優しくはないと思うけれど。
そうして、話し始めてから二時間近くたった頃、ラクスは話していた口を閉ざした。時計を確認してから立ち上がる。
「会議が終わったはずだ。そろそろ書斎に戻られているだろうから、タタウ殿に報告をしてくる。今した相談を含めてな」
「そうしてくれ。私も、もう少し何か考えておく」
ラクスはうなずくと、部屋から出ていった。
ミササギは話している間にテーブルに広げた書類を片づけると、座ったまま目を閉じた。ラクスと入れ替わりに、この部屋を訪れようとしている人物がいることに気づいたからだ。
小さなノックの音に答えると、扉が開いた。ミササギは目を開けると、その人物に視線を合わせた。
「さっき、私のことを無視したでしょ」
ヨルベは入ってくるなりそう言うと、先ほどまでラクスが座っていたソファに腰掛けた。二人は向かい合う形になる。
「あなたが嫌がるかと思った」
「あら、そんな気遣いできるのね」
「……嫌われたものだ。それでどうした? 大会議はもう終わったのだろう」
「あなたに急いで聞きたいことがあってね。忙しいのはわかってるわ」
ヨルベは、テーブルに手を置いた。
「センカ様の供として、セラギも王都に来ているのを知っている?」
「ああ」
「会議が始まる前に、セラギに相談をされたのよ。デア様の事故について」
ヨルベが問いかけるような視線を向けると、ミササギは黙ったまま先を話すように促した。
「事故が本当に事故だったのか、今から事故の跡地で調べられる方法はあるのかって。前までそんなこと言ってなかったのに。急に聞いてきたのよ」
「……ラクスか」
ミササギは声を漏らした。
ラクスが自分について疑問を抱いているのは薄々気づいていたが、セセラギにまで話を持ち掛けるとは思わなかった。
十二日前のセセラギの様子を考えると、不審な点はない。ラクスが持ち掛けたと見て間違いない。
先ほど話していた時は、ラクスはそんな素振りを見せなかった。そのあたり、彼はクストスとしての素質があると言える。
「どうしてそれを私に言う。君は私が嫌いなんだろう」
「彼との約束を守りたいだけよ。で、私はどうすればいいの。私が元調査官だったから相談してきただけかと思ったら、今日にでも事故現場に行かないかという話になったのだけど」
「彼が行きたいなら行けばいい。ちょうど今日は月命日だから、それも理由だろう」
「そう言えば……そうね。あなたは行かないの?」
「やらなければならないことがある」
ミササギは立ち上がると、仕事机に向かった。
「行くのなら、シルワも連れていくといい。君たちは私から離れていた方がいいだろう」
「どうして?」
追求するように、ヨルベも立ち上がる。
「彼の狙いは、私だと思われる」
「彼。事件の首謀者のこと? 見当どころか、断定できているんじゃない。どうして言わないのよ」
「相手にばれていると知られたくないからだ。それに、そろそろ」
ミササギは机に体を預けた。その目はどこか遠くを見ているようだ。
「終わりにしようと思う」
「それは。どういう、意味よ」
「…………」
「っ、あなたのそういうところが本当に嫌いだわ。私がどんな思いで、あなたと話しているのかわかってるっ?」
ヨルベはミササギに詰め寄った。彼の左肩を掴んだ。
「あなたのことを許せるわけがないのよ?」
「なら、君の願いは叶うだろう。真実はいつか明らかになるもの。それなら、私はそこから逃げてはいけない」
ミササギは、柔らかな笑みを浮かべた。
「私は、君に許されなくてもいい。それが正しい。だからこれでいいのだろう。私のことなど気にするな。約束は必ず果たされるから」
ヨルベはその笑みを見ると、悲しそうな顔をした。彼女には、彼の笑みがどこか辛そうに見えたからだ。
ヨルベは手を離すと、彼に背を向けた。
「あなたは優しすぎたのね、きっと」
彼女は、胸の前で両手を握りしめた。
「だから誰かのために生きて、そのために苦しんで、一人で背負ったまま終わらせようとしている。それってきっと、とても孤独で寂しいことよ。そんな優しさは空しいだけ。そんな優しさ、誰も求めてないわ。――私行くわね、さようなら」
そう言うと、ミササギに顔を向けることなく扉を開け放った。その扉が閉まり切る直前、ミササギは彼女に言った。
「ありがとう」
その言葉が届いたのかどうか彼には知る術はなく、書斎には扉の閉まる音だけが響いた。
ミササギはしばらく扉を見ていたが、やがてゆっくりと窓に足を向けた。
窓枠越しに外を眺め、城の表門の方角に目をやった。城を守る壮麗な表門もここからでは、かなり小さく見える。
その表門に向かって、ミササギのいる建物から三人の人影が出てきた。ヨルベとシルワだ。その二人と間隔を置くように、ヨルベの従者が付き従っている。
シルワは何かを言い募っているようだが、ヨルベは答えることなく表門の方角に向かっていく。その後を、シルワは仕方なさそうに追いかけていく。
「これでいいんだな?」
二人の姿を目で追いかけながら、ミササギは念を押すように発した。
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