第13話 いじめっ子といじめられっ子

私が冷酷の白雪姫と呼ばれ始めた頃からクラス内の空気が変わった。

最初は物珍しさに近づいてきた女子は遠巻きになり、クラスの男子は目線は合うがすぐに顔を背けてしまう。

まぁ、すでに出来上がってしまったクラスカーストの中に新参者が入り込むのは難しいという。

2度目の中学生活は前世?では経験しなかったボッチを経験している。まぁ、まず2度目の中学生を経験する事自体がありえないのだけど…。


ちなみに今、私がよく話しているのは前の席の梶山さんだけだ。彼女は私に興味を持ち、尚且つ情報収集が趣味なようで、学内の情報は彼女経由で聞いている。もちろん、今の興味は私に関する事象なようだ。


「で、なっちゃんはサッカー部のエースを振ったんだって?しかも、前世を理由にして振ったんだって?」


4時間目の授業が終わって昼休憩、私と一緒に昼食を食べていた梶山さんは聞いてくる。


「うん、誰とも付き合うつもりがないのに中途半端に断ってしつこくされるよりも、ぶっ飛んだ言い訳でもして噂になるくらいの方がいいかなって思って…」


「まぁ、変わった子だって噂がちらほらなってるよ?色んな人にラブレターをもらってるのに相手にしないし、直接会った時の断り方も変わってるって…。最近では冷酷な白雪姫って呼ばれてるよ?」


彼女のいう告白の断り方だが、最初はまともに答えていた。だが、ラブレターが増える度、先日の告白のように普通の人では言わない答えをするようになった。


「私って、記憶喪失じゃない?そんなまともじゃない人間が付き合った人は可哀想じゃないよ。なら、少しでも告白なんて事がなくなるようにしないと、告白してくる相手がかわいそうじゃない?」


…実際は記憶喪失じゃない。元おっさんなんだから仕方がない。今の私は嘘に近い。誰にも本来の見せる事なく、一度は過ぎ去った青春を再びただ一人過ごしていく。だから今、目の前に広がっている光り輝く彼らの姿が、私には眩しくて仕方なかった。


「そうだけどさぁ〜、変に目立ち過ぎると目を付けられるよ…?」


「うん、気をつけるよ。ありがとう、梶山さん」

私は笑顔で返事をして、私お手製弁当を食べる。


"ピンポンパンポーン"

と言う校内放送を伝える音がなる。


『3年7組、香川 夏樹さん。香川 夏樹さん、保健室まで来てください…」


「羽佐間先生のところに?どうしたんだろ?」


保健室に行く予定は今日ではない。

保健室に行くのは週に2回。火曜日と金曜日だけで今日は水曜日、行く日ではない。体調が悪いわけでも、なにかをやらかしたわけでもない…はず…。

まぁ、何かやらかしていたら担任や生徒指導が絡んでくるからまず保健室に呼ばれる事はない。

この身体のことで何かあったのだろうか…。

背筋が凍る。


「なっちゃん、どうしたんだろうね。保健室に呼ばれるって」不安になっている梶山さんも不思議そうに私を見る。


「わかんない。けど、行ってみるね…」

私は巾着に入れなおしたお弁当を持って立ち上がると、席を立ち教室を出ようとする。


"がっ"


廊下に出る直前で、私の左足が何かに引っかかる。

それに私はつまづいて身体が大きく前へと投げ出され転倒する。

その拍子にかちゃんと音を立てて私のお弁当が床に落ちる。


「痛っ…」

とっさに私は手をついていた為、頭を打つ事はなかったが、少し足を擦りむいてしまった。

後ろを振り返ると、3人の女子達がこちらを見ながら笑っている。


「あら、ごめんね。足が引っかかっちゃったみたい」

1人の女子がニヤニヤと悪意のある声でわざとらしく謝ってくる。


「…大丈夫です。お構いなく…」

私はその女子集団を一瞥しながら立ち上がる。

その瞬間、私は貧血にも似ためまいを覚える。

ちゃんと立とうとするが足に力が入らない。


「なっちゃん、大丈夫?」

梶山さんが焦って壁に寄りかかろうとする私を抱える。


3人の女子達は「ちっ」と、悪態をついて私達とは逆の教室の扉から出て行く。

「梶山さん、大丈夫だよ。ありがとう」

私は梶山さんにも垂れながら足の回復を待ち立ち上がる。ようやくめまいも落ち着いてきた。


「大丈夫?歩ける?保健室まで…行くんだよね?私もついて行くわ…」梶山さんが私の身体を支えて歩いて行く。


「ごめんね…。けど、あの子達…久宮さんをいじめてた子だよね?」


と、私がいうと梶山さんは驚いて口を紡ぐ。

その表情を見て、私は「次のターゲットは私か…」と、声に出す。

その声に彼女はびっくりして、私の顔を見る。

「…久宮さん…いや、風ちゃんの時もこんな感じだったの」


「…久宮さんと仲、よかったの?」


「うん、仲良かったよ?小学校の頃からずっと一緒だったから…。けど…」

と言って、梶山さんは顔を俯かせる。

その様子を私は彼女の肩にもたれながら聞く。


「…あの子がいじめの対象になった時に私は怖くなって、あの子の事を見て見ないふりをした…いや、一緒になっていじめてたの」


懺悔にもにた彼女の話を私は黙って聞く。

「だから、あなたにはいじめの対象になって欲しくなかったんだ…。私の友達が2人もいじめられたくなかったから…」


「…そっか、私なら大丈夫だよ?」

彼女は私の答えに驚いて顔を上げてこちらを見つめる。


「風ちゃんもそう言って学校に来なくなったよ」


「私なら負けないし、逆にお返しをしてやるわ!!」私は笑顔でそう言ってやる。

小娘に負けるほど私はヤワじゃないわ!!


「私より、久宮さんの事を助けてあげたら?友達なんでしょ?」

と言うと、彼女は気まずそうな表情を浮かべる。


「…それは…」

話している間に保健室に着いた。


「失礼します…」

梶山さんが保健室のドアを開ける。

すると、窓に面した机に向いていた嶺さんがこちらを向いて私達を交互に見る。


「夏樹ちゃん、どうしたの?えっと…」

嶺さんは梶山さんを見ている。


「同じクラスの梶山さんです。目眩がしたから心配して一緒に来てもらいました」


嶺さんは慌てた表情になり「夏樹ちゃん、大丈夫なの?とりあえず、横になって」と、ベッドに案内する。私はベッドに横になると嶺さんの顔を見る。


「すいません、嶺さん。ちょっとこけちゃっただけなんですぐに良くなるとは思うんですが…」


「あなたはちょっとこけただけで何が起こるかわからないんだから、気をつけないとっていつも言ってるわよね!!」


「…すいません」


嶺さんがオカンの如く、梶山さんがいる前で怒っている。クラスメイトの前で怒るのはやめていただきたい。それでなくてもクラスで浮いているのに…。


「あの…、香川さんは悪くないというか、転かされただけなんです…」

梶山さんが怒る嶺さんを見てとっさにフォローを入れてくれる。その様子を見た嶺さんは私を見直した。


「転かされた?…例の件と関係ある?」


さすが嶺さん、何かを察したように私に聞く。

私はうんと頷く。


「え…例の件ってなんですか?あと、なっちゃんの身体ってそんな悪いんですか?」

私達の会話に入ってこれない梶山さんはただオロオロする。


「えっと…例の件っていうのは久宮さんがいじめられているんじゃないかという事。私も1日しか会っていないから詳しくは分からないんだけど、あの日の久宮さんの様子は異常だったから嶺さんに相談してたの」


「そうなの。で、教職間で情報を集めていたんだけど、なかなかいじめをしている様子がなくてね。だから本人から確認を取ったの…入ってきて」

嶺さんがそう言うと、保健室の奥の小さな部屋から誰かが出てくる。久宮さんだった。


「私がその話を聞いたあと、彼女に保健室で勉強するようにしてもらっているの。不登校になるのはもったいないでしょ?」と、嶺さんはにこりと笑う。


梶山さんは久宮さんがいる事に驚き、そして顔を伏せる。いじめに加担していたことの罪悪感があるようだ。目を合わせない2人を見て


「ごめんなさい、久宮さん、梶山さん。もしかしたらいらないお世話だったかもしれない。けど、あの様子は見て見ぬふりをできなかったの…。だから…」


「いえ、ありがとうございます。香川さん。私も…もう逃げたくなかったから…先生が連絡をくれた時は嬉しかったです」


久宮さんは俯きながらもはっきりした口調で話す。


「風ちゃん…」

梶山さんはその様子を見て何かを言いかける。久宮さんも梶山さんに何かを言いたそうだ。


「奈緒ちゃん、ごめんね」

なぜか久宮さんが謝る。

その言葉に、梶山さんはハッとしてを顔を上げる。


「風ちゃん…のバカ、なんで謝るの!?」

涙声になりながら、梶山さんが怒っている。

久宮さんは何も言わずに静かに見ていた。

私と嶺さんも何も言わずにただその様子を見つめる。2人には2人の間がある。


「私と仲良くしてたせいでいじめられなかった?それが心配で…」


「…いじめられてはないよ。だけど、風ちゃんを裏切った。謝るのは私の方だよ…」


「わかってる。奈緒ちゃんは悪くないよ…私が逃げちゃったから…」

久宮さんのその言葉に梶山さんは耐えきれず、大泣きをし「ごめん、ごめんね…風ちゃん」と繰り返しながら久宮さんに抱きついた。それを久宮さんはゆっくりとなだめる。


嶺さんはその様子を見て席を外し、私も横になりながら、ただその姿を見守る。だって、子供を見守るのは大人の役目じゃん?

えっ?あんたも子供じゃんって?きーこーえーなーい!!脳年齢は35歳以上ですわ?


2人が落ち着く頃には、昼休憩終わりのチャイムがなる。

「…休憩終わりだ…。奈緒ちゃん、授業に戻らないと…」と、久宮さんが梶山さんを剥がす。


「…うん。ごめんね、風ちゃん。なっちゃん。ありがとう。私は教室に…」


「戻らなくていいわよ?」

梶山さんが立とうとした最中、嶺さんが戻ってきた。


「…嶺さん、どう言うこと?」

梶山さんはキョトンとして先生を見て、私が尋ねる。


「とりあえず、梶山さんは夏樹ちゃんを連れてきてくれたし、言わないといけない事もあるからね」

と言うと、梶山さんがビクッと肩を揺らす。


「あぁ、梶山さん、怖がらなくていいよ?何も怒るわけじゃないから。ただ…、夏樹ちゃんと一緒に久宮さんをクラスに戻れるように協力して欲しいの」


嶺さんは、梶山さんにウィンクをする。

梶山さんはそれを聞いて嬉しそうに「はい!!」と答える。


「久宮さんは当分はここで勉強してもらうけど、昼休憩は。ここで一緒に食べてあげて。あなたは久宮さんと仲よさそうだし、夏樹ちゃんだけの予定だったけど、この子1人じゃ間が持たないだろうし…」


…うるさい、たしかに現役JCと2人で過ごせるほどの会話術は持ち合わせていませんよ??


「わかりました」


「あと、梶山さんにはもう一つお願いがあるの…。

香川さんの体調なんだけどとても特殊なの。だから、近くで見て、体調が悪そうならここに連れてきてほしいの」


「…体調って、記憶喪失の事?」


「そうね…。この子の体調はいつ何があるかわからないの。今日みたいに…」


嶺さんの言葉に梶山さんは緊張の面持ちで聞く。

…JCに何を頼んでいるんだ?荷が重いだろうに。


「嶺さん、大丈夫だって!!自分の身体のことは自分が…」


「わかるの?貴方が、貴女の身体のことを…」

嶺さんの視線が鋭くなる。その視線に私はたじろいだ。


…確かに、この身体は自分のものではない。

今日みたいに、操り人形を吊る糸が切れた状態になるかもしれない。


「貴女の身体は何が起こるかわからないの。貴女のご両親や家族以外に頼る人なんていないでしょ?なら、学校でも友達は作っておくべきよ。だから、梶山さん、久宮さん。香川さんの事を任せてもいい?」


「「わかりました!!」」

久宮さんと梶山さんが声を合わせて答える。


「なっちゃん、よろしくね」

「香川さん、ありがとう。貴女のおかげで、前に出るきっかけができました。だから、友達になってください」


「…じゃあ、今度から久宮さんの事は風ちゃんって呼ぶね。こんな私だけど、よろしくね」

久宮さんの顔に満面の笑みがこぼれる。

梶山さんはそれを聞いて「私も!!」と焦りながら声を上げるので、「よろしくね、梶山さん」と言うと梶山さんは「なっちゃん〜」と、落胆するので私達は笑った。


「あはは。ごめんね、奈緒ちゃん。風ちゃんも、なっちゃんって呼んでいいからね!!」


「うん、わかった。なっちゃん!!」

風ちゃんは嬉しそうに言い、梶山さんも満足そうだ。私が中学生になって?戻って?からはじめての友達が2人できた。



数日後、私達は昼休憩になり保健室でご飯を食べていると、奈緒ちゃんがふと一言話す。


「…今日の嶺先生、なんか綺麗ですね」


「ふっふっふ、わかる?」

何やら自慢げな嶺さんがパチリとウィンクをする。

普段はナチュラルメイクで落ち着いた雰囲気なのだが、今日はちょっと違う。目指している方向が扇情的と言うか、エロティックな雰囲気を醸し出している。


「ほんとだ、嶺先生。デートですか?」

風ちゃんも言葉を重ねる。


「…ないない、嶺さんにデートなんてナイヨー。男子におばさん扱いされて、悔しかったから的なものじゃない?」私がとっさにデートを否定すると、嶺さんは口をあんぐりと開ける。


「嶺さんは…セクシィ系格好をすればお姉さんに見えるはずなんて考えそうなポンコツだもんね」

と、私が追い打ちをかけると嶺さんは顔を真っ赤にし俯く。…どうやら図星のようだ。


「そういえば、なっちゃんと先生はどんな関係?なんで先生を嶺さんって呼ぶの?」奈緒ちゃんが疑問を呈すると、私はすかさず「オカン!!」と答える


「「「!!!?」」」

3人がオカン発言に絶句する。


「ちょっと夏樹ちゃん!!華の25歳(独身)にオカンはないでしょう!!」嶺さんはもちろん怒る。


「だって、、、愚痴や小言が多くてオカンみたいなんだもん…」と言うと、嶺さんは下を向いてブツブツいいだす。そろそろネタバラシをしないと殺されるかな?


「本当は、私が入院してた時の主治医の娘さんで、看護師さんだったからよく知ってるの。この人、医者もできるすごい人なんだって」

私が嶺さんとの関係を口にすると風ちゃんと奈緒ちゃんはすご〜いと声を上げる。その声に気分が良くなったのか、嶺さんはえへんと(ない)胸を張る。


「性格は残念なオカンなんだけどね…」


と私が言うと、嶺さんはガックリとうなだれ、私達は笑いあった。保健室は笑いであふれていた。





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