来たれ、遺志を果たせ。

 ガキンッという衝撃音とともに、見えない壁に弾かれた電撃はフルメンに向かって飛び散った。

 彼はそれを素早く守りの魔法で防ぐと、面白そうにシルワを見つめた。

 シルワは、信じられないように自らの手を見つめている。電撃を跳ね返したのは間違いなく、彼女の魔法だ。


「私……」

「ほう、この期に及んで魂力こんりきを使いこなせるようになったか。もっともらしい奇跡だな。だが」


 その途端、彼の部下が唱えていた魔法が発動された。

 発動後の隙を狙われ、何人かの部下は調査官の攻撃魔法を受けたが、同じように何人かの調査官も守り切れずに部下の攻撃魔法に被弾した。

 どちらも命を落とすほどではないが、戦える者が確実に減っていく。

 調査官たちが傷ついた仲間に意識を向けた間に、フルメンは次の魔法を発動してみせる。


「奇跡など、そんなものは簡単に砕ける。破壊せよ!」


 彼の声に呼応するように、彼の立つ場所からシルワたちに向かって床が割れ、その衝撃が走り城の外壁にも亀裂が入る。

 それぞれが守りの魔法や横に飛ぶことでよけたが、石が割れたことで塵が周辺を舞い、フルメンの姿が見えにくくなった。必死に目を凝らして彼を探す。

 その塵が収まった時、いたはずの場所にフルメンはいなかった。


「もう飽きた、遊びはここまでだ」


 フルメンの声が、シルワたちの後ろつまり城内から聞こえた。

 急いで振り返ったシルワたちに向かって、あざ笑うようにフルメンは魔法を詠唱した。調査官たちが、クストスやラクスを守るように前に立つ。

 調査官たちもシルワも、防御の魔法を唱えたが、


「吹き荒れよ!」


 間に合わなかった。

 暴風が法陣から放たれ、シルワたちに襲いかかる。中途半端にできあがった守りの魔法を砕くと、全員を外に向かって吹き飛ばそうとした。

 そこに発動が遅れたシルワの魔法が現れ、調査官らの何人かは受け身をとれずに、その守りの魔法に激突して地面に落ちた。

 シルワも地面に叩きつけられそうになったが、守りの壁を蹴って受け身をとったセセラギが彼女を受け止め、一緒に着地してみせた。

 礼を言いながらどうにか立ち上がると、地面に倒れ込んだ調査官がいるのを見てシルワは動きを止めた。

 今の攻撃で死んだ者はいないようだが、中には酷い傷を負っている者もいる。フルメンは考慮しなかったのか、彼の部下も動けなくなっているようだ。

 城外だけでなく城内にも風の被害は及んでおり、床がえぐられている上、窓ガラスも辺りに飛び散っている。王が住む場所としての威光が消えつつあり、酷いありさまだ。

 立ちすくんでいるシルワを気にしながら、セセラギは息を整えるとフルメンに視線を向けた。オレンジ色の瞳は揺らぐことがなく、何一つ諦めていないことを感じさせる。


「思ったよりもしぶとい奴らだな。死んだかと思ったが」

「死んでたまるかよ」


 扉に拳を打ち付けながら、立ち上がったラクスはそう言った。傍らには、彼が守ったのかクストスもいる。

 シルワはラクスが左足を引きずっているのに気づいて、口元に手をやった。


「どうせすぐには動けないだろう。せっかくこちらが頼んでやったというのに、通さぬお前たちが悪い。私はこの先に行かせてもらうぞ、王が死ぬのをそこで待っているといい」


 そう言い残すと背を向けて立ち去ろうとしたが、その右腕を何かがかすめた。

 フルメンは腕をかすめて飛んでいき、奥にある階段に当たり、落ちたものを見つめた。それは剣で、刃の部分には薄く血がついている。

 フルメンは確かめるように、己の右腕を見つめた。服の袖がすっと切れ、そこから見える肌から血が滲んでいる。


「お前を、その先に行かせるわけにはいかない」

「貴様!」


 フルメンは振り返ると、剣を投げたセセラギを睨みつけた。セセラギはその視線を受け止めると、シルワを守るように彼女の前に出た。


「そのままにしておけば、生かしてはおいたものを。その気配を感じない魂、どうやら守りの魔法を魂に刻んでいるようだが」


 フルメンは、左腕を横に伸ばした。


「それはけっして死なないということではないぞ? センカ殿も悲しまれるだろう、息子二人を同じ日に失うことになるとはな」

「セラギ、下がれって! 魔法もなしに何する気だっ」


 後ろでラクスが叫んだがセセラギは振り返ろうとはせず、フルメンに一歩近づいた。風で飛ばされ落ちていた、フルメンの部下の剣を取る。


「お前のような者の憐れみの言葉など、父上は拒否するだろう。大罪人が。そんな者を行かせるわけにはいかないっ」

「ふはははっっ。ならば、そこまで我に抗うというのならばっ」


 冷たく笑うフルメンの指が宙をなぞる。シルワは必死に守りの魔法を唱えようとしたが、上手くいかない。使えるようになったとはいえ、制御が完全ではない。

 このままではセセラギは。シルワは泣きそうになりながら、必死に意識を集中させた。


「死ぬがいいっ。クロノトル・ドネ、痺れ果てよっ」


 セセラギの目の前に、黄色の法陣が展開され凄まじいほどの電撃を発射する。セセラギは、すぐ後ろにいるシルワを手で突き飛ばした。

 地面に倒れこんだ彼女は、電撃がセセラギに向かうのを見つめるしかなかった。彼女には、まるで全てがスローモーションのように見えた。


 ビリビリとした音が空間を貫くように響きわたり、そして、



「――そういう弟を持てて、誇りに思うよ」



 その場にいる全員が、を聞いた。

 その瞬間、セセラギに向かっていた電撃を、現れた透明な壁が見事に受け止めてみせた。それは調査官たちが使うような守りの魔法とは明らかに違う、強い強度を持つ守りの魔法だ。

 透明な壁に当たった電撃が消え失せると、壁も後を追うように姿を消した。辺りに静寂が戻る。


「今の声は?」

「この魔法は……」


 セセラギとフルメンは、声の主を追うように視線を巡らせ、入り口の奥にある階段に視線を止めた。

 ラクスやシルワ、クストスもそれに続く。彼らの目が、信じられないものを見たかのように、見開かれていく。

 その人物は風で飛ばされたがれきをよけながら、階段をゆっくりと降りてくると、フルメンに向かって穏やかに笑ってみせた。


「さて。どちらの息子も失われていないから、訂正してもらおうか。フルメン卿」


 壊れた窓から入ってくる風が、彼の水色の髪と黒いコートを吹き上げる。彼のブーツで踏まれた小さなガラスの欠片が、パリッと割れて音を立てる。


「兄さん……?」

「ミサギ様?」

「なぜ、お前が……」


 そう、そこに立っているのは、ミササギ以外誰でもなかった。

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