魔法は、万能ではない。

 フルメンは城の奥に進むにつれて、歩みを遅くしていた。謁見の間に近づくにつれて人の気配はなくなり、城内は静まっていく。

 一際大きい、装飾のほどこされた扉の前まで来て足を止める。

 扉に刻まれたアウローラ国旗のレリーフを見つめ、異変に気づきながらも、彼は重い扉を開いた。そうせずにはいられなかった。


 そこは、一際高い天井が広がる大きな部屋だった。天井近くの窓からは夕日が差し込み、光を受けて輝いている石造りの柱が赤い絨毯じゅうたんの左右にいくつも並んでいる。

 謁見の間にふさわしい場所だが、奥にある玉座には誰も座っていない。それどころか、フルメン以外誰もそこにいない。


「まさか……」


 フルメンは改めて周囲の様子を探り、城内にあった王の気配が、いつの間にかなくなっていることに気づいた。なぜすぐに気づくことができなかったのかと、悔しげに口を結ぶ。

 一方で、背後からは誰かが一人、謁見の間に迫ってくる気配がある。そうして、


「王への謁見は、クストスを通してもらおうか」


 後ろにミササギとセセラギを伴って現れたのは、ラクスだった。左足をかばいつつもしっかりと立っている。一人だと思ったのは、兄弟の魂を感じ取れないせいだ。


「どういうことだ、これはっ」

「王には安全な場所に逃げていただいた。モルスの命でな。魔法使用の許可とともにそのことについても指示されたから、その通りにしたまでだ」

「オルドか……!」

「言っただろう、君はオルド殿の計画の上にあるのだと」


 追い打ちをかけるようなミササギの言葉に、フルメンは拳を握り締めた。


「調査官たちを派遣したのは、王が逃げるための時間稼ぎだったということかっ」

「もう、君は終わりだ。自らの計画が破れたことを認めるといい」

「何をっ。それならば、全てをなかったことにしてお前はモルスを続けるというのか。今度はお前が、永遠のモルスとなるというのか」


 その問いを聞いて、セセラギは兄に視線を向けた。そのことがわかったのか、ミササギはセセラギにちらりと視線を向けてから、首を大きく振った。


「いや、私で最後だ。私が最後のモルスとなろう」


 フルメンは眉をひそめた。


「最後? 魔法を、旧王国時代の在り方に戻すというのか?」

「それは違うな。モルスによってこの国が守られていたということは、事実だ。一方で、モルスはモルスの犠牲の下にそれを行っていたことも事実だ。ならば」


 ミササギの静かな声が、謁見の間に響き渡っていく。


「変えるべきことは変えて、魔法を維持していくことがこの国には必要なんだろう。故に私は最後のモルスとなる。モルスはこれ以上モルスを犠牲にはしない。その証としての『最後』という意味だ」

「お前が今日、この場に来るまでに犠牲にした母上を含めた命。今日まで行ってきたこと。それをお前は償わなければならない」


 セセラギが、言葉を継いでそう言った。


「ふん、わたし自身にその気がないとしたらお前たちはどうする? 私を殺せるのか?」

「そうだな、俺としては聞きたいことが山ほどあるが、お前の犯した罪を許すわけにもいかないな」

「なめられたものだ……、私はこの魂が尽きぬ限りこの国を憎むのをやめんぞっ?」


 ラクスの言葉に、フルメンは強く問いかける。その声に二人は口を閉じたが、ミササギだけが口を開くと、


「いや、それはない」


 強く否定した。


「世迷言を。ならば、食らうがいい!!」


 フルメンは魂力こんりきを導き出し、法陣を描こうとして動きを止めた。


「何だ、これは? 魂力はまだ残っているというのに」


 フルメンは、魂力が残っているのにも関わらず、魂が疲弊しているような違和感を抱いた。

 法陣が描きにくく、魂力を上手く扱えないことがわかる。王がいなくなったことに気づくのが遅れたこともそうだが、魂そのものに何か異変が起こっているかのような、そんな感覚だ。


「おそらく限界なんだよ、君の魂が」

「何?」

「それが、魂喰たまはみが禁忌とされてきた理由の一つでもあるんだろう。オルド殿も感じていた。特にこの一か月の間、魔法を使う中で己の魂が限界を迎えていくのを」

「どういうこと?」


 セセラギが尋ねると、ミササギはさらに言葉を継ぎ始める。


「魂喰をして、他者の魂を取り込めば魂力は強まる。だが強まっていく魂力はおそらく、内側から魂を圧迫するのだろう。知らぬ間に、魂力が強くなる度に、内から魂を傷つけていく。そして、それが一定にまで及んだ時症状が一気に現れる。言わば、魂喰とは諸刃の剣なんだ」

「諸刃の、剣……」


 フルメンは、法陣を描こうとしていた手を見つめた。


「ふ……なるほど。魔法は、万能ではない。そういうことか。永久に生きる方法などこの世には存在しない、ということだな」


 その顔に、自嘲ぎみた笑いが浮かぶ。


「君の魂はもう、終わりに近いと言っていいはずだ。今日強力な魔法を何度も使用したこと。そして何よりも、オルド殿の魂を取り込んだことがそれを加速させたはず。これ以上無駄なことはやめるといい」

「自らの魂と引き換えに、私の魂を傷つけたというのか? 本当に最初から、あの男は負ける気だったということか」


 フルメンは、オルドの遺した言葉を思い返す。


『私は自らを犠牲にしてでも、お前を止めなければならないと思っている』


 あれはそういう意味だったのだ。左手から視線を離し、フルメンはゆっくりと三人を見渡した。


「……つまり、何だ? 私がこの二百年間、してきたことは無意味だったと? オルドと同じように消えるしかないだと?」

「無駄ではないだろう、オルド殿の場合は。あの人は確かに何人もの命を犠牲にしたが、一方でこの国の人を、魔法で助けてきたのは確かだ」

「だが、お前は違う。二百年という歳月を、復讐のためだけに生きてきたのだろうから」


 ミササギとセセラギに言い募られても、フルメンはしばらく彼らを黙って見つめているだけだった。


 だがやがて、首を大きく振ると、口元を歪めて激しく笑った。


「ははははははははっははははっっ、なら――、よいわ」


 改めて、左手を法陣を描く体勢に戻した。


「二百年を費やしたこの復讐、最期さいごまで、この魂が尽きる時まで、行おうではないか!!」


 その顔には、もはや狂気じみた嘲笑が浮かんでいる。

 二百年という月日を、復讐のためだけに生きる。それが無駄だったと知らされる。それは、人を狂わせるには十分なのかもしれない。

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