第19話 言霊と呪縛
私は2階に上がるとベッドに横たわった。
ぐちゃぐちゃになった頭のまま、アキと四季はこれからどうするんだろうなどと考え、落ち着かなかった。
この家きた頃は実感していなかった言葉を思い出す。
…今ならまだ再婚もできるだろう。それに、アキもいる…
…四季と冬樹を一緒にイングランドに連れて行ってやってほしい…
と私は2人に言った。
目の前にはその言葉どうりになろうとしている…かも知れない2人がいる。それを望んだのは私だ。
だけど、今になってその言葉の意味が怖くなった。
私はひとりぼっちになってしまう。
今は夏樹としての家族はいる。だが、2人は俺にとっては他人だ。
ただこの身体を産んだと言うだけの家族で、俺にとっては同年代の他人だった。
家族は四季と冬樹だけだ。
友達もできたが、俺にとっては小娘に過ぎない。
アキのような心を許せる友達にはなれない。
だって、私は死ぬまで彼女たちに嘘をつかないといけない。明かすことのできない真実を…。
なら、心を許せる人達が揃ってイギリスに行ってしまったら私はどうなるんだろう。
思いを口にしてしまうと壊れてしまいそうだから、私は何も言わなかった。
ただ、耐える。流れている涙をただただ耐え続けた。
※
"ヴー、ヴー"
携帯が、音を立ててなる。
その音に私は目を覚ました。
スマホの画面には四季の名前が浮かぶ。
「もしもし…」
『もしもし、春樹?寝てた?こんな時間にごめんね』
「うん、疲れてて寝てたよ。どうした?」
『ちょっと、話したいことがあるの。…今から出てこれる?』
「…わかった。ちょっと待ってて」
と言って電話を切る。
時計を見ると時間は午前1時。
カーディガンを羽織り、私は自室を出る。
家の中を眺めると真っ暗で、私の隣の部屋は冬樹のために作られたゲストルームがある。
両親も自室で寝ているようで家にはしんと静まっていた。
私は出る前にゲストルームを覗く。
そこには寝相の悪い冬樹が寝息を立ていた。
忍び足で私は2階から降りていき、玄関から外へ出る。家の前では四季が、待っていた。
「ごめんね、こんな時間に…」
「ん、いいよ?で話って何?そこの公園で話そうか…」
私達は公園に向かって歩く。5月とはいえ、まだ肌寒く、自販機にはまだ暖かい飲み物が置いてあった。そこで私達は紅茶を買い、公園へ向かう。
人もいない公園のベンチに座り、私達は紅茶を口にする。
「…あのね、アキにイギリスに一緒に来て欲しいって言われたの」
「そう…。よかったね。で、四季はなんて答えたの?」
「…行かない…って言ったよ」
「どうして?」
「私には春樹が居るからって。アキくんもそれは分かってるって言ってくれたの」
「うん」
「だけど一緒に来て欲しいって言われた」
わたしの心がずきっと音を立てる。
「春樹が夏樹ちゃんになって…まだ一年も経ってない。だから私はアキくんとは一緒に行けないって」
「そっか…」
私の心は少し安堵する。勝手な心だと私は思う。
その安心感を私は自分の口で壊す事になることはわかってる上で、ホッとしているのだ。
「ねぇ、四季さん。ちょっと抱きしめてくれる…」
私は自分から四季の胸に潜り込む。前なら潜り込んでくるのは四季だったのに、今では逆だ。
「…あったかい。やっぱり、家族は四季さんだけだ…」
私の本音がポロリと出る。
その瞬間、四季の腕に力が入る。
その優しい抱擁に私はただただ身を任せる。
「四季、俺は四季を死ぬまで離さないって言ったじゃん」
「…うん」
「けど、俺が死んだらアキに頼って欲しいんだ。
あいつは俺がお前と付き合う前からずっと、お前を好きだったんだよ?」
「わかってる」
「なら、もう頼っていいんじゃないかな?春樹はもういないんだから…。時間なんて関係ないよ…」
「いやだ。あなたと一緒にいたいの。死んだなんて思いたくない!!」
「…それじゃあ、俺が浮かばれないんだ。今後もずっと…後悔…ううん、2人に懺悔して生きたくないの」
「あなたはそれでいいの?じゃあ、なんでこうしてるの…?」
「…俺は今日、いなくなるから…。田島 春樹はこの世から消えてしまうから…」
「えっ?」
「私はもう夏樹として春樹の過去を忘れて生きていくの。だから、俺は今日でおしまい…」
自分の言葉でこころが押しつぶされそうになる。
だけど、それ以上にきつい四季からの抱擁。
このまま死んでしまいたいと思う。
「だから、四季はアキと一緒になって…イギリスに行って幸せになって」
「春樹…」
「会わなければ、そのうち春樹は死ぬ。俺が夏樹になってくれるから…」
四季はその言葉を聞いて大粒の涙を流す。
私は四季のお腹に抱きつきながら、泣きそうな心をどうにか閉じ込めている。
静まり返った深夜の公園で2人の女が抱き合い泣き続ける。周囲から見れば元夫婦なんで誰も思わないだろう。
しばらくして四季は泣き止んだ。そして何かを決意したように呟く。
「…わかった。私はアキと行くわ…」
私の望んでいた答えで、心で何かが壊れた音がする。けど…
「それでいい…」
と言って私は四季の見慣れた顔を見る。
「今まで、ありがとう…。俺は…四季と一緒に生きることができて幸せでした…」
「…私も、春樹と結婚してよかった…」
と言って私達は立ち上がって、再度抱擁を交わす。
夫婦として、田島 春樹として最後の2人の抱擁だった。
※
私達は私の家の前で別れた。
そして、ゆっくりと自分の部屋へと戻っていく。
途中、私が開けたままにしていた客室のドアに気がつく。
それを閉めるため、客室の前立つと相変わらず冬樹は暢気に眠っている。
私は静かにドアを閉め、ベッドの横に行き冬樹の顔を覗きこむ。
赤ちゃんの頃からの面影はあるものの大人の顔つきになりつつある冬樹の顔が愛おしい。ただ、もうこの顔も見ることはなくなると考えると私は泣けてきた。
「…冬樹…、寂しいよ…」
必死に声を抑え、流れ落ちる涙とともに静かに全ての感情を吐きだした。
「…ひとりになるのが…、怖いよ…」
溢れ落ちる感情は止めどなく流れ続け、それが治ると、私は静かに冬樹の唇にキスをした。
男女のやるようなキスではなく、親が子にするような優しく…そして一瞬のキス。
それをすると私はそそくさと、自分の部屋に戻ると私は布団を頭から被る。
冷静に考えると、今の私は冬樹の父親ではなかった。急に夏姫ちゃんに申し訳なくなる。
「…ごめんね、夏姫ちゃん。君のファーストキスを冬樹にあげちゃったかも…」
そして、冬樹に対しても
「…冬樹にも悪いことしたな…。ファーストキスが親父ととか、可愛そう〜」
などと、一人テンションがおかしい方向へ持っていかれる。
…だけど、イギリスへ行けば、すぐ忘れる…
頭は冷静だったが、胸の中は熱くなっていた。
だが、ただの一瞬の口づけが呪縛となり、私達の未来を変えてしまったことを今の私にはわかる由もなかった。
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