第五章 過去の継承 It's your turn.
約束を果たす時
「ははは、……さて」
高笑いをやめると、フルメンは沈んだミササギの体に背を向けた。
「これで、私を排することのできる邪魔者はいなくなった。北の国で魂を潜め、この時を待った意味があったというもの」
まずは国外にまで魂を逃がし、体を奪って生きる。そうして時期を見計らい、商人としてアウローラに侵入し、北の国との交易を行っていたトキノキラの体を一年ほど前に奪い、密かに魔法を使える同士を集ってきた。彼にとって、今日こそが待ちに待った日だった。
「後は、細かな邪魔者をどうにかするだけだな」
フルメンは、セセラギたちに面倒くさそうな視線を向けた。シルワは口を開けて水面に顔を向けたまま動かないが、残りの三人はどうにか身構えてみせた。
考えるように首をひねってから、フルメンは右手を突き出す。
「切り吹け」
誰も止める間もなく、クストスの体を風の刃がなでるように切った。身にまとう服の所々に、血の色が滲む。
「ぐっ!」
「クストス殿!」
「まだ殺しはせん。王に謁見を求めなければならないからな」
トキノキラは浅いとはいえ傷を負ったクストスに近づいたが、セセラギが守るようにその前に立ちはだかった。
頭がどこかぼんやりとしている中、剣をほんの少し鞘から出すと、セセラギは左手を刃にそわせた。手が薄く切れて血が流れる。
痛みに意識を集中させて、雑念をひたすらに振り払う。
「なんだ、どうする気だ? 言っておくが、私はお前の仇を殺したようなものだぞ? それに、このクストスもお前の兄のことを黙っていたのだ」
「だからといって、クストス殿を傷つけていいわけではないっ」
「ふっ、愚かな小僧だな。いいだろう、お前も一緒に来い。いいものを見せてやる」
そう言うと、部下たちに向かってうなずいた。部下たちは意図を理解したのか魔法を発動する。
セセラギたちの両腕あたりに法陣が現れると、法陣を中心にして鎖が現れ、彼らの両手を縛り付けた。
ヨルベは法陣で何の魔法かわかったのか、鎖が現れる前に体を捻り、鎖からよけた。そのまま、彼女の腕を掴めずに落ちた鎖を手で取ると、近くにいた部下に向けて投げた。
部下がひるんだすきに、ヨルベは水面に向かって走るとミササギの体に目を向けた。その背に部下たちが魔法を放とうとしたのを、フルメンが制止する。
「どうした? 例え中身が違ったとしても、好いた者の体は捨てきれないとでも言う気か?」
「どうとでも言えばいいわ、私はあなたとは行かない」
「ならば、ここで死ぬのか? ふん、望むと言うのなら逝かせてやろう。婚約者と一緒に、この水の中にな」
「ヨルベさん……!」
セセラギが声を上げたが、彼女はフルメンを睨んだままその場から動こうとしない。フルメンは口角を上げて笑うと、部下二名にそばに来るように身振りで示した。
「私は先に行き、王に謁見をしてくる。お前たちはその女を殺してから来るといい。仮とは言え
「「はっ」」
「では行こうか、クストス御一行」
フルメンが、王城の方向に向かって歩き始めると、部下たちは縛られたセセラギたちに動くように命令した。
セセラギとクストスは仕方なくそれに従ったが、シルワは動こうとせず、部下が背中を叩くとようやく足を動かした。
シルワの目から、水面とヨルベが遠ざかっていく。シルワにはいまだに事態がよく飲み込めておらず、まるで全部夢であるかのように遠ざかって聞こえていた。彼女としては、全てが夢であってほしかった。
「ヨルベさんっ」
「いいの、行って。あなたは生きて」
セセラギの声に、ヨルベは寂しそうに笑った。
その笑みに、セセラギはもはや何かを言うことはできなかった。自分も残るべきではと思ったが、彼の兄ならば生きろと言うに違いなく、フルメンはデアの仇でもある。逃すわけにはいかない。彼は押されるままに『すすぎの宮』から出ていった。
そうして、『すすぎの宮』にはヨルベとフルメンの部下二名が残った。
「本当に後悔はしないのか?」
「ええ」
「この世に別れはすませたか?」
「ええ」
ヨルベは、ミササギの体に背を向けたまま目を閉じた。胸の前で手を組むと、水面の端にまで足を動かす。
「望みというのなら逝かせてやろう。その魂が、想い人の元に逝くことを祈念申し上げる」
部下たちは恭しく礼をすると、法陣を宙に描いた。そして令言を唱える。
「「――切り吹け」」
男たちの手元で法陣が展開されるのと同時に、ヨルベの周囲にも緑色の法陣が現れ、彼女に向かって刃の風を吹き上げ始めた。
「大丈夫。彼は、約束を守るもの」
鋭い風に切り刻まれる直前のつぶやきは、風の音に掻き消された。
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