魂喰

「うーん、うーん」


 ミササギが書斎に戻ると、ソファに座っているシルワが唸っていた。目を閉じて、意識を集中させていることがわかる。魂を感じる練習だろう。

 あれから十二日たっても、シルワはできずにいた。コツを掴めそうで掴めない、そんな感じだ。


「唸ってできるものでもないのだが」


 ミササギが扉を閉めながら声をかけると、シルワは慌てて目を開けて立ち上がった。


「あっ、すみませんっ。お帰りなさいませ、ミサギ様」

「来客はなかったようだな」

「はい。頼まれていた仕事はやっておきました」


 焦ったまま言葉を継ぐ彼女の横を通りすぎて、ミササギは対面のソファに座る。


「お早かったですね」

「私は事件について呼ばれただけだからな。議会はまだ続いている」


 慣れない場所に行くと気疲れする。ミササギは背もたれに体を預け、自分のそばから離れようとしないシルワに顔を向けた。


「何か聞きたいことでもあるのか」

「わかりますか? 実は、魂のことを考える度に気になっていたんです」

「何を」

「ミサギ様が言おうとして止められた、三つ目の禁忌です」


 彼はそれを聞くと深く息を吐いて、束の間目を閉じた。

 目を開けると、シルワに前のソファに座るように示す。彼女は遠慮したが、再度示されるとそこに座った。


「あの時『今はやめておく』と言った。いつかは言わなければ偽りとなってしまうな。だが、話してもいいが、けっして明るい話ではない」


 念を押すミササギの言葉に、シルワは深くうなずいた。言いかけて止めたのだから、良い話ではないことはなんとなくわかっていたのだろう。

 ミササギはゆっくりと語りはじめる。


「最大の禁忌。それは、魂を壊すこと」

「魂を、壊す?」


 シルワは、言っている意味がよくわからないのか眉根を寄せた。


「魂は、肉体が死んだ時に肉体から離れる。魂が強い者なら、『御魂みたま送り』に抗ってこの世にとどまることもできるが、そもそも、死後この世にとどまったところで、魂の強い者が魂の強い者にしか姿を現せない。この世にとどまっても意味がない」


「それは、魂の強い人が亡くなって、誰かに想いを伝えようとこの世に残っても、想いを伝える相手も魂が強くないといけないから、意味がないということですよね?」


「そうだ。魂が強い者どうしでなければ、想いを伝えることができない。それに魂だけの状態では、どんなに強い魂でもいずれは消えてしまう。だから、全ての魂があの世に行くと考えて構わない。だが」


 ミササギはテーブルに視線を落とした。


「他者の魂を壊し、自分の魂力こんりきの糧とする恐ろしい魔法が存在する。その魔法を『魂喰たまはみ』という」

「魂喰……人の魂を糧にする、食べるってことですかっ?」

「正確に言うと、他者の魂を壊すことで生まれる魂力を、自らの魂に取り込む魔法だ」

「それって」


 シルワは怖がるように両手を握りしめた。


「そう、人を殺すのと同じだよ」


 あえてなのか、抑揚をつけずにミササギは言った。


「だから最大の禁忌なのだ。魂を失った時点では生きていた体も、魂がなければやがて死に至る。誰が思いついたのかは知らないが、恐ろしい魔法を考える者がいたものだ」

「実際に使った人は、いたんでしょうか?」

「記録の上では書かれていないが、実際はどうだろうな。人など醜いものだ。何せ」


 ミササギはそこで考えるように言葉を切ったが、首を小さく振ると言葉を継ぎはじめた。


「何せこの魔法は、うまく使えばさらに醜い使い方ができる」

「それは?」


 怖いと思いながらも、シルワは気づくと話の続きを促していた。


「寿命より、長く生きることが可能になる」

「長く生きる?」

「魂喰をすると、壊された魂が宿っていた体が残る。魂がないとその体は深い眠りに陥り、やがて死ぬ。だがその前に、他の魂が宿ればその体は生きることができる。魂の強い者なら自らの魂を操ることで、誰も宿っていない肉体に宿ることも可能だ。一つの体に、魂は一つしか宿れないからな」

「でも、それってつまり」


 シルワは、両手を握りしめたまま言葉を紡ぐ。


「魂が壊された人の体を奪って、生きるということですし。えっと、だから」


 言いたいことをうまく言えないのか、そこで止めてしまった。代わりに、ミササギが言葉を継ぐ。


「そう。簡単に言えば、他者の命を犠牲にすることで生きるということ。自らの体が老い切る前に、若い体に宿る魂を破壊しその体に宿る。そうすることで、本来の寿命を越えてことができるようになる。上手くいけば、誰にも気づかれることなく」


 シルワは何も言えずに、口元に手をやった。

 自分が長く生きるために、他人の魂と命を犠牲にする。もはや人のすることではない。そうまでして生きようと思うなど、恐ろしいとか酷いとかそんな言葉では片づけられないほどのことだろう。


「頼まれたとはいえ、嫌な話をしてしまったな。茶でも飲むか?」


 立ち上がったミササギを、シルワは手で引き留めた。手を膝の上に戻すと、


「もし、もしですよ。そんな魔法を使用して生きている人がいるとして、ミサギ様はどう思いますか?」


 辛そうな表情のまま問いをぶつける。

 問いを聞き終えると、ミササギは黙ったまま入り口に近づいた。そこまで歩いて振り返ると、彼女の目を見据える。


「人を犠牲にして生きる。それは許されるべきではない罪だ。罪と呼んでもまだ足りないほどの重罪だ。いずれは、裁きを受けることになるに決まっている。死以上の罰があるというのなら、それを甘んじて受けるべきだろう。私はそう思う」

「そうですか……。あの、お茶なら私が」

「いい。私が悪いからな」


 ミササギはそのまま扉を開けると、歩き出そうとしてやめた。

 扉を開け放ったまま廊下を見つめる。耳を澄ますと、階段を誰かが歩いてくる音が聞こえてくる。


「どうした、まだ会議中のはずだが」


 ミササギは、その人物が視界に入ってから声をかけた。声をかけられた人物は、足早に近づいてきた。


「急用だ。タタウ殿は大会議を離れられないからな、まずお前に伝えに来た」


 ラクスはいつにもまして真剣な表情で、そう答えた。


「聞いてくれ。トキノキラが、王都に向かっている可能性がある」

「何?」

「トキノキラ領の調査官から急ぎの使いが来たんだ。トキノキラ本人の所在は屋敷にいるのかどうか明確にわからないが、彼の家臣の何人かが、王都方面に向けて出発した可能性があると」

「『明確にわからない』。『可能性がある』。判然としない報告だな」


 そう声に出すと、「それも無理はないんだ」とラクスもうなずいた。


「何でも、屋敷や家臣たちをきちんと見張っていたのに、気づいたら家臣たちの姿が領内から消えていたとのことだ。わかったのは王都の方向に向けて、家臣らしき人物たちが出発したという情報だけ」

「家臣がいないのは確かなんだな」

「確かだ」


 ミササギは考えるように、顎に手をやった。


「姿を消す魔法なら、誰にも気づかれずに行動ができる。その状態で転移の魔法を使えば、長距離の移動が可能ではあるが」

「やっぱり相手は魔法が使えるのか? 何か手を打つべきか?」

「断定はできない、今のところは。だが、そうだな」


 そう返すと、ミササギは座ったままのシルワに顔を向けた。彼女の表情は、先ほどと比べればマシになっているように見える。


「悪いが込み入った話をしたい。退室できるか?」

「はい」

「お茶も運ばなくていい。休んでいろ」

「はい、すみません」


 シルワが開いたままの扉から出ていこうとすると、ラクスは心配そうな顔を向けてくる。


「ん、どうしたの? シルワちゃん。体調でも悪い?」

「いえ、大丈夫です。失礼します」


 ラクスに頭を下げると、シルワは扉を閉めてその場から去っていった。ミササギはその背をしっかりと見送ってから、トキノキラに関しての話をし始めた。

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