第20話 作戦α 恋愛ゲーム!

生徒会再検査から一週間後、その日は神谷さんの所属する弓道部が休みになったため、俺は彼女に声をかけ、帰宅を促した。


「神谷さん、一緒に帰ろう!」


「ええ、帰りましょう」


鞄を手に取り帰ろうとする神谷さん。その目の前に、廊下から滑り込んできた彼がスライディングで登場する。


その人物は肩で息をしながら、ぜえぜえと慌ただしげにこちらを見上げていた。


「……ここにいたか!須藤!それに、か、神谷さんも……」


現れたのは、賀山くんだった。会のリーダーで、共に再検査のために戦った仲間……そんな彼だったが、憧れの神谷さんを目にし動揺を隠せないようだった。


「須藤くん……この方は?」


「あ、ああ、うん。会のリーダーの賀山くんだよ。まあ言っちゃえば、神谷さんの熱烈なファン───」


「ぎゃー!そんなド直球に言わんといてー!」


悶え、床に転がる賀山くん。もはやキャラなど壊れても構わない、といった様子だ……。


「勘違いしないで、神谷さん。普段はもっとクールな人だから」


「……そうですか。それで?その賀山くんは一体、どんな御用があるんですか?」


「えっ!あ、いや、その、ほら……なんていうか、なんだろうね……」


なんなんだよ。自分でもわからないのかよ……。


「落ち着いて、賀山くん。何かあったの?」


「───あ、ああ。実はここ最近、会の方もやることがなく暇でな……。そこでその暇潰しの一環ということで、皆で寄せ集めたゲームをプレイしようと遊んでいたんだ」


なにやってんですか、会の皆さん。まあ確かに、生徒会再検査というビッグイベントが終わった今では、することもないのは事実だが───それにしても、ゲームかよ……。


「ちなみにゲームというのは?」


「へっ!?げ、ゲームですか!?……あの、い、色々あるんですけど、まあ───昔の古いゲームで、PSQとかっ」


凄いどもる。やはり彼にとっての神谷さんとは、未だに畏怖の対象なのだろうか……。


「PSQ?」


カクンと首を傾げ、その単語に謎めく彼女。そんな神谷さんに俺は、その意味を教えてあげることにした。


「簡単に言えば、ゲーム機だね。ていうか持ち運び用みたいだけど……それっていいの?」


「ゲーム機?そんなものは学業に不要です。即刻没収しなくては」


生徒会長モードの神谷さんに凄まれ、賀山くんは子犬のように縮こまり「ヒィッ!」と後退る。……よええ。


「ま、待ってはくれないか神谷さん!それなら、神谷さんもそのゲームを実際にプレイしてみるといい!実は今も、黒田の持ってきた恋愛ゲームがあまりにも難しく、須藤を呼んでクリアしてもらおうと思っていたところだったんだ!」


「だから、あんなに慌ててたんだ……」


心配して損した。それと同時に、ゲームの一つでそこまで熱心になれる彼にも、なんだか冷たい目を向けてしまう……。まして恋愛ゲームで詰むなよ。


「それよりも、そんなに難しい恋愛ゲームなどあるのですか?」


「あ、ああ!それがあるんだ!もう幾度となくチャレンジしているのだが、まったくもって先に進めない!要するに、詰んでいる状態でな……」


「でも、俺もそんなにゲームは上手くなんてないしなぁ……。まあでも、神谷さんならあるいは───」


そこで横目に彼女を見た。完璧の二文字に生きる彼女なら、こんな窮地も屁ではないかもしれない。そうだ───彼女に不得意はありえないのだから。


「私はそもそも、ゲームというものに触ったことがありませんけど」


自信無さげに言うものの、とりあえずと賀山くんは例のゲームを俺達に提示した。


「これがそうなんだが……ひとまずはやってみてほしいんだ」


「賀山くん、忘れないように。……遊び終わった暁には、そちらのゲーム機及びソフトは私の手で処分いたしますから」


「うぐぅ!……ち、ちなみにその処分というのは……?」


「ガスバーナーで焼く、とか?」


「処置が特殊すぎる!」


叫ぶ賀山くんだったが、ひとまずはそのソフトを起動してみた。まずは見てみよう。


すると、最初は定番のオープニング映像が流れ始めた。なにやら女性向け学園恋愛ゲームらしく、美男子生徒達が一人一人紹介されていた。


「……なるほど、これが恋愛ゲームというものですね。───というか、先生とも恋愛ができるんですか?コンプライアンス的にどうなのでしょうか」


「いやいや神谷さん、これ、ゲームだからさ……」


恋愛ゲームにコンプラを持ち込む彼女に苦笑する。まあ確かに、教師と生徒の恋愛はタブーだけどね……。


やがてオープニングが終わると、神谷さんはため息を吐いていた。


「はぁ……。虚構の世界で恋愛の真似事をシュミレーションして、それで何がどう変わるのやら」


すごい。ものの三行で全恋愛ゲームプレイヤーを否定したぞこの人。ポ○モンなら経験値が発生するレベル。


「とりあえずやってみましょう。無論、興味は皆無ですが。クリアを目標に」


そう強く念を押し、彼女はさっそくゲームを初めからプレイ。すると主人公の名前を決める画面に入り、デフォルトネームで『桐崎 きりさき はなと付けられていた。


「まあ、それはそのままでいいんじゃない?」


「そうですね。わざわざ変える必要もありませんし」


それから神谷さんはストーリーに入った。最初は簡単なプロローグから始まり、ゲームの開幕を教えてくれる。


~今日から華の高校生。色々な不安が頭をよぎるけど、何よりもドキドキしているのは、私が転入する学校が男子校だということ!今からとても緊張しています。~


「……男子校に女子高生って設定なの?なんか、ラノベみたいな世界観だな」


俺の呟きに神谷さんがため息を吐く。


「現実味がありませんね。この作品の作者には色々と尋ねたいところです」


「とりあえず、進めようか」


俺は引き続きボタンを押し、テキストを読み進めていった。


~教室に入ると、舌を巻く光景が広がっていました。端から端まで男の子……まるで、私の居場所などないようでした。けれど───、~


『女子だぁ!女子がいるぞぉ!』


『夢みたいだ!こここそが楽園なのか!?』


『メアド教えてください!』


~彼らはすぐに私を受け入れ、仲間に入れてくれたのです。その瞬間、私は全身が熱くなるのを感じました。~


「多分、ここからメインキャラクター達が出てくるんだろうね」


「左様だ。たしか、4人だったか───」


賀山くんが零すと、またもや神谷さんが濁った瞳でゲームへの感想を口にした。


「……呆れました。主人公に自然と男が近寄るように、男子校に転入させる設定とは。ご都合主義万歳、といったところでしょうか」


「まあまあ……そんな的確に分析しなくても」


宥めるが、彼女はまるで右の耳から左の耳だ。


それにしても、たしかにそうだよな。恋愛ゲームに定番の、男主人公に群がるように女の子がホイホイとやってくるなんてのは幻想に過ぎない。ましてその全員が好意を向け、その全員が綺麗に恋に堕ちるだなんてのは現実的じゃない。


『お腹空いたなぁ……』と零した女の子へ言うセリフの選択肢も、『どこかへ行こうか』と『俺もだ』ってなんだよ。どっちを取っても好感度上がるだけじゃねーか。下がる選択肢もください。


やがてゲームを進めていると、ようやくメインターゲットの男子達が登場した。


一人目は平凡な男子生徒の榎並えなみ。彼は帰宅部で、特にこれといった個性は無さそうだ。


二人目は榎並の友達ポジションの藤枝ふじえだ。どうやら彼も帰宅部らしく、中学時代は榎並と共にテニス部で過ごしたらしい。


三人目は舞台であるクラスの委員長、白川しらかわ。眼鏡をかけ、真面目そうな印象だ。


最後の四人目は軽音楽部に所属する活発な生徒、茅野かやの。明るい性格の持ち主で、常にムードメーカー的存在だ。


彼らの誰かを選択し、恋に堕とすわけか……。


「神谷さんは誰がいい?」


「私ですか……?迷いますが、とりあえずは───」


そこまでを言っていた神谷さんだったが、次の瞬間にそれは起きた。画面が突然暗転し、なんの前触れもなく屋上へと切り替わったのだ。


「……え!なにしたの!?」


「さあ……?ただ、三角ボタンと四角ボタンを二回ずつ押して、そこからセレクトボタンを三回押していたらこうなりました」


「……こ、これはもしや───というやつでは!?」


賀山くんの言葉に神谷さんが「かくしこまんど?」と首を傾げる。


「つまり、特殊な展開へと持ち込める裏ワザということだ……っ!これは、未知の光景が見られるかもしれない!」


一人で盛り上がる賀山くん。そうしてゲームは進み出した。


~……私には、気になる人がいる。自分でもそれが何かはわかっている。その人に、好意を持ってしまったのだ。~


「……まだキャラクターすら選択してないんだけど」


~でも、その人は私が恋をしてはいけない方だった。許されない恋、私は今、それに直面しているのだ。~


「ゴクリ……」


隣の賀山くんが唾を飲む。全然緊張感が無い……。


~その人は───。~


「木内だとぉ!?」


賀山くんが叫ぶ。それはどうやら、担任の先生らしい。


「なるほど、裏コマンドでは、担任の先生と恋ができるわけですか」


冷静な神谷さんだったが、話についていけない。てかなんだよこれ。全然ドキドキしねえ……。


『あっ!木内先生……!来て、くれたんですね』


『そりゃあ、生徒からそう言われたらな。それで?話ってなんだ』


『……じ、実は───その、』


『……』


『私!先生のことが好きです……!お付き合いしてくださいっ!』


『そうか───』


「これは目を逸らせない展開だ……先が気になる!」


賀山くんだけが目を逸らせないらしいが、俺と神谷さんは逸らしたくて仕方がない。彼女に至ってはもはやよそ見してるぞ……。


そして、



『結婚式、挙げるか。───ここで』



教師としてありえない発言をクールに告げた木内に、俺達は絶句した。


「は?」


『はいっ!挙げましょう!』


挙げましょう、じゃねーよ!もう見境無しかよ!作者の頭はどうなってんだ!


~そうして屋上は、花に包まれ晴れ上がる。世界は愛に包まれ、恋に堕ち、花畑の中で結婚式は開催された。~


『おめでとー!』


『幸せになぁ!』


『イチャイチャしろよー!』


……式に参加をする生徒達の中には、対象のキャラ達も参列していた。お前らが恋に堕とせよ!なに担任にヒロイン奪われてんだよコラァー!


~幸せのラブロード、まっしぐら!~


True End.


「クソゲーすぎるッ!!」


感想を怒鳴ると、賀山くんは泣いていた。どうしてなの?


「……禁断の恋に踏み込んだのかよ。そこまでして───」


こないこない。ぜんっぜん感情がこない。


「賀山くん……これのどこが、難しいゲームなのですか?5分もかからずにクリアしましたけど」


「い、いや……俺達のときは、どのキャラを選んでもゲームオーバー、恋愛は破綻してな……とてもクリアなどできなかったんだ」


「じゃあ、裏コマンドじゃないとクリアできなかったってことか……」


そんなゲームが実在したとは───ある意味凄いな。


「ありがとう、神谷さん!やはり君は天才だった!またこれからもよろしく頼むよ!それでは失礼!」


それだけ残して賀山くんはゲーム機を手に教室を退散していった。


「……ガスバーナー」


「ほんとにやるつもりだったんすか……」


しっかりと覚えていた神谷さん。目はマジだ。


「まあ、今日は見逃しましょう。ゲームという壁を乗り越えられたので、今日は満足です」


「勝利に貪欲だね……。まあ、らしいけどさ」


───クソゲーを遊んだだけの放課後でした。


【得点】 神谷1 クソゲー-10

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神谷さんの無表情を壊してみる計画 抹茶ネコ @mattyaneko

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