永遠なる者、雷雨の真実。
そう言われたミササギは、しばらくトキノキラを見ていたが、やがて水色の髪をかき上げると片手で顔を覆った。
「運命、か。
その後に続く言葉を彼は口にしなかったが、続くべき言葉は「面白い」とも「残酷だ」にも思われた。それほどにミササギの声には、諦めのようにも笑いのようにも悲しみのようにもとれる複雑な感情が渦巻いている。
それからゆっくりと手を下ろすと、憑き物が落ちたかのように穏やかな表情を浮かべてみせる。
「いや、きっと、私はこの時を待っていたのだな」
「兄、さん……?」
セセラギの問うような声に、彼は答えなかった。ただ、独り言のように話し始める。
「二百年前のあの日。この国は、腐敗していた政治がなくなり変えられようとした。だが、長きにわたって抱いてきた魔法を失うことなどこの国にはできなかった、不可能に近かった」
彼は話しながら、『すすぎの宮』の水のたまっている場所に近づいた。
「だからその男は思った。魔法を管理し維持していく必要があると。だが、人の本質とは醜いものだ。下手に管理すれば、同じ過ちを繰り返すだろう。魔法を管理する者が、内に悪を抱けば結果は同じだ。であるのなら」
彼は足を止めると、ようやく顔をあげた。水のたまる場所に背を向ける。
「そうであるのなら、男は自分がその役割を担うことにした。二度とこの国で、あのような腐敗した政治が生まれないように、それによって同じような悲劇が生まれないように。彼女への償いのためにも、男は永遠にモルスとなる道を選んだ」
彼は、その場にいる全員の顔を見渡した。
「認めよう。私は、オルド=モルス・ファートゥム。二百年にわたってモルスとして魔法を治める者。そして罪人だ」
オルドはそう言うと、自らを嘲けるような笑みを浮かべた。それを聞いて、トキノキラは面白いのか声を抑えて笑い始める。
クストスは悲しげに目を伏せ、ヨルベも同じように顔を伏せている中、シルワは呆然としたまま両手を静かに握りしめている。
彼らを素早く見やった後、セセラギは部下に制止されながらも立ち上がると、何度も大きく首を振った。
「ま、待ってくれっ。意味が、意味がわからない。どういう、兄さん?」
「魂を扱う魔法にこんなものがある」
「
説明しようとしたオルドの声に、シルワのか細い声が重なった。上手く思考が回らない中で、感情に突き動かされるように彼女は言い募る。
「人の魂を自分の糧にしたうえで、さらにその人の体を奪う、魔法」
シルワは、彼が教えてくれた禁忌の魔法を口にした。あの時彼はそこまで説明しなかったが、もし、魂喰の魔法を何度も使用できるとしたら。
「人を、人を殺してしまう、最大の禁忌ですよねっ⁉」
泣きそうな声でシルワは叫んだ。オルドはその顔を見て、ほんの一瞬辛そうな顔をした。
「人の体は朽ちてしまう。いくら生きようとしても寿命が来てしまう。だから私は――体を奪い生きてきた。国を守るために他を犠牲にする、その矛盾をわかりながら何度もそうしてきた。そうして、いつの間にか二百年以上も生きてしまったらしい」
声を抑えて泣きはじめたシルワの肩を抱くと、ヨルベはセセラギに視線を向けた。
セセラギはオルドの言葉を飲み込むように、息を何度か吸って吐いている。
「嘘を言っているわけではないようですね……? あなたは本当に兄さんでは、ないと?」
「そうだ」
「なっ、そんな。でもっ」
セセラギが感じた、兄への違和感はそれで説明がついてしまう。レイリに似てきたと思ったこと、昔話を忘れてしまっていたこと。そのことに気づいて、セセラギは現実から目を背けるように強く目を閉じた。
「つまり兄さんは」
「お前の兄の魂が死んでいるから、そこにオルドがいるのだ」
それまで事態を眺めていたトキノキラが、言葉を投げかけた。
「オルドを殺してやりたいか? だが無意味だ。体を殺してもこいつの魂は死なん。人の体を奪い生きる。はっ、まさしく
セセラギは目を開けると、クストスに顔を向けた。クストスは彼に向けて、申し訳なさそうに目を細めている。セセラギはその目を見て、全てを悟った。
「ご存知、だったのですね?」
「……すまぬ、ほんにすまぬ。クストスとモルスのみが知るこの秘め事、やめようと思えばやめれたものを。少数の犠牲で国が守れるのならばと、目をつぶってきたのだ。歴代のクストスたちは」
クストスは、苦しげに頭を小さく振った。
「愚かだ、ほんに我らは愚かよ。……しかしのぉ、モルスよ。前から思っておったが一つ聞きたい。そなた、ミササギならば後を託せるほどの人材であると言っていたではないか。
「それはおそらく、この男のせいでしょう」
オルドは、トキノキラに厳しい視線を向けた。
「お前、デア様を魂喰で殺しただろう?
「くっく、どうだろうな?」
「魔法を用い事故に見せかけて、デア様を殺したはずだ。優れた魔法の使い手であるデア様が、みすみすただの事故で死ぬとは思えない。彼女の守りの魔法は、素晴らしいものだったからな」
セセラギが動きを止めたのを確認しながら、オルドは言葉を継いでいく。
「同じ疑問をミササギも抱いたのだろう。事故現場について調べた後、禁書庫に籠りはじめた。彼女を殺せるような魔法の使い手は、普通に考えれば私しかいないからな。そして、ミササギはある日私を問い詰めてきた」
オルドは、あの雷雨の日に書斎で起こったことを思い返した。
「そうして仇として、私を殺そうとした。そのために新しい魔法まで作り出してな」
そこまで言うと、オルドはセセラギに優しげな目を向けた。それはセセラギからして見れば兄のようにしか見えず、思わずオルドから目を離す。
「しかし君の兄は優しかったよ。私を殺せなかった、その魔法を唱えられなかった。それなのに、私はミササギが詠唱を止めたのに気付かず、同じことを繰り返してしまった。彼の体を奪ってしまった」
「私としては
トキノキラは、面白そうに何度か手を叩いた。
「まずはあの女を。それからモルスとモルスの見習いを消せば、私より魂力の強い者はいなくなる。そうすれば、私の計画を止めれる者がいなくなる。そう思っていたが、お前に会えた。お前こそ倒せば、私はお前に、この国に、二百年越しの復讐を
「まさか、同じ手を使い生き延びるとは。魔法を扱う者が至るところは同じらしいな、フルメン」
フルメン――二百年前の名を呼ばれて、彼は殊更に面白そうに笑い、オルドに向かって右手を向ける。
「そうだな面白い。気に食わないがな。さて。そろそろ、話もここまでにしようではないか」
「仕上げとして私を殺すと?」
オルドは穏やかに尋ねながらも、フルメンを睨み付けた。同じように構えをとる。
「当たり前のことを聞くな。さぁ、あの世で悔いるといいっ。あの日私の魂が逃げ延びたのを見過ごしたことを! これで終わりだ――クロノトル・バニカ、燃え尽きよ!」
「クロノトル・ヒル、清め流せ」
フルメンの火の魔法とオルドの水魔法が、ほぼ同時にぶつかり合い相殺される。空気を切るような音と強い衝撃が『すすぎの宮』を揺るがす。
セセラギはよろめくクストスを支えると、低い姿勢をとった。
ヨルベもシルワをどうにか立たせると、守るようにかばった。そのまま逃げようとしたのを、フルメンの部下がとどめる。
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