第17話 今の私と今の俺

アキの試合は2対1で地元チームが勝った。

アキは1ゴール1アシストと活躍し、ゴールを決めた時は私のところへパフォーマンスをしに来た。

だが、喜びだけの表情ではなく、何かを決意したような顔だった。


結局アキはこの試合のMOMを取り、ヒーローインタビューではついにイングランド移籍について言及し、サポーターに惜しまれた。

だけど私は以前から知っていた事なのでさほど驚きはしなかった。


スタジアムの歓声が収まり、人々が帰路へ着いて行く。私達の後ろで観戦していた壮年のおじさんも四季に挨拶を交わして去っていく。私達も帰るために席を立ち、四季が用意していたエアクッションを取り上げると席の色が違うことに気づいた。


他の席は基本的に青や赤のペイントで色付けされていたのだが、私達の座っていた席は他の座席とは違い地元チームの紫色に色が塗り替えてあった。


「四季さん、なんでここだけ色が違うの?」

と、私は小声で四季に尋ねる。


四季は「ああ」と言ってその席を眺める。

「ここはアキくんが私達の為に色を変えた席なの。

あなたとあなたの家族がいつでもここで観戦できるようにって…」


田島 春樹の存在は地元クラブのサポーターは知っていた。事あるごとにアキは俺の存在をクラブの広報誌で話し、俺の存在を持ち上げた為一般サポーターのなかでも俺は有名だった。


「だから春樹が人を助けた事をサポーターは知ってるの。私達が来ていない時は他のサポーターが自由に使うけど、暗黙のうちにそこは春樹のための席になった。だから、ここは春樹が助けた貴女のための席でもあるの…」


アキが放火の被害者である俺たち家族のために作った席といことだ。私は別に特別扱いを望んでいるわけではないが、席を見ながら話す四季の言い方はどこか私と俺を隔てるものだった。


「さて、試合も勝った事だし、今日はお姉さんが奢ってあげる。えっと、お友達2人はまだ時間は大丈夫?」


急に四季は風ちゃんと奈緒ちゃんに話しかける。

声をかけられた2人は少し驚いた様子を見せたが、

「大丈夫です〜」と揃って答える。


その返事に気を良くした四季はニコニコしながら

「夏樹ちゃんの学校での様子が気になってね」

なんてぬかしやがる。

私の2回目の中学生生活は四季にとってこれ以上ない獲物だ。それが友人2人を丸め込んだ時点で、学内での情報が知られたくない四季に漏れる。それこそ今の私はまな板の上の鯛だ。このまま帰りたい。


その話を聞いた冬樹は見るからに嫌そうな表情を浮かべている。


…わかる、わかるよ冬樹。私だってもう帰りたい。


冬樹はもともと人見知りな上、思春期を迎える中学1年生だ。そんな奴が年上の女の子3人に囲まれるなんて地獄だろう。


「…僕は…先帰っていい?」

冬樹の予想外の一言が発せられる。


「!?」


…裏切り者〜!!

よりによって先に帰るなんて、ひどい…。パパはそんな子に育てた覚えはありません。


「ん〜、いいよ?夏樹ちゃんのお母さんには言っているから大人しくしといてよ?」


「わかった」


「!!」

…お母さん!!お母さんもグルですか!?

本当は私の周りって味方の皮を被った敵ばかりじゃないの?

疑いたくなるほど用意周到な四季に絶望を覚える。

四季さん、今の私を虐めてたのしいですか?


…はい、楽しそうですね。

そんな満面の笑みを浮かべてたらそうですよね。

楽しそうで何よりです。


私達は学園前駅まで戻り、近くのファミレスまで行く事になった。

電車の中では私達はそれぞれに話をしていたが、時折四季がスマホをいじっているのを見て、少し不安を覚えてしまった。


電車を降り、駅を出ると冬樹はそそくさと私の家の方に帰っていく。

…冬樹、カムバーック!!


私は心の中で叫んだがエスパーではない冬樹には伝わらず、冬樹の影を見送る形となってしまった。

そのあとは和気藹々とした四季と友人2人に引かれながらファミレスに入って行く。


窓際の席に案内された私達はドリンクバーとそれぞれに夕食を注文し、ジュースを取りに行く。

そして、席に戻る。テーブルを挟んで四季の隣に私、その向かいに奈緒ちゃん。その隣に風ちゃんという並びで、四季の尋問が開始される。


「とりあえず、今日の勝利にかんぱーい!!」


「「かんぱーい」」

いい歳こいたおばさんが、勝利の美ジュースに酔う。

私と奈緒ちゃんは少し顔を引きつらせてはいたが、風ちゃんに関してはもうノリノリだ。


「風ちゃん、サッカー好きなんだ。知らなかった」


「うん、大好きだよ!!お父さんの影響で小学校の頃からよく来てたの。特に佐山選手の大ファンなんです!!」


「そうなんだ。私は全然サッカーは全然だよ〜」


「それは嬉しいね、夏樹ちゃん。夏樹ちゃんもサッカー馬鹿だったから」

風ちゃんと奈緒ちゃんの会話に四季が乗っかる。


「けど、あの席はよかったんですか?佐山選手の亡くなったお友達のために作られた席って雑誌で読んだことがあるんですけど」


…恐るべし風ちゃん、恐るべしメディアの力…。

そこまで知っているなんて、相当なファンだ。



「…うちの旦那がアキの友達だからね…」


「えっ?四季さんって雑誌に出てた田島さんの奥さんだったんですか?」


「そうよ!!あいつも偉くなったわねぇ、こんな可愛い子にも認知されるなんて」

四季はなぜか威張りながらも私をニヤニヤと見てくる。


「田島さんって?」

訳の分からない奈緒ちゃんが風ちゃん問う。


「田島 春樹さんって言って、今日得点を決めた佐山選手の幼馴染なんだって。春樹が現役でいたらここに俺はいないっていうくらいの選手だったらしいよ?」


…個人情報ダダ漏れ?しかも話盛り過ぎ!!

そこまであいつは話していやがったか!!


「あはは、ないない!!今のアキの方が断然凄いし、あいつは本番に弱いから」


…こら、嫁!!仮にそうだったとしても、それはそれでdisりすぎじゃない?


「けど、放火事件で亡くなったって…、あっ…」

風ちゃんは気まずそうに口を紡ぐ。


「…ごめんなさい」

風ちゃんは頭を下げる。それを見て、私は四季を見るとニコニコしながら風ちゃんに語りかける。


「大丈夫よ。ここにあいつは生きているから」と言いながら私の肩を叩く。


その言葉に私はびっくりする。

四季はこの場で俺のことをバラすのではないかとハラハラした。2人もえっ?という表情になる。


「この子は春樹が最後に助けた子だから、この子はが元気だったら平気なの!!」


「そうなんですか…。大変だったんだ」

と風ちゃんは呟いて私を見る。

奈緒ちゃんも静かに話を聞いていた。


「だから、2人も夏樹ちゃんと仲良くしてあげてね。変わった子だけど…」


四季は私の親のように2人に語りかける。


「夏樹ちゃんは私たちを助けてくれました」

奈緒ちゃんが四季の発言に対し、口火を開く。


「私は…クラスでいじめられていました。奈緒ちゃんともギクシャクした関係だったけど、夏樹ちゃんが手を差し伸べてくれたからこうして私はここにいることができるんです」


風ちゃんも奈緒ちゃんの言葉に続ける。

それを聞いた四季は嬉しそうに目を細めながら、「そう…」と呟く。


「だから、私達は何があっても夏樹ちゃんの友達…、いえ、親友です」


「2人とも…ありがとう。夏樹ちゃん、私の言った通りだったでしょ…。貴方なら大丈夫だって…。いい友達ができて良かった」


「四季…さん…」

私はそれ以上何も言わなかった。


夏樹としての生活を始めて約半年、中学生になって1ヶ月。すでに田島 春樹としての生き方は終わり、新しい家族や友人との生活を送っているのだ。

そこには今まで共に歩んできた四季の存在感は薄くなりかけていた。


「で、夏樹ちゃんは学校ではどう?」

四季は話を切り替えて2人に対し話を続ける。


「なっちゃん、学校では変わってるんですよ?

転入早々からいろんな人に告白されているのに断り続けているんですよ?」


「そうなの?夏樹ちゃん、可愛いからね!!」


「はい、モテモテで羨ましいです!!なのに、最初から「彼氏はいりません!!」って言い出すんですから!!変わってます」


茶化しながら奈緒ちゃんがいい、四季は大笑いをする。そこからは私の日々のあることないことを3人で語っている。


…もういっそ殺してくれ!!


2時間くらい話したところで、四季のスマホに着信が入る。


「…ちょっとごめん」

四季は申し訳なさそうに私を見て席から離れる。

電話が終わった四季が戻ってくる。

だが、四季の表情は少し複雑そうだった。


「なにかあった?」


「…ううん、なんでもない」

だが、私をからかう時のような表情に戻ることはなかった。


しばらくすると、店内に人が入ってきた。

私と四季は店舗入り口に背を向けているからわからなかったが、風ちゃんの顔がどんどん変わっていく。


「…おまたせ夏樹ちゃん、四季」


「…さっ、ささ、佐山…選手!?」

風ちゃんのテンションがおかしくなる。

それもそのはず。さっきまで試合をしていた大ファンの佐山 秋樹が目の前にいるからだった。



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