その名を継承する者

 遅れてミササギの魔法が発動し、全ての風がクストスを襲うことは避けられたものの、元々傷ついていたクストスの体は地面に倒れ伏した。

 周囲の壁や床に、傷口から出た血が飛び散り赤に染まる。受けた攻撃が先ほどの比ではない。


「そ、そんな! どうしてっ!!」


 胸を裂くようなシルワの叫びが周囲に響く。調査官たちも、動きを止めて事態を見つめている。


「はっ、本当に甘いな小僧。私を殺す気で来い、これ以上犠牲を出したくなければな!」


 フルメンはそう吐き捨てると、その場から身をひるがえした。一階の奥にある謁見の間にへと走り去っていく。


「っ、待て!!」


 セセラギが追いかけようとしたものの、立ちはだかるようにして廊下に透明な壁が立ち上がった。

 セセラギはそこに剣を叩きつけてから、シルワの声に導かれるようにクストスの方を見る。


「クストス様、クストス様っ」


 駆け寄ろうとしたシルワを止めると、ラクスは黙ったまま、荒く息をしているクストスのそばにひざまずいた。捻った足の痛みなど、感じていないかのようだ。

 クストスの衣は切り裂かれ、大半が血の色に染まっている。クストスの体を助け起こすと自らに血が付くのも構わずに、ラクスはいくつもある傷の様子を見極めた。

 傷の状態を見て、ラクスは静かに息を吐いた。それから近づいてきたミササギに気づくと顔を上げた。

 平静を保っているものの、必死なラクスの目に対してミササギは小さく首を振った。それしかできない。その動きを見てラクスは目を閉じた。クストスのそばにできた血だまりの中に、ラクスの拳が叩きつけられピシャッと音が跳ねる。


「ミサギ、様? 魔法で助けられます、よね?」

「魔法も、万能ではないんだ」


 魔法で傷を癒せたとしても、血を流しすぎている。使ったとしても長くはもたない。続くように近づいてきた医療の心得があると思われる調査官も、クストスを診て首を振る。


「私が、私が、悪いですよね……?」


 立ちつくしたまま涙を流したシルワに、セセラギは剣を納めてから近づくと、落ち着けるように腕を回してその肩を抱いた。


「ふ、違う。よい、のじゃ。これで」


 クストスは、荒い息の中で弱々しく笑ってみせた。ラクスは目を開けると、彼が楽な姿勢になるように体勢を整える。


「オルドが、逝ったのなら。秘密を共有していた、わしも死すべきで、あろうから」


 ミササギにどうにか顔を向ける。それに気づいたミササギもそばにひざまずき、クストスに声をかける。


「誰もそのようなことは望んでいません。私の手が及ばず申し訳ない……」

「ほほ、わしが望んで、いるのじゃ、よ。気に、するで、ない」

「一つお聞きしてよいですか? あなたは悔いているのですか?」

「うむ、この国は、モルスという生贄、で成り立っていたも同じ、だからの」

「ならご安心を。私で最後にしましょう」


 ミササギの言葉に、全員が真意を図るように彼を見たが、ミササギはそれ以上何も言わない。ただ、クストスだけは、意味を解したように笑みを深めた。


「そなたの、導くもの……、死後の、楽しみにしておこう、かの。祈っ、ておる」


 クストスは息を吸うと、自らを支えているラクスに目を向けた。その目は、すでに焦点が合わなくなりつつある。


「ラクス・マレ」

「……は」

「そなたを、新たなクストス、に任命する。わしの代わりに、これ、より王を補佐、せよ」


 ラクスはそれを聞いて悔しげに顔をゆがめたが、すぐに決意したように強い視線を向けると、


「このラクス=クストス・マレ。王を支えるために仕え通すことを、魂をしてお約束致します」


 そうクストスに強く告げた。


「ですからあなたは。安心してこれからのいとまを過ごされよ」


 それを聞いて、満足したようにクストスはうなずき目を閉じた。


「わかった……さあ、行くが、よい。こんな老人など、置いて、王を助けに、早く」


 段々とその声は弱くなり、息も絶え絶えになり、


「そなたらの先を、この、魂は永久とこしえに見守って、いよ、ぅ……」


 やがて消えうせた。

 ラクスは少したってから脈を確認すると、その体を床に置き直した。その体に向かってラクスが一礼し、ミササギが鎮魂の言葉をかけると、それ以外の全員が続くように礼をする。

 ラクスは、それから調査官たちを見た。


「先代クストスをお運びせよ、怪我人も安全な場所に退避させろ、首謀者の部下も捕らえてつれていけ。後は我らだけで構わない」


 そう言っている横で、ミササギは倒れているフルメンの部下たちに魔法封じの魔法をかけた。


「ですが、それではっ」

「これ以上の犠牲は望まないということでしょうか。クストス殿」

「ああ」


 ミササギの言葉にラクスは静かにうなずいた。ラクスの決意に満ちた目を見ると、調査官たちは口を閉じ指示通りに動きはじめた。その中で、ミササギはシルワに近づいた。


「君も行くんだ、シルワ」

「でも」

「君はオルド殿が選んだプロムスだ。故に、君は私のプロムスではない。逃げて構わないんだよ、十分に頑張った。本当にすまない、こうして巻き込んでしまって」


 ミササギが優しく言うと、シルワは何かを思い出したように目を見開いた。


「あなたは、あの時の」


 何かを言おうとしたものの調査官たちに、手を引かれるままに去っていく。ミササギはそれを見ると彼女に背を向け、通路を防ぐ壁に近づいた。


「ミサギ。言っておくが、俺は事情を全て把握していない。後で説明してもらうからな」


 ラクスの言葉に、ミササギは大きく首肯した。


「君がそう思うのなら、喜んで」


 ミササギは壁に触れると、透明な壁を消した。今は詳細を話している時間などない。何よりもフルメンのことを、どうにかしなければならない。

 少しの油断で、クストスは殺されてしまった。誰よりも、それを後悔しているのはミササギだった。

 ミササギの見立てが正しいのなら、フルメンの限界まであと少し、あと少しのはずだ。


「兄さん、僕も行きます」


 動こうとしたミササギの足が止まった。弟に顔を向けると、気遣わしげに目を細める。


「いいのか、私はお前のことをだましていたのと同じだぞ?」

「確かに、兄さんは僕に真実を言わなかった。そのせいで、僕は悩んだこともありましたし、正直今も感情が追いつきません。あなたを問い詰めたくてたまらない」

「なら」

「ですが今の僕たちに時間はない。母さんのためにも、彼を追いかけることが先決です。それに、どれだけ複雑な感情を抱いているとしても」


 セセラギは足を踏み出すと、兄の横に並んだ。自分よりわずかに背が高い兄を確かに見ると、目元を安堵したように緩める。


「僕は今、魂からよかったと思っているんです。知らぬ間に家族を、兄を失ってしまったのかと思っていたから。こうしてまた会えて本当に良かった……。僕らの魂に刻まれた守りの魔法が必要になるかもしれませんし、共に行きましょう」

「セラギ、お前」

「いい弟をお持ちだな、モルス殿は」


 ラクスが声をかけると、ミササギはようやく口元を緩めた。


「そうだな。魂からそう思うよ、クストス殿」


 そうして、三人は謁見の間に向けて走り始めた。気持ちを焦らせているセセラギを、二人は落ち着けながら急いだ。

 なぜならきっと、王の身には何も起こっていないはずだからだ。

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