第18話 四季と秋樹

「さ、さ、さや、佐山…選手!!」


…壊れた、風ちゃんが…壊れた。

大ファンのアキを見て脳がショートし口をパクパクさせている風ちゃん。


「…アキくん、お疲れ様。今日も活躍してたね…」


「あぁ、ありがとうな。今日は来てくれて。夏樹ちゃんも…。嬉しかったよ」

少し歯切れが悪い四季とアキ。


「お疲れ様です、アキさん。ついに正式にイングランドに行くんですね」


「あぁ、チームの合流もあるから7月ぐらいには渡英する予定だ…」



「…頑張って…」


「やっぱりイギリスに行っちゃうんですか!?」

風ちゃんが正気を取り戻し、アキに食い気味に話しかける。


「…夏樹ちゃん、この子は?」

珍しく女の子にタジタジなアキを見て私は吹き出しながら、

「この子は風ちゃん。私の中学校の友達で、アキさんの大ファンなんだって!!」


というと、アキも四季と同じような笑みを浮かべ、

「そうか…いつもありがとう」

と言って風ちゃんと握手をする。


はわぁ〜と頭から煙をあげるように蕩ける風ちゃんを尻目に奈緒ちゃんは私を呼び、テーブル越しに耳打ちする。


「なっちゃん、知り合いなの?」


「うん…退院した時に四季さんに紹介してもらったから」


「すごい!!サイン…もらわなきゃ!!」

というと、奈緒ちゃんは鞄を漁るが色紙などサインに適したものがない。


「アキさん、サインペン持ってますよね…」


アキは常にサインができるように鞄にサインペンを忍ばせている。だから地元クラブで顔となり、若手を凌ぐ人気選手にも未だに選ばれている。


「ああ、あるよ?さすがに色紙はないけど…」

と言って、サインを取り出す。



「じゃあ大丈夫。四季さん、ユニフォームをもらってもいいですか?」

私は自分の鞄から俺が昔から着用していたレプリカユニフォームを取り出す。


「…それは、いいの?」


「いいよ。ユニフォームはいつでも買えるし、アキさんのサインもいつでも貰えるから。ねっ、アキさん」


私は秋に笑いかけながらアキにユニフォームを渡す。


受け取ったアキは少し苦笑いをし、すらすらとユニフォームにサインをすると風ちゃんにそのユニフォームを渡す。


「うわぁ…、ありがとう!!夏樹ちゃん、佐山選手!!お父さんに自慢しなきゃ!!」


風ちゃんは思いがけずに手に入れた本人直筆サイン付きユニフォームに満面の笑みでほおずりをしている。同じように四季からユニフォームをもらって、アキは奈緒ちゃんに渡す。


「ありがとうございます。大切にします」


「ああ、大切にしてくれ。で、また夏樹ちゃんと試合を見に来てくれるとうれしいな」


いたって普通のテンションの奈緒ちゃんとぶかぶかなユニフォームに袖を通して着心地を楽しむ風ちゃん。


「けど夏樹ちゃんのユニフォーム、なんでこんなに大っきいの?」

奈緒ちゃんが風ちゃんを見て疑問を呈する。


「これは…春樹の着てたユニフォームだから」


「「えっ?」」

四季の答えに2人は驚いた表情を見せる。


「いいんですか?これ…もらっても…」

風ちゃんが表情を一変させて戸惑っている。


「…」


「いいよ。私が譲ってもらったものだけど…風ちゃんにあげる」

答えられない四季に変わり私が口を挟む。


「本当はお…春樹さんの大切にしてたものだからあげないほうがいいんだけど…。あの日からのことを思い出すのが怖くて…」


実際に試合中、私はユニフォームのサイズに違和感を覚えていた。本来の自分が着ていたユニフォームが大きくなってしまった。

それは過去と今の乖離を嫌でも思い出させる。

死んだ恐怖と生き残った戸惑いのなか、それをユニフォームを通して実感するのは怖かった。


「四季さんには申し訳ないんだけど、時々見るくらいがちょうどいいって思うの。大事に着てくれそうな風ちゃんなら一緒にまた試合に行けばいいかなって思うから…」


「夏樹ちゃん…」


「夏樹ちゃんがいいって言ってるからいいんじゃない?もともとおっさんので申し訳ないんだけどね」

四季も私の言葉を聞いて口を開く。


…おっさんって言うな!!まだ若い…つもりだったんだ!!今は若いけど。

私は無言で四季を睨む


「…分かりました。大事にします」

というと、風ちゃんは大事そうにユニフォームを鞄にしまう。


「さて、今日は解散にしようか!!」


時刻は18時過ぎ。中学生が出歩くにはオススメできない時間だ。


「はい、ありがとうございました!!」


5人でファミレスを出る。支払いはアキがしてくれた。昔から実にスマートでかっこいい。


…うん、こういうところは男前だ!!私が女だったら惚れる自信がある。いまは女の子だけど…


なにやら四季と話をしているアキを見ながら私達は駅へと向かう。そして、改札で2人と分かれる。

2人の楽しそうな姿を見送り私は四季とアキの元へ戻る。


「立派に女子中学生をやってるなぁ…少しは様になってるじゃん」

アキがニヤニヤしながら私いう。


「自分でも気持ちが悪いよ。あの若者のテンションには入っていけない…」


「まぁ、そうだろうなぁ…。側から見たら花の女子中学生に見えるけど、元を知ってると笑顔ですら気味が悪くなるな」


「ちょっと…」

アキの言葉に四季はいつになくハラハラしている。

私がこいつの軽口くらい気にしないの知ってるだろうに。


「で、2人はこれからどうするの?お母さんが心配するから帰るけど?」


私が2人に告げると2人の空気が変わった。

四季は顔をそらし、秋の目が鋭くなる。

なにも言わない。しばらく流れる沈黙…。

その沈黙の理由を私は知っている。


「…春「あー、今日は楽しかった!!」

私は秋の言葉を遮り、楽しんだふりをする。

そして私の頭にあるスイッチを切り替える。


「じゃあ、四季さん、アキさん。私、帰りますね。冬樹くんも来てるだろうから一緒に遊ぼうかな?」


香川 夏樹モード。思考の中にある田島 春樹を一切遮断して他者と話す事だ。

実際に四季やアキとのやりとり以外はつねにこのモードで過ごしている。


だが、2人の前でするのは初めてだった。

2人はそのモードに戸惑う。


「じゃあ、四季さん。私は先に帰ってますね」

と言って帰路へ着こうとする。


「待って!!」

四季は私を呼び止める。だがそれ以上何も言わない。


「送ろう」


アキが四季に代わって言葉を口にする。

「ううん、いいです。近くですから歩いて帰ります。それに…」と言いかけて私は口を紡ぐ。


…デートの邪魔をしたくない。なんていうと2人が気を使う。だから言わない。


「…冬樹くんに今日は泊まってもらっていいですか?最近買ったゲームを教えてもらいたくて…。

では…」


と言って私は2人を置いて帰る。2人は置いてけぼりをくらいキョトンとしている。だから普通の中学生がやるように、離れたところから笑顔で手を振るというおまけ付き。


何を隠そう!!私はモテるのだ!!いく先々で注目の的なのだ!!おそらくこれをクラスでやれば何人かの生徒が堕ちる。


それを2人にやるなんて、サービス精神旺盛な私!!ほら、あの人がこっちを見てる。


…なんてことを考えながら私は足早に家に向かう。

そんなことを考えないと、私は夏樹でいることが出来なかった。


嫉妬、寂しさ、諦め、恐怖。その感情に潰されてしまいたくない。だけど、2人の今日1日の表情や行動を見る限り、2人も変わろうとしていることが分かる。それを勧めたのは私だ。


その私が、2人の邪魔になってどうするんだ!!

と、足早に帰るが家に着く前にあるものが目に入る。


…生前の自宅だった。

俺の記憶が残る自宅…。家族との思い出が残る自宅。私の未練が残る自宅を見て私は涙を流した。


これから…もっと変わっていく。

私を取り巻く環境も、人との関係も、そして身体も…。だが、ココロは変わるのだろうか?

夏樹として強くなれるのだろうか…。


ぐちゃぐちゃになった頭を抱えながら私は私の家の玄関の扉を開く。

そこには冬樹の靴が脱ぎ散らかしてあった。

人様の家に行った時は靴を揃えるように言っていたのに、できていないじゃないか!!


親の顔が見てみたい!!と、私は腹を立てながら冬樹の靴を揃える。サイズを見ると25.5cm。

いつのまにか、大きくなったその靴を見る。


「…俺よりおっきな靴になっちゃったか…」

中学生女子でも小さい私の足だ。当然なんだが、そんな感想が口から出る。


そして立ち上がり、「ただいま」と言って二階へ上がっていく。


お母さんがリビングから顔をだす。

「おかえりなさい。今日、勝ってよかったわね!!楽しかった?」


「…うん。楽しかった。お母さん、冬樹君は?」


「二階でゲームしてるよ?ご飯は?」


「四季さんと食べてきたからいらないです。疲れたからちょっと休みますね…」


「あと、冬樹君には今日泊めてあげて…。私も遊びたいし…」


「…わかった」


と言って私は2階へ上がっていく。

その姿を心配そうにお母さんは見つめていた。


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