本の連絡が入った。


その内容は水曜日の晩に話があるとのことだったのでとりあえず、私は了解と返事をしてお母さんに許可を取る。


「…いいわよ」

どこか苦虫を噛み潰したような顔をするお母さんだったが、許可は取れたのでその旨を彼女に送る。


…いったいなんの用事だろう。

私はお母さんの表情に疑問を持ちながらも、その日は眠りについた。


2日後、翌日に控える修学旅行の準備を終えた私は、四季に連れ添われて向かった先は個室のある食べ物屋の前で私は四季の後ろを歩く。

四季に案内された先には秋が待っていて、私に「よっ」と額につけた二本指で挨拶をする。


そして、入り口側の奥の席には女性の姿が見えた。私の存在に気がついた女性は私を見て、「香川…さん?」と呆気にとられた顔をする。ナナマナだった。


私はペコリとお辞儀をすると秋の隣に座り、どういうことかの説明を求める。

その様子をナナマナも不思議そうに見つめてくる。


…気まずい。


「まずは、飯を食いながら話そうか」

秋はそう言って店員に注文を入れる。


そして、食事のくる間は無言の時間が流れる。

たまに牽制が飛んでくるが大した盛り上がりには欠けていた。

食事が届くと、四季が急に口を開く。


「ねぇ、ナナマナ?」

その声に、ナナマナは驚く。四季が、真奈の事をナナマナと呼んだことがないからだ。


「今、春樹に言っておきたい事があるってこの間言ってたよね?言っちゃいなよ!!」


「えっ?ここで!!なんで?」

戸惑うのも無理はない、肝心の春樹がおらず代わりに友達の同級生がいる中でそんな話ができるわけがない。


「いいから、言ってごらんなさいよ!!楽になるよぉ〜。私も秋も聞いてあげるから…」

ニヤリと笑いながら四季は口にする。


「え、でも…」


「いいから早く!!」


「じゃあ…春樹君に謝りたかった事がありました。付き合ってた時、私はあなたを裏切りました…」

急かされるまま口にするナナマナの言葉に俺は驚かなかった。


…ああ、その事か…


「辛い思いをさせてしまった事がずっと心残りでしたけど、あなたはもういません…。ごめんなさいが言いたかった…。ねぇ、これでいい?恥ずかしいんだけど…。娘の友達もいるし」

謝罪の後に恨み言をいう彼女に私は吹き出してしまいそうになる。


「だって、春樹…どう?」


「えっ?」

四季の言葉に戸惑いを隠せないナナマナに私は大いに笑う。その様子を見たナナマナは私と四季を交互に見ると、四季はおろか秋も大笑いをする。


「あはは!!どうって、くくっ。許すも何も、昔のことじゃん!!引きずり過ぎ!!」

私が大笑いをしながらいうと、彼女は私を見ながら目を点にする。


「どういうこと?なんでこの子が笑ってるの?」

未だに状況が理解できないナナマナは混乱する。すると、今まで笑い転げていた四季が真顔になる。


「この子が…今の春樹よ…」


「えっ…」

そう告げられたナナマナの目が私に突き刺さる。


「そんなに見るの…やめてくれよ、許すから」

笑いながら私がナナマナに言うと、ナナマナは四季と秋の顔を交互に見る。

2人はうんと頷くだけで何も言わなかった。


「こんななりになったけど…、田島 春樹だよ。ナナマナ…。なんなら付き合ってだ時のエピソードでも話そうか?えーっと、あれは付き合って2ヶ月目だったかに…」


「えっ、ちょっとやめて!!」

彼女は1人戸惑い出す。


「まだ何も言ってないじゃん?いきなり制服を脱ぎ出して…だい…」


「分かったから、春樹君って分かったから!!」

ナナマナは顔を真っ赤にしながら手をぶんぶんさせる。


「春樹、そこんとこkwsk!!」

秋も食いついて身を乗り出してくる。


「えーっと、真奈が制服脱いで…俺が人生初ブラを拝んだだけ…」


「うそっ!!そんな事がこのご時世ある訳が…」

四季が疑ってかかる。


「本当だよ。なぁ、ナナマナ」

…このご時世ってあーた、最早20年近く前の話だよ!!そういえば、時々この事をネタにされて困ってたなぁ。俺は四季しか抱いた事ないって言ってるのに…懐かしい。


「ええ、何もしてくれなかったわね」


「すまん、あの時はまだ…迷いがあったから」


「この時からEDだったのね!!」

私が俯きがちに言うと四季がとんでもない暴言を吐いてくる。


「EDちゃうわ!!」

…EDちゃうわ!!今はEDどころか、ナニもないけど…、この時からEDだったら冬樹は生まれてないだろ!!

もしかして、俺の子じゃないとか?それなら

俺泣いちゃうよ?


「本当に…春樹君なの?」

ナナマナは私を見て涙をこぼし始める。


「ああ、久しぶりだな…、ナナマナ。こんな形になったけど、春樹だよ」

私は最大限に男の振りをする。


「火事で一度死んだ…。けど、助けた子に…助けられてこうして生きてる」

その言葉を聞いたナナマナは大泣きを始め、しばらくは四季に背中を撫でられていた。


時折、「春…くん、ごめん。ごめんね…」と言うのが分かる。

だが、俺と言う存在はすでにこの世にはいない。許しは、夏樹の身体を借りた俺が最期に残した言葉として捉えて欲しい…そう願った。


しばらくしてナナマナが泣き止む。

そこで私はひとつ、彼女に伝える事があった。


「ナナマナ、もう俺の事は気にするな。すでにいないんだから。それより聞いてほしい事がある」


「…なに?」


「私の友達の菜々ナナの事…」


「えっ?お前、娘にも似たような渾名をつけたのか?相変わらずの駄センスだな!!」

と秋が言ってきたので、私はぐーパンで秋の頭を殴る。そのパンチの痛みに秋は悶絶する。

非力な私のパンチなんて痛くない、痛くないよね?


「話は逸れたけど…、あの子、公立高校受験をしたいって言ってる…」


「えっ?」


「シングルマザーのお前にこれ以上苦労はかけたくない…。やっぱり一人で留守番をしているのは寂しいんだって…」


「…そっか」


「けど、私達とも離れたくないとも言ってるわ?今の学校が一番楽しいって…」

もしかしたらいじめの件を先延ばしにしていたら悩む事はなかったのかもしれない。

高校を公立に変えれば彼女は過去の事と割り切れたのかもしれない。

だけど、それは違う…。


「下手に期待も、後悔もさせたくないから…出来る事をするようにとは話したけど…根本的な解決にはなってないよ。あとは菜々ママが話をする事しか方法はない…」


「うん。分かってる…」


「七尾さん。離婚してから、元旦那には会ったか?」

急に秋が菜々ママに声をかける。

元旦那…俺にとってはかつての恋敵であったが、秋には関係ない。どこで何をしていようが秋の勝手だ。


「ううん、会ってないわ。ずっと意地になってたし、結婚もしてるんでしょう?」


「いや、あいつはずっと七尾さんとの事を後悔してる。だから結婚はしていないよ…」


「うそ…、嘘よ!!」

秋が語る元旦那の現状を知り、彼女は狼狽る。


聞いた話では彼女達の離婚の原因は決して不倫などではなく、生活苦を知らない若人同士の意見の食い違いによる離婚だと言う。


「娘に対しても何もしてやれてない。だからどこかで会えればできることをしてやりたいと飲みながら話してた事があった。その為の金も…出せるくらいにはなったと言っていたよ…」


その言葉を静かに聞きながら、彼女は「嘘よ、そんなの嘘に決まってる…」と呟く。


「いいや、嘘じゃない。あいつにもう少し勇気があれば、なんの問題もないんだけど」

秋は恨めしそうにナナマナの旦那を貶す。


「けど、今まで会わなかったのに…今更娘のために会おうなんて…、私には…いえない」

彼女は手の中に持っている空のグラスを眺める。そのコップに私はゆっくりとお茶を注いでいく。


「じゃあ、なんで俺に会いたかったの?」

彼女は私の言葉に反応して、その拍子にお茶をこぼす。


私は「あ〜ぁ、何してるの」とお手拭きで軽くテーブルを拭く。その仕草がもう女の子になっている事に私は気がつく。


それを元嫁、元カノ、元幼なじみの前で自然とやっているのにとてつもない違和感と不快感を覚えた。


あらかた拭き終わると、私は再びナナマナに向き直る。


「で、なんで私に会いたかったの?」


「…あの時の事を後悔したままでいたくなかったの。やってしまった事は戻らない。けど、過去に引かれて生きるより、全てを精算して前へ進みたいと願ったからかしら…」


その言葉に私も四季も秋もそれぞれに思う節があるのから、黙る。


「その先には何があるの?もしかしたら否定されて終わるかも知れないのに…」


「わからない、分からないわ。けど、否定されても構わない。それは私のあなたに対する罪なんだから…」


「…なら、その罪を帳消しにする方法がひとつだけあるよ。あなたは…旦那に会いなさい。それが私への罪滅ぼし。あとは…先へ進むための方法だと思う」


「そ、それは…でき「できるよ!!」」

私が彼女の言葉を遮ると、彼女は気圧される。


「俺たちってあれから歳を取ったなぁ〜」

俺がしみじみとお茶を飲みながらいうと、四季は「あなたは逆にお子ちゃまになったよね〜」と茶化す。


それを俺は「うるさい」と返して、再びナナマナに語りかける。


「裏切った俺に会う方が本当は辛かったと思う。けど、俺たちはもう大人だ。互いの過ちも遺恨も受け入れる事ができるようになった」


「そうね…」

ナナマナは一言、同意する。


「なら、もし旦那さんへの思いがまだ残っているのなら、明日にでも…会うべきだ!!菜々ナナの、私の友達の為にも!!」


真剣な眼差しの私の言葉でついに彼女の心に火がついたのか、「分かったわ」と、話す。


私はその答えにホッとして、「偶然にも、明日から私達は修学旅行だから気兼ねなくゆっくりできるよ」とナナマナに言うと、ナナマナは顔を赤くして「バカ…」と呟いた。


そして秋から連絡を入れてもらい、後日彼女と旦那は会う事になった。


その事がきっかけで菜々ナナは高校を私達と一緒に通う事ができるようになり、ナナマナと旦那は再婚を果たしたのはまた別の話…。


…だが、それで今日の会合は終わらなかった。

真剣な眼差しで、秋が私を見ていたのを私は気がつかなかった。

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