兄弟の絆、究極の守りの魔法

「あなたはどうして、急にそんなことを言い始めたのよ?」


 シルワが見ている前で、ヨルベはセセラギに詰め寄った。セセラギはそれを聞いて、困ったように視線を揺らす。


 三人がいるのは、王都にあるクラーウィス家の別邸だ。

 シルワが簡単な昼食をとっていたら、ヨルベが来て、ミササギに許可は取っているとだけ言われて、ついてくるように命令され、たどり着いたのがここだった。

 王都にクラーウィス家の別邸があるとは、シルワは知らなかったので驚いたが、セナートルを務めているセンカが定期的に王都に来ることを考えると、自然なことかもしれない。

 それにしても、ミササギはシルワの知る限りここに来たことはない。王都にあるのだから、少しくらい別邸に寄ってもいいはずだがまるで避けているように思える。不思議だ。

 三人がいるのは応接室で、適度な装飾が施された机と椅子が置かれている。掃除が行き届いているのか、塵一つ落ちていない。


「それは、その。ラクスさんに、兄さんが少し変わったように見えるのは、事故について何かを知ったからではないかと言われたものですから」

「クストス見習いがそう言ったわけね。なら確かに、何かあるのかもしれない。けれど」


 ヨルベは呆れたように息を吐いた。


「デア様が亡くなって、もう半年になる。今さら、現場を調べても何もわからないわ。優れた魔法の使い手であったデア様が、ただの事故で死ぬとは思えない。そう考えるのは、おかしくはないことだと思うけれど」

「……何か引っかかるんです。あなたの方こそ、このところ、兄さんの話をする時に反応がなんだかおかしいですよ?」

「それは」


 二人の会話を聞きながら、シルワは応接室に入った時から気になっていたものに近づいた。

 部屋の奥の壁に飾られた絵画。

 シンプルな額縁がはめられたその絵には、座っている一人の女性が描かれている。背中で一つに結ばれた水色の髪が美しく、引き込まれるような緑色の瞳を持つ、そんな綺麗な女性が絵の中で微笑んでいる。

 シルワは、この女性に会ったことはないが、誰なのかはすぐにわかった。

 この絵の人物こそがデアだろう。こうして見ると、髪色だけでなく顔立ちもミササギの方がデアに似ているかもしれない。

 シルワは自分でも気づかないうちに、その絵画をじっと眺めていた。


「この絵画、前はクラーウィス領の本邸にあったわよね?」


 シルワの様子に気づいたのか、ヨルベも話を打ち切ると絵画に近づいてきた。


「そうです。母上が亡くなってから、この場所に移されました。父上は何でもないように振舞っていますが、日々の生活でこの絵画を目にするのはまだ辛いのかもしれませんね。僕も、そうですから」

「この絵、よく描けているわ。優しいお方で、魔法とは何なのかよくわかっていらっしゃった。私が魂から尊敬している方だわ」

「そういえば、前に、セラギ様とラクス様が話しておられた時にも思ったのですが。魂の強さは代々必ず継承されるとは限らないものですよね? でも、デア様もミサギ様と同じように魔法が使えたのですか?」

「ああ、使えたよ。モルスに引けを取らないと言われるほどの使い手だった。兄さんが結局、そのモルスになったわけだけど。僕も父上も魔法が使えないからね、魂の強さというのはいまいちわからないけどさ」


 セセラギは懐かしげに、それでいてどこか悲しげに絵画に目をやっている。


「本当にお優しい方だったのよ。今でも、セラギとミサギを守っているほどに、二人を愛していた」

「その言い方。父上もいれてあげて下さい」


 セラギの言葉に、ヨルベは首を傾げてみせると、


「あら。間違ったことは言っていないわ。だって、あなたたちの魂にはその証が刻まれているでしょう」


 基法陣きほうじんを描くように、手を動かす。


「どういうことですか?」

「法律にはギリギリ違反していない、珍しい守りの魔法があるの。まあ、その守りの魔法自体は禁書級の魔法書に載っているんだけどね」


 禁書と聞いて、シルワは魂喰たまはみの話を思い出し、また嫌な話ではないかと身構えた。


「魂に法陣を刻む、という守りの古魔法があるの。ミサギとセラギの魂にはそれが刻まれている。そのせいで魂の感知ができる私にも、ミサギとセラギの魂の気配を感じられない。魂を外部から守る魔法なのでしょうね」


 そういえば、ミササギはセセラギが訪ねてきた時に返事が遅かったことをシルワは思い出した。

 魂を感じられないために、セセラギが急に来たことに驚いていたからかもしれない。


「いつ魂に刻まれたのか、子供だったのでよく覚えていないですし、生活していて何の違和感もありませんから実感はないですが」


 セセラギはそこまで言ってから、何かを思い出すように天井を仰ぐ。


「そういえば、僕と兄さんの魂に刻まれている法陣は、別の魔法の引き金となる法陣でもあるらしいです。それこそが、究極の守りの魔法なのだとか。よくわかりませんが」

「それは私も聞いたことがあるわ。軽はずみには使えないものらしいけど。究極の守りの魔法、どんなものなのか気になるけれどね」


 ヨルベが同意していると、応接室の扉がノックされてセセラギの従者が入ってきた。


「セセラギ様。馬車の準備ができました」

「いつのまに。仕事が早いのね」


 ヨルベは、非難めいた視線をセセラギに向けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る