その③

 深夜、みながしずまるまで待ってから行動を開始した。

 宿舎からこっそりと抜け出し、夜空の下におどる。分厚い雲が月をおおかくしてはいるが、王宮内のずいしよかかげられた松明たいまつのせいでくらやみとはほど遠い。

 リオノーラは念のためにフードつきのがいとうを頭からすっぽりとかぶりつつ、見張りの目を気にして物陰から物陰へと飛び移るように移動していった。

 目指すは、せい殿でんの裏にある小さなえんだ。

 もともとは王妃の要望でしつらえられたものらしいが、早々にきられてからはほとんど手入れもされずに放置されているという。ろくにせんていされていない薔薇は伸び放題でくきをぐねぐねとからませ、花も小さくあまり多くはいていない。

 そんな忘れ去られた場所は、密会にはうってつけだった。

 緑一色のつる薔薇に覆われた小さな門をくぐって中に入ると、暗い視界の中、真ん中の薔薇群の向こうに小柄なひとかげが薄ぼんやりと見えた。

「シャーリー」

 できるだけしぼった声で呼びかけると、人影が弾かれたように振り返った。

「お姉様!」

 夜着にケープを羽織った少女が、夜目でもわかるほど表情を輝かせて駆け寄ってくる。

 波打つ金色の髪をなびかせて懐に飛び込んできたのは、二つ年下の妹シャーロットだ。細い両腕でリオノーラをぎゅっと抱きしめてから、少しだけ体を離して覗き込んでくる。

「会いたかったですわ。この日をどんなに待ちわびたことでしょう!」

「わたしもよ。あなたに会えない一週間がとても長く感じるわ。でも元気そうでよかった。何か苦労していることとか、不便をしていることとかない?」

「ありませんわ。ライオネル様も、侍女の方々も、とてもよくしてくださいますの。侍女長はちょっと厳しい方ですけれど、それもわたくしを立派な王太子妃にするためですもの。わたくしのことより、お姉様が心配ですわ。ほら、また手をなさって」

 リオノーラのあかぎれが浮いた手に目を落として、シャーロットの美貌がかげる。

「おおげさね。こんなのは怪我のうちに入らないわ」

「でもっ! 薪割りに竜の水やりまでなさってるんでしょう? 危険ですわ。おまけにあらくれものぞろいの竜騎士たちと同じ宿舎で生活しているなんて……」

「みんないいひとばかりだから大丈夫よ」

 竜騎士たちはみな気がよく、好青年ぞろいだということは既に理解している。少なくとも、レイブラの王宮にいた頃のように彼らを疑う気持ちはせていた。

 だが、彼らとだんせつしよくする機会のないシャーロットは、納得がいかないようだ。

「お姉様はあますぎます。男はみなじゆうです。ライオネル様は小動物ですから別ですけど、竜騎士たちにはくれぐれもお気をつけくださいませ。お姉様にもしものことがあったら、わたくしは……この手で差し違えてでも……」

「大丈夫だってば。彼らは信用できるわ。いじめられたりなんてしてないから」

「いじめよりも可愛がられる方が心配なのですわ」

「? どうして?」

「お姉様、ここはレイブラではありませんのよ。もう少しけいかいしてくださいませ」

「もちろん、ちゃんとばれないように気をつけて──」

 そう言いかけたとき、背中に何かがちくりとさるような感覚があった。

 ただし物理的なものではない。一瞬だが、何者かの鋭い視線を感じた気がしたのだ。

 薔薇園内に自分たち以外の誰かがいる。

 お姉様、と言いかけたシャーロットの小さな唇に人差し指を押しつける。それだけで、彼女も状況をあくしたらしい。美しいかんばせがおびえたように引きつった。

 笑いかけて安心させてやりたいところだが、目をらしても相手の姿が見つからない状態ではそうもいかない。

(見張りの兵士に見つかった? でもそれなら、暗闇で息を殺して身を潜めたりしないで、声をあげるなり警笛をくなりするはずよね)

 いじわるな異母兄にせされてどろみずをかけられそうになったときのことを思い出す。もっとも異母兄は気配が丸出しだったのですぐに見抜けた。危険の度合いでいったらあのときの比ではない。

「……あなたはここで隠れてて。わたしがおとりになるから、その隙に逃げるのよ」

 優先すべきは当然シャーロットの安全だ。彼女はレイブラとヴァンレインの友好のあかしであり、リオノーラにとってこの世で最も大切な存在であり、世界のすべてだ。かすり傷一つ負わせるわけにはいかない。

「で、でもそれではお姉様が……」

「わたしは大丈夫。いつだって大丈夫だったでしょう? また会いましょう」

 シャーロットをしげみの陰にしゃがませると、リオノーラは駆け出した。

 この薔薇園には何度も訪れている。入り口の門をふさがれても、逃げ道がいくつもあることを知っている。

 フードを手で押さえつけ、身を低くしながら走り込み、いばらの無法地帯と化した薔薇園の隅にある枝葉の隙間に頭から飛び込む。

 しのこうに鋭い熱が走ったが、立ち止まってはいられない。痛みをぐっと我慢してひたすらに駆ける──駆けようとして、行く手をはばまれた。

 肩口を強く掴まれるかんしよくがあり、あっと思ったときには視界が一回転していた。

 背中からしばに落とされる衝撃に息が詰まった後、首元にひやりと冷たいものが押し当てられた。見えないが、の腹だろう。

「動けば喉を切り裂く」

 覆い被さるようにしてリオノーラを組み伏せた男が、底冷えのする声を発する。

 ふと風が吹き、天上を流れる雲間から月が覗いた。

 れいろうな月明かりの下で襲撃者の顔立ちが浮かび上がる。人一人のせいさつだつにぎった男のれいてつたんせいな顔立ちに言葉を失った。

 知っている顔だった。ただし、こんなに厳しい表情は見たことがない。

 ぞくりと背筋がふるえ、舌の奥が痺れる。思わずかわいた声が漏れた。

「団長さん……」

「ノーラ!?」

 ハーヴェイは一瞬にして表情を緩める。頬がきようがくに引きつった瞬間だった。

「お姉様から離れなさい! さもなくば、背中に穴をあけて差し上げますっ!」

 シャーロットの震える声に目を向ければ、彼女はハーヴェイの背後で護身用の短剣を抜き、その切っ先を広い背中に向けていた。

「だめよ、シャーリー! この人は……」

「……『お姉様』、だあ?」

 ハーヴェイのつぶやきにぎょっとした。正体がばれるわけにはいかない。隣国の王女だと露見するくらいならば、変なしゆがあると思われた方が何倍もましだ。

「き、聞き間違いですよ! あの、勝手に宿舎を抜け出したことは謝ります。わたし、そう、ちょっと薔薇には一家言ありまして、覗いてみたくなっちゃっただけで……」

「さっさとお姉様から離れなさいって言ってんでしょうが、この変態ろうがっ!」

「シャーリーだまって!」

 思わず叫び返してしまってから、失言にとどめを刺したのは自分自身だと気がついた。

 もはやなんと弁明しても無駄に違いない。

 シャーロットに刃を突きつけられても、ハーヴェイほどの騎士ならば容易たやすく取り押さえられるだろう。だが彼はそうしなかった。いつものようにおどけた態度で軽く手を挙げてみせながら、横目でちらりと意味ありげな視線を送ってくる。

「まあ、説明してくれるっていうんなら聞かせてもらおうかな。ねえ、お姉様?」

 もはや頭を抱えるしかなかった。



 リオノーラから事情を聞き終えると、ハーヴェイは芝生の上にあぐらをかいた格好でがしがしと頭を掻いた。その表情はい薬湯でも飲まされたかのようにしぶり、けんにはのうの皺が刻まれている。

「……つまり、あんたは王太子妃の実の姉で、妹が心配なあまりご隠居を使ってここに潜り込んだと、そう言うんだな?」

「おっしゃるとおりです……」

「突っ込みどころが多すぎやしないか? 元気に薪割りして、と竜舎を重たいみずおけを抱えて何往復もできる王女様なんてさ。いくら魔力を腕力に載せる才能があるっていっても、できるからってやらないだろ、つう。お姫様が」

「……普通はそうなのかもしれませんけど、わたしはとくしゆな生活を送っていたもので」

「おまけに顔は全然似てないし。本当にまい? しかも同腹の」

「お姉様の話は間違いありません。この方こそ、わたくしがこの世界でもっとも尊敬するリオノーラお姉様です」

「うーん」

 シャーロットのついずいを受けても、ハーヴェイは納得のいかない様子で腕組みする。

「そういう団長はどうしてこんな時間にこんなところにいらっしゃったんですか?」

 王宮内の見回りは主に王宮騎士団の担当で、当番として交代で参加する竜騎士は数名程度だ。もちろん指揮官である竜騎士団長がみずからけいに加わることはない。

「ライオネル殿でんから内密に調査を頼まれてたんだよ。最近、王太子妃が夜中に部屋を抜け出しているのを見かけた者がいるらしくてね。間男ときしているとしたら大問題だ。かといってさわぎにはしたくない。だからこっそりかくにんしてきてくれって」

「まあっ!」

 ふらり、とよろめいたシャーロットを、リオノーラは慌てて支えた。妹は傷ついた様子で胸元にすがりついてくる。

「わたくしがうわなんて……あんまりですわ。この心はライオネル様のものですのに」

「ひどいわ、シャーリーを疑うなんて!」

「いや疑うでしょ。まさか国に残っているはずの姉貴と密会しているなんて誰が予想するんだよ。妹の後を追いかけて王宮で下働きする王女なんて聞いたことがないよ」

「当たり前です。お姉様はゆいいつの存在。そんじょそこらの王女に真似できるはずがありません」

「シャーリーったら。あなたこそこの世界でたった一人の、かけがえのない存在よ」

「お姉様っ!」

「シャーリーっ!」

 手に手を取って見つめ合っていると、はあ、と重たいため息が聞こえてきた。

「あー、あんたらが似たもの姉妹だってことはよくわかったよ」

 がしがしと頭を掻いてから、顔を上げる。その表情はひどく困惑し、あきかえっていたが、すぐさま冷気を受けたかのようにまる。

「しかし、知ったからにはのがすわけにはいかないな」

「えっ……!?」

 とたんに背筋を緊張が駆け抜けた。

「当然だろう。異国の王女に王宮への潜入を許していたなんて知れたら、竜騎士団の名折れだ。ゆうかい容疑なんかかけられた日には国際問題になりかねない」

「前者はともかくとして、後者ならは大丈夫です。お母様の許可は得ていますし」

「仮に両者納得ずくであっても関係ない。どんなさいなことでも問題視して政治に利用しようとするやからはどこにでもいるんだよ」

 言いながら、ハーヴェイはゆっくりと腰を上げた。

 嫌な予感がして、リオノーラはじりりと座ったまま後じさった。立ち上がりたいが、そんな動きを見せたらきっとその時点で勝負はついてしまう。

 いや、それは単に結末をほんの一瞬先延ばしにするだけのこうかもしれない。

「秘密に入国したのなら、秘密裏に帰国してもらうしかないよな?」

「……っ!」

 リオノーラが慌てて立ち上がったときには、目の前までハーヴェイの伸ばした手が迫っていた。速い。異母兄の飼っていたりようけんのようなしゆんびんさだ。

つかまる……!)

 と思ったときには、その手は空を切って地面に向かっていた。見れば、ハーヴェイは体勢を崩しており、その足元にはシャーロットがしがみついていた。

「お姉様、逃げて!」

「でもっ……!」

「この者はわたくしには手出しできません! でもお姉様は違います! 早くっ!」

「……っ」

 しゆんじゆんののち、リオノーラはシャーロットたちに背を向けて走り出した。

 くやしかった。ずっとシャーロットを守ってきたつもりだったのに、かんじんなところで逆に助けられるなんて、ないにもほどがある。

(って、落ち込んでいる場合じゃないわ。足を動かさないと!)

 警邏中の兵士に見つからないようにだとか、そういった意識はとっくにどこかへ行ってしまっていた。周囲の状況などかえりみず、がむしゃらに裏庭を駆ける。

 だが、どこへ行けばいいのだろう。

 いまさら竜騎士団の雑用係には戻れない。ブライアンのしきに逃げ込んだとしても、彼はいま仕事で国外だ。追いかけてきたハーヴェイに捕まって終わりだろう。

 シャーロットを守りたい。妹の住まう王宮を護る竜騎士団の手伝いがしたい。

 なのに、王女の身分がじやをする。王族としてのつとめもあたえられない役立たずで、おまけに自由もないというのなら、どうやって生きるのが正しいのだろう。本当に売れ残りの林檎だったらちくえさにはなれただろうが、自分は何者にもなれない。

(どうすれば……)

 答えが見つからないうちに正殿の裏がれた。そのままだだっ広い中央庭園に出たとき、空に影が差した。強い風が頬をかすめていく。

 てっきり頭上を大きな雲でも流れていったのかと思ったが、遅れて届いたつばさの羽ばたく音にあおぐと、思ってもみなかったものがリオノーラと夜空の間を塞いでいた。

 竜の腹、そして長大なりようよくだ。

 思わず足が止まりかける。

 竜は立派な翼を見せつけるように羽ばたかせながら減速していき、リオノーラの前方へとゆっくりとりた。

 勇ましい風貌の竜種の中でも特にけんのんつらがまえは、見慣れた竜のものだ。

「アクセル!? どうやって抜け出して……」

 その先は、頭の中に響いた低音に塞がれた。


『人間の娘よ。望むならば、助けてやってもよいぞ』


「えっ……!?」

 反射的に耳元を押さえたが、いわゆるまくを震わせる肉声ではなかった。とっさに周囲を見回してみても、声の主らしき者はいない。

 否、一人──もとい一頭だけいた。

 大きな翼を持つ存在が、金色の眼差しをまっすぐに向けてきている。

「アクセル……あなたが喋っているの?」

『左様。そなたはここに留まりたいのであろう。ならば方法が一つだけある。我と竜騎士契約を結べばよい』

 リオノーラは思い出した。

 竜は、契約を結ぶときと破棄するときだけ語りかけてくるという。

「だめよ! あなたには団長と契約してもらわなきゃいけないの!」

 アクセルと契約したくて必死に説得を試みるハーヴェイの姿を毎日のように見てきたのだ。どんな事情があろうとも、横からごうだつするのは気が引ける。

『無論、ハーヴェイとも契約してやる』

「え、ええ? どういうこと?」

『我らは人間の騎士にじようする権利を与える代わりに、対価として魔力を求める。やつの望みどおり、騎乗する権利はハーヴェイにくれてやろう。しかし、やつからは魔力を受け取らぬ。魔力はそなたから受け取ろう』

 状況が状況だけに、理解するまでに少し時間がかかった。

 魔力を提供させられるだけで竜に騎乗する権利は与えられないという、一見すると不平等な条件だ。しようで竜の餌になれと言われているに等しい。竜騎士になりたい者ならばいつしゆうしていただろう。

 だがリオノーラにとっては特別な価値があった。

(契約すれば、アクセルや竜騎士団から離れられなくなる──)

 人間に力を貸してくれる竜はどの国でもしようだ。たとえどこの馬の骨ともわからぬ者と契約したとしても、貴重な戦力である竜をそうやすやすと手放しはしない。

「ふざけるなよ、アクセル!」

 叱声に目を向ければ、ハーヴェイが後ろから追いかけてきていた。シャーロットを振り切ってきたようだ。竜を睨む眼差しにはいかりが浮かんでいる。どうやらアクセルの声は、もう一人の契約者候補にも届いているらしい。

「人のことをさんざん振り続けておいて、なんだそのめちゃくちゃな条件は! んな契約がまかり通ると思うなよ!」

『いいや通る。そなたは今朝、我にこう言った。契約してくれるのなら、多少の条件は?むと。これは多少の条件だ。そなたをが騎士にしてやる。だが、そなたの魔力は受け取らぬ。魔力はこの娘から受け取ろう』

「馬鹿げてる! 俺と契約したくないからってノーラをむんじゃない!」

 これだけ叫んでいるのだからそろそろ誰か駆けつけてきそうなものだが、誰も来ない。竜が何か特殊な能力を発揮しているのかもしれない。

 アクセルはハーヴェイの抗議をもくさつし、大きな首を再びリオノーラに向ける。

 暗闇の中、金色に輝く異形の両眼が怪しく輝いた。

『さあ、どうする娘よ。我と契約するか。それとも祖国へ帰るか』

「ノーラ、だめだ!」

 ハーヴェイのせつぱくした声がすぐ近くで聞こえたかと思いきや、背後から乱暴に肩を掴まれた。くるりと振り向かされた先には、しんのうこんの眼差しがある。

「早まるな。アクセルは俺に嫌がらせをしているだけなんだ。契約したらあんたの人生が激変しちまう。二度とお姫様に戻れなくなるぞ」

 それは別に構わない。王女の身分はとうに捨ててきた。そんなことよりも、シャーロットのそばにいられる方がずっと重要だ。

(でも、わたしが契約したら団長さんが……)

 ハーヴェイはアクセルとの一対一の契約をずっと望んでいた。それが叶わなくなる。

「ねえお願い、もう少し考えさせて!」

『待てぬ。じきに〝人払い〟の力が切れる。ハーヴェイが気がかりなら、やつに気を使う必要はない。そなたが契約しないと言うのなら、我はやつとも契約せぬ。永久に』

 その言葉が決め手となった。

 あまりの言いざまに絶句するハーヴェイを振り切って、声を張りあげる。

「契約するわ! わたしを餌でも供給係でも、なんにでもして!」

『承知した──これにて契約をていけつする』

 せつ、竜を中心にいちじんの強い風が生まれ、リオノーラの体は吹き飛ばされた。




「うっ……あ、あれ?」

 目を覚ますと、月は再び顔を雲の中に半分ほど隠していた。

 ひんやりとした芝の感触で、リオノーラは自分が外で倒れていたことに気づいた。

 首をもたげて周囲に目を向けると、少し離れたところでハーヴェイがかたひざをついており、自分のシャツのえりもとをくつろげて胸元を覗き込んでいた。何をやっているのだろう。

 いや、そもそも何が起きたのだろう。

(アクセルに契約しろって言われて、契約するって答えて、それから……)

 あたりには既に竜の姿はない。

 夢かげんかくでも見ていたのだろうか。首をかしげながら身を起こしたとき、左胸にちくんと小さな痛みが走った。思わずの上から押さえつける。

「痛っ……?」

 倒れたひように怪我でもしたのだろうか。しかし自分はあおけで寝ていた。

 とりあえずかんを確かめようと、寝間着の襟を引っ張って胸元を見下ろして驚いた。

 左胸の上部に、短剣に片翼を生やしたようなかたちのあざができている。

 これには見覚えがあった。寝起きで着衣が乱れていたり、鍛錬後にあせいていたりする竜騎士たちの腕や首筋、背中などに浮かんでいるのを何度も目にしている。

 竜と契約した証である〝片翼の刻印〟。それにこくしていた。

「これって……」

「見せてみろ!」

 すかさず駆け寄ってきたハーヴェイが、リオノーラの胸元を覗き込んでうめいた。

「アクセルのやつ、本気でやりやがった……」

「団長さんにも?」

「ああ、俺の胸にもほら、同じものが──」

 それからきっかり一秒後、二人は同時に気がついた。

 頭を突き合わせて、いったい何をじっくりと観察しているのか。

「────っ!」

 身を離し、弾かれるように退いた。

 リオノーラは慌てて胸元を隠したが、もう何もかも手遅れだ。時間差で訪れたしゆうしんで顔が熱くなり、目元がうるみはじめる。

「……見ましたね……?」

「…………まあ、見たか見てないかと言ったら、見たかな?」

「見たんですね!? ちょっとおくが消し飛ぶまでなぐらせてください! グーで!」

「待ってノーラちゃん、おこらないで、落ち着いてくれ! そのなんだ、俺たちは同じ竜と契約した者同士なわけで、いわば一心同体。つまり俺の体はノーラちゃんのものであってノーラちゃんの体は俺の──」

 珍しく動揺した様子でハーヴェイは後じさりながら舌を高速で動かしていたが、ふと何かを察して言葉を途切れさせた。頬を一筋の汗が伝い落ちていく。

 リオノーラも気がついた。

 ハーヴェイのすぐ後ろで、せいぜつな笑みを浮かべて短剣を振り上げている姫君がいる。

「変態はしよけいいたします。よろしいですわね、お姉様?」

「ヤッテオシマイ」

「おいシャレにならな────っ!」

 竜騎士団長が決死の横っ飛びを決めた直後、彼が一瞬前までいた地面に鋭い切っ先が突き立った。

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不本意ですが、竜騎士団が過保護です 乙川れい/ビーズログ文庫 @bslog

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