現状を打破せよ!

「それが君の答えか。魔法をあくまで復讐のためだけに、人を傷つけるために使うのか。私は」


 フルメンが無理やり自らの魂力こんりきを操り、集めているのを感じながら、ミササギも構える。

 確かにフルメンは仇だ。だがオルドを殺そうとした時、ミササギは思った。

 復讐のために誰かを殺すなどデアは願っているのか、そもそも魔法とは誰かを殺すためにあるものなのか。だからミササギはあの時オルドを殺すのを止めた。

 なら、魔法は何のためにあるのか。


「私は、魔法とは人を助けるためにあるのだと思うよ……。セラギ、ラクス。私から離れるな」

「ふふっっ、はははっ、そうだ、この魂でお前たちだけでも殺してやるとも。食らうがいいっ、死ねっっ!!」


 フルメンにはもう、ミササギの言葉など聞こえていないのだろう。フルメンの法陣が完成され、それに合わせてミササギも魔法を発動する。


「クロノゴルガ・ノルガニトス、全てを破壊尽くせ!」

「ゲレセニカ・ガイカ、無崩むほうの守りよ!」


 フルメンの作り上げた深紅の法陣が、謁見の間の床全体に現れた。同時に、青色の法陣がミササギたちの周りに現れ、その赤い光から守るように透明の壁を作り上げた。

 深紅の法陣から、地を揺るがすような振動と音が走った。謁見の間の壁や床に、無数の亀裂が入り始める。

 その振動は城全体に及んでいるのかのようで、まるで城を内部から破壊しようとしているかのような、恐ろしい震え方だ。

 その振動は透明な壁を揺るがし、少しずつ壁に亀裂を入れ始めた。天井から降りはじめた瓦礫が、そこに当たりさらに亀裂を増やしていく。その破壊の中に、フルメンの高笑いが響きわたる。


「ははははっ、はははははっはははははははっっ!!」

「これでも駄目なのか……」


 上位の守りの魔法でも耐え切れそうにない。

 ミササギは後ろにいるセセラギに思考を回した。この魔法で駄目だというのなら、あと一つだけこの場を切り抜ける方法が残ってはいる。


『いい、ミササギ。あなたとセセラギが、本当に危ない時に使いなさい』


 ミササギの脳裏に、亡き母デアの言葉が浮かんだ。


『何事にも代償がるの。いくら守りの魔法でも、魔法が強ければ強いほど多くの魂力が要るのよ。だから忘れないで。覚悟ができた時に使いなさい』


 ミササギは考えるように目を閉じた。その間にも、透明な壁の亀裂は増えていく。壊れるのも時間の問題だろう。

 先ほど、自分はなんと言ったのか。それを考えてミササギは目を開けた。人を助けるために魔法はある。ならば、悩んでいる意味などないはずだ。それに自分には、託されたことがあるではないか。

 ミササギはラクスとセセラギを見ると笑みを浮かべた。上下もわからなくなるほどの振動と轟音の中で、まるでそれが聞こえていない、とでも言うような穏やかな笑みを。


「使わせてもらいます、母上」


 法陣は必要ない。それは二人の魂に刻まれている。示言しげん令言れいげんも忘れたことなどない。

 破壊の中心にいたフルメンの笑いが止まったかと思うと、不意に、その体は顔から倒れ伏した。その体の中の魂が、魔法によって使い切られ、壊れたのをミササギは確認する。

 フルメンの魂が完全に消えた瞬間、一層周りの轟音と振動が強まった。あまりの揺れと音の強さに、思わず意識が飛んでいきそうになる。


 それらが守りの魔法を完全に崩す前に、ミササギは唱えた。魂の内で、先だった者たちを思いながら。




「ゲレセニカ・ソロガイクラタ――現状を打破せよ!」




 その瞬間、ミササギは己の魂力がごっそりと削り取られるような感覚を覚えた。セセラギも、己の内で何かが動いたのを感じた。

 深紅の法陣を打ち消すように、薄い水色の法陣が謁見の間に広がった。

 それは、ミササギが見たことのない優美な趣を持つ法陣だった。その法陣から、同じ色の光が周囲に広がっていく。

 ガシャンッと派手な音を立てて、透明な壁が崩れ落ちたものの、淡い光を浴びたとたんに守りの魔法は直され、さらに驚いたことに、落ちてきている瓦礫は時間が巻き戻されるように元の場所に帰り始めた。床や壁の亀裂も、淡い光がその中を走ったかと思うと、元通りに直っていく。

 水色の光が強まるにつれて、謁見の間を襲っていた轟音や振動がおさまり、部屋は元の姿を取り戻していったが、ミササギはそれを見届けることはできなかった。

 魂力を削り取られた彼は、意識が遠のく感覚を覚え、そのまま謁見の間に倒れ伏した。完全に床に倒れる前に誰かが体を支えたようだったが、ミササギにはそれが誰かわからなかった。


「兄さん!」


 ミササギは意識がなくなっていく中で、最後に弟の声を聞いた。






 フルメンの発動した魔法は実際のところ、城どころか、王城の敷地全体を揺るがしていた。

 地の底から揺れるような振動と、地面自体が意志を持ち唸っているかのような轟音。城内の建物や外の地面に亀裂が生まれていく。

 その亀裂には赤い光が混じり、まるで火が地面を割り、建物をなめるように燃やしているのかのようだった。

 ヨルベはどうにか図書館から脱出すると、王城の方に顔を向けた。王城が魔法の発信地なのはどう見ても明らかで、城全体が赤く燃えているかのように見える。

 ヨルベがそこに向けて転移の魔法を使おうとした時、それは起こった。

 城から深紅の光を打ち消すように、淡い水色の光が放たれた。それは王城の敷地全体に広がると、爽やかな風を巻き起こした。森を流れる清流のごとく、敷地内に光が流れだす。

 光と風が通り過ぎた場所の亀裂やがれきが、まるで振動などなかったかのように直されていく。同じように、振動と轟音自体もおさまっていく。

 王城を壊すような魔法を使う人物など、フルメン以外にありえない。そして、その魔法に打ち勝つ魔法を使える者もまた、一人しかいない。

 ヨルベは、赤い光と水色の光が混ざりあう幻想的な光景を見ながらつぶやいた。


「ミサギ……」


 無事なの、という言葉は声にならず、口の形だけで発せられた。


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