託された者たちの戦い

 シルワは、背中の痛みを感じながらどうにか頭を動かそうとしていた。

 ミササギでなかったとしても、シルワにとって、彼が自らを助け自らの上司であった『ミサギ様』であることには変わりない。その喪失感はあまりにも強すぎる。

 周りの景色は庭園を囲む木々から変わり、王城が見えるようになってきた。シルワは歩かされながら、必死に自らの魂を感じるために意識を集中させた。

 オルドもヨルベもいない中で、セセラギも動きを封じられている中で、自分の身だけでも自分で守るしかない。生きようとする意志だけが、今やシルワを後押ししていた。

 セセラギは前を行くフルメンを強く睨みつけたまま、じっと何かを考えているようだが、無理に鎖を外すような行動はとらない。

 そうして王城前にたどり着くと、門の辺りから人の声と地響きが聞こえてきた。


「どうやら、残りの者も来たらしいな」

「まだ、そなたの味方がいるのか」

「ふ、この時のためにどれだけ準備をしたと思っている。オルドを殺した今、後は我ら皆で王に謁見を申し上げてしいし奉るだけだ」

「それは、く……」


 クストスは質問を重ねようとしたが、傷が痛んだのか口を閉ざした。

 浅いとはいえ、切られた場所から血が徐々に染み出しているのが分かる。痛みは十分にあるはずだ。

 フルメンはそんな彼を鼻で笑うと、足を速めはじめた。すでに、城の入り口はすぐそこにまで迫ってきている。その前には、フルメンの部下らしき者たちが佇んでいる。

 待っていた部下の一人が、フルメンに礼をすると手短に報告した。


「フルメン様、妙です。城門に守衛はいたものの大した抵抗を受けずに突破できた上、城内もどこか密やかです。扉も固く閉ざされている様子、まるでこちらの動きを読んでいたかのような」

「ふむ。魂を感じるに、人はいるようだが」


 フルメンは精巧な彫刻がほどこされた扉を眺めた。そして、おもむろに魔法を唱える。


「ケニ・ガピ、開け」


 フルメンがそう言った途端、閉ざされていた城の扉がギィィと音を立てて開いた。

 部下たちが城内に入ろうとしたが、何かに気づいたフルメンが制止する。


「どうやら、待ちぼうけせずに済んだらしいな」


 城内からした声に、クストスは静かに目を見開いた。

 城内から現れたのは、装備を整えた調査官たちのようだった。十数名ほどで、一様に魔法を唱えられる体勢をとっている。アクイラやロサはいないことから、調査官全員ではないと思われる。

 その後ろから、一人の人物が上着をひるがえしながら進み出てきた。


「ラクス殿……」


 ラクスは真剣な眼差しでセセラギたちの様子に目をやった後、フルメンに冷たい視線を浴びせた。


「トキノキラ殿、これはどういうことか。このようなことを働いて許されると思うな。今すぐに、彼らを解放してもらおう」


 その言葉に、フルメンは面白そうに笑った。


「ふふ、これは驚いた。我らを待ち構えているとは。迅速な対応褒めてやろう。しかし悪いが、お前には選択肢はないぞ。私を王に会わせるという、それ以外の選択肢はな。でなければこいつらも死ぬぞ?」

「……『も』だと?」

「ああそうか、知らぬのか。ではクストス見習い殿。お伝えしなければならないことがある。他の者たちも聞くがいい。つい、先ほど、ミササギ・クラーウィス殿が亡くなられた」


 それを聞いて、調査官たちに動揺が瞬く間に広がった。フルメンはそれを楽しそうに眺めた後、ラクスの反応を伺った。

 ラクスは静かに驚いた後、シルワたちの反応を見て、それが事実だと悟ったのか悲しげに顔を歪めた。念を押すように問う。


「お前が殺したのか?」

「正確に言うと、事実は少し違うがな。だが、あの男を殺したのは確かに私だ」

「なら、だと言うのなら。なおさら、王に会わせられるわけがないだろう。人殺しの罪人が」


 ラクスは低く言うと、調査官たちを振り返った。動揺しながらも、彼らは再び構えを取り始める。


「お前たちに何ができるというのだ。人に向けて魔法を放つなど、モルスの許可がなければできまい。お前たちもこの国の法を犯すことになるのだぞ?」

「ああそうだな。今だけはこの国の法律が糞だと思うね」

「ならば控えろ、この方をお通ししろ」


 フルメンの部下の一人が前に進み出た途端、調査官が彼に向けて風の魔法を放った。


「何をっ」


 部下はよけたものの、わずかに風に当たりうめいた。

 それを見ながら、ラクスは懐から一枚の紙を取り出した。フルメンに向けて見せつけると、空いた手で目元を覆った。


「だがな、あいつは多分死ぬのを覚悟していたんだろうよ。見るがいい、ミササギ=モルスが最後に行った仕事を」


 その紙は、やや歪んだ字で書かれているものの、確かにミササギの名が書かれた許可状だ。

 フルメンの部下の一人とクストスが、紙を見て何かを思い出したように、小さく声をあげる。


「本日付けで我らにはモルス殿により、反逆勢力に対する攻撃魔法の使用許可が与えられている。そしてその指揮権は、ラクス・マレが預かっている」


 ラクスは、手を下ろして紙をたたむと懐に戻した。


「この許可状にのっとり、我々は魔法を行使することもいとわない」

「ふっ、ははははっ」


 フルメンは笑うと、部下に動くように手ぶりで示した。部下たちは彼を守るように両脇に並ぶ。


「オルドめ、負けることを予期していたのか。なんとも脆弱な男だ。そして愚かだ。お前が勝てぬ私に、誰も魔法をもってしても勝てるわけがないだろう。無駄死にさせる気かっ? クロノトル・シスナ、吹き荒れよ!」


 王城前をとてつもない暴風が襲いかかった。凄まじい風の音が空気を振動させる。まるで空気自体が、意志を持ち暴れているかのようだ。

 石でできている城の壁や床をえぐりとりながら、周りの人間に向かう。調査官たちが守りの魔法を唱えることで防いだが、何人かは間に合わずに手首や足首を切られ、跳ね返された風がシルワたちに向かった。

 セセラギはそれをよけようとして足を止めると、両手を上手く風に当て鎖を破壊してみせた。

 そのまま素早くシルワの腕を掴み、空いた右手で剣を抜くと立ちはだかった部下を止めるように剣を振るい、ラクスの側に逃げる。クストスも助けたいが、トキノキラが近くにいるせいで手を出せない。

 シルワの鎖を切った後、剣を納めたセセラギを見て、フルメンは口の笑みをさらにゆがめた。


「意味のないことを。死にたい、ということで構わんな?」

「いいや、生きてみせる。お前を許すわけにはいかない」

「ふん、淡い希望だな。たった数十年しか生きていない身で何がわかる、何ができる」


 傷ついた調査官たちを含め、この場にいる相手が誰一人諦めていないことを見ながら、フルメンは大きく首を振った。

 そして、部下の一人が差していた剣を受け取ると抜き放ち、自分の側に残ったままのクストスに向けた。


「クストス殿!」

「私とて、貴重な魔法を使える優人ゆうひと同士で殺し合うという無駄なことはしたくない。モルスに続いて、クストス殿が殺されたくなければ通してもらおう。王に会わせてもらおう」

「……よい、わしはよい。王を守れ」


 顔の前に突き出された剣を見ながら、クストスは静かに言った。その目に恐れは見えない。


「この国の礎を、王を、守れぬのならば、クストスはる意味などない」

「これはさすが、少数の犠牲に目をつむり、国を守ってきた方だけはあり説得力があるな」


 嘲りを含んだ声にセセラギが何かを言おうとした時、どこからか爆発のような音がした。

 シルワが音のした方向に顔を向けると、そこには煙を上げている王立図書館が見える。


「そ、そんなっ!」

「思ったよりも早かったな。魔法の管理もこの国の礎と言える。あの場所のどこかに秘められた魔法を蘇らせ、今一度魔法によってこの国を治めようではないか。だから案ずるな、クストスよ。そなたの死後もこの国は続く」

「ほほ、そのような愚かなことがあってはならぬのじゃ。わしも愚かかもしれぬが、そなたもまた愚かよ。モルスの言う通り、罪を償え」

「はっ、まだ話すか。クストスよ。その口そろそろ閉じてみるか?」


 フルメンは、向けている剣を更に近づけた。その間に、フルメンの部下たちが何かの魔法を唱え始める。

 それに気づいた調査官らが、止めるために攻撃魔法を唱えようとしたが、その裏をかくように、フルメンが法陣を描くことなく無動作で魔法を発動した。


「痺れろ」


 その瞬間シルワたちと調査官たちの周りに法陣が展開されたが、攻撃魔法を唱えようとしたために、調査官たちは守りの魔法を唱えようにも間に合わない。

 法陣の光を見たシルワは、恐怖のあまり身をすくませ目を閉じた。魔法によって命を落とすことを想像してしまう。


 しかし、その時自分の中にを感じた。触れようとすると逃げてしまいそうなほど、かすかな感覚。

 その何かが内から外に出て、右手に集まっていくのを感じた。

 シルワは、それが何なのかわかる前に、反射的に手を素早く動かしていた。


「――守りよ」


 シルワの声が発せられたのと、電撃が発射されたのは、ほぼ同時だった。

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